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TAAAの麻酔~術中管理④ [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

神経保護

対麻痺は、胸腹部大動脈瘤手術の悲惨な合併症の一つである。発生頻度は2.7-20%とされている。対麻痺は他の重症合併症を招くだけでなく死亡率も上昇させる。髄液ドレナージ、平均動脈圧の維持、左心バイパス、低体温および肋間動脈や脊髄根動脈の再建などで対麻痺の発生頻度が減ることが示されている。しかし、こういった予防策のどれをとっても絶対的な有効性が裏付けられているわけではない。

脊髄は一本の前脊髄動脈と二本の後脊髄動脈によって血液が供給されている。前脊髄動脈は脊髄の腹側三分の二(運動路)、後脊髄動脈は背側三分の一(感覚路)にそれぞれ血液を供給する(fig. 5)。頸髄の前脊髄動脈へは主に椎骨動脈から血液が供給される。胸髄では脊髄根動脈が血液を供給している。大根動脈(Adamkiewicz動脈)は、前脊髄動脈に血液を供給する根動脈のうち最大かつ最重要の動脈で、たいていはTh9からTh12のあいだで起始している。しかし、人によっては上位胸椎や腰椎の高さで起始する。Svenssonらは大根動脈(Adamkiewicz動脈)から前脊髄動脈が分岐する部位の尾側より頭側の方が前脊髄動脈の径が細いことを明らかにした。そのため、大根動脈(Adamkiewicz動脈)から前脊髄動脈が分岐し頭側へ血流が向かうときの方が尾側へ向かうときよりも抵抗が52倍も大きい。したがって、大動脈遮断中に遮断部位より遠位を灌流するのは大根動脈(Adamkiewicz動脈)より尾側の脊髄血流の維持には有用であるが、それより頭側の脊髄にとっては効果は乏しい。術前に画像検査を行い大根動脈(Adamkiewicz動脈)を同定しておけば、再建を成功させるのに役立ち、また脊髄機能の改善にもつながる。

SEP(体性感覚誘発電位)やMEP(運動誘発電位)などの神経モニタリングを行い脊髄の虚血を監視することがある。SEPは一般に脊髄背側(感覚路)の機能的統合性を評価するために用いられる。MEPは脊髄腹側(運動路)の機能を評価するのに役立つ。胸腹部大動脈瘤手術中にMEPを利用すると、脊髄虚血を早期に検知するのに役立ち、神経学的転帰が改善することが示されている。特に、左心バイパスおよび髄液ドレナージと併用すると効果が高いことが分かっている。Shineらは大動脈遮断中のMEP信号消失時間が対麻痺リスクと直接的に相関することを明らかにした。しかし、SEPおよびMEPには問題点や欠点もあり、必ずしも全ての施設で標準的モニタとして用いられているわけではない。

胸腹部大動脈瘤の手術では髄液ドレナージを行うと対麻痺のリスクが格段に低下することが示されている。特にⅠ型、Ⅱ型でリスク低減効果が高く、Ⅲ型でも有用である可能性があるとされている。脊髄灌流圧は平均動脈圧から髄液圧を引いた圧に等しい。大動脈を遮断すると代償性に静脈圧が上昇し脊髄内で静脈鬱血が生じるため、髄液圧は高くなる。そこで、平均動脈圧を上げるもしくは髄液圧を下げることによって、脊髄灌流圧を上昇させることができる。髄液をドレナージすれば髄腔内圧が低下し、脊髄灌流圧が上昇する。下部腰椎からクモ膜下腔に留置したカテーテルを用いて髄液をドレナージする。髄液圧の目標値は約10-15mmHgである。Ⅱ型胸腹部大動脈瘤の手術症例326例を対象としたCoseliらの研究では、左心バイパスを用いた場合の対麻痺発生頻度が4.8%であったのに対し、左心バイパスを用いなかった場合は13.1%に対麻痺が見られたことが明らかにされた。左心バイパスと髄液ドレナージのいずれか一方だけを用いるよりも、両者を併用する方が対麻痺の発生頻度は低下するものと考えられている。そして、術中には髄液ドレナージが行われず、術後に遅発性対麻痺が発生した症例では、その時点で髄液ドレナージを開始しても効果が得られるという報告もある。我々の施設では、全身麻酔導入後に全例で髄液ドレナージ用のカテーテルを留置している。このやり方には反対意見もあるが、全身麻酔導入後の患者における腰椎穿刺のリスクは非常に小さく(今までに合併症は経験していない)、覚醒している患者に腰椎穿刺を行って交感神経が緊張すると胸腹部大動脈瘤破裂/しみだしのリスクが懸念されるため、導入後に行うことによってこのリスクを避けることができると我々は考えている。

胸腹部大動脈瘤手術では髄液ドレナージが有効であることがはっきりしているが、リスクがないわけではない。Dardikらは髄液ドレナージが行われた患者の3.5%に硬膜下血腫が発生し、ドレナージされた髄液量が多いほど硬膜下血腫の発生頻度が高いという強い相関があることを明らかにした。この研究では、硬膜下血腫発生例の髄液ドレナージ量が平均690±79mLであったのに対し、硬膜下血腫非発生例の髄液ドレナージ量は平均359±24mLであった。髄液ドレナージによって起こりうるその他の合併症は、髄膜炎、脊髄血腫、硬膜外血腫、硬膜穿刺後頭痛などである。

人為的低体温も脊髄および中枢神経の保護に有用である。低体温になると、代謝が低下し酸素需要量も減るからである。Strauchらは動物実験を行い、32℃程度の軽度低体温によって脊髄の虚血耐容時間が常温の時の2倍に延長することを明らかにした。我々の施設では胸腹部大動脈瘤手術の際には、患者の核温が32℃前後になるようにしている。核温の測定部位は、肺動脈、食道遠位、鼓膜または鼻咽頭である。人工心肺および循環停止による全身低体温や硬膜外腔への冷生食注入による脊髄冷却も転帰の改善に役立つことが分かっている。

肋間動脈の再建も、胸腹部大動脈瘤手術を受ける患者の悲惨な神経学的後遺症を減らすのに有効である。Acherらは、肋間動脈の再建に加え他の神経保護対策も併せて行うことによって対麻痺の発生頻度を4.8%から0.9%に低下させることに成功した。小規模な研究ではあるが、Wooらは肋間動脈再建を行い、対麻痺発生頻度をゼロに抑えることができたと報告している。同様に、Etzらは胸腹部大動脈瘤の手術を二段階に分けて行うと神経学的転帰が改善することを先頃明らかにした。Ⅰ型胸腹部大動脈瘤の二段階手術を受けた35名のうち、対麻痺は一例も発生しなかったとのことである。いずれの神経保護対策を取り入れるにせよ、胸腹部大動脈瘤手術では術後なるべく早く患者を覚醒させて神経学的評価を行うことが重要である。

教訓 TAAA術後の対麻痺の発生頻度は2.7-20%です。髄液ドレナージ、平均動脈圧の維持、左心バイパス、低体温および肋間動脈や脊髄根動脈の再建などで対麻痺の発生頻度が減ることが示されていますが、決定的な予防策は確立していません。二期的手術が対麻痺予防によいという新しい報告があります。いずれにしても、術後はできる限り早期に覚醒させて神経学的評価を行わなければなりません。
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