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CDトキシンのモノクローナル抗体~結果 [critical care]

Treatment with Monoclonal Antibodies against Clostridium difficile Toxins

NEJM 2010年1月21日号より

結果

患者
登録可否の評価対象となった患者7396名のうち484名を審査し、30施設から200名の患者が登録された。平均年齢は64歳(0歳~101歳)であった。無作為割り当ての結果、101名にCDA1-CDB1抗体が投与され、99名にプラセボが投与された(Fig. 1 in Supplementary Appendix)。基準時点における患者背景については、プラセボ群よりもモノクローナル抗体群の方が、登録審査時点および割り当て薬投与時点での軟便・水様便回数が多かったが、それ以外の項目では両群同等であった(Table 1)。割り当て薬投与から研究第84日までのあいだに、メトロニダゾールまたはバンコマイシン以外の抗菌薬が投与された患者数はモノクローナル抗体群では40名(40%)、プラセボ群では48名(48%)であった(P=0.26)。

有効性
有効性に関する主要評価項目は、クロストリジウム・ディフィシル再感染が検査で確認された診断確定例である。32例の再感染例が認められ、発生率はモノクローナル抗体群が7%、プラセボ群が25%であった(95%CI, 7-29; P<0.001)。再感染の診断基準をもっと広く緩やかなものとした場合でも、ITT解析、研究プロトコルに従った患者のみを対象とした解析(per protocol解析)のいずれにおいても、モノクローナル抗体使用による再感染発生率の有意な低下が認められた。下痢再発例のうち、検査でクロストリジウム・ディフィシル再感染が確認された症例と検査では確認されなかった症例およびクロストリジウム・ディフィシルに対する抗菌薬が使用された症例と使用されなかった症例を両群で比較したところ、下痢再発の発生率は、モノクローナル抗体群では28%、プラセボ群では50%であった(P=0.002)(see the Methods section and Table 1 in the Supplementary Appendix)。

クロストリジウム・ディフィシル感染再発までの時間をKaplan-Meier曲線を用いて解析したところ、二群間に有意差が認められた(P<0.001)(Fig. 1)。全追跡期間における感染再発の相対危険度は、モノクローナル抗体群の方が有意に低かった(RR 0.23; 95%CI, 0.08-0.51; P=0.01)。

初回感染時のCDA1-CDB1による下痢軽減効果を副次評価項目とした。少なくとも2日以上連続して一日5回以上の軟便・水様便が認められる場合を重症下痢とした。クロストリジウム・ディフィシル初回感染時の下痢重症度については、モノクローナル抗体群とプラセボ群とで差を認めなかった。また、初回感染の治癒までに要した日数の平均値と中央値および治療失敗例の割合についても二群間に差はなかった。

サブグループ解析
予め設定したサブグループについて解析を行ったところ、バンコマイシンまたはメトロニダゾール投与群、現在流行中のBI/NAP1/027株または稀な株のクロストリジウム・ディフィシル株が検出された群、以前にも複数回のクロストリジウム・ディフィシル感染の前歴がある患者群では、CDA1-CDB1が有効であることが明らかになった(Table 2)。モノクローナル抗体群における再発例はすべて、入院中に発生した。入院の有無別のサブグループ解析は事後的に行った。入院患者は外来患者と比べ、年齢もHorn’s index(基礎疾患の重症度をあらわす指標。点数が高いほど重症。) も有意に高かった。また、入院患者の方が登録時のクロストリジウム・ディフィシル感染がより重症である傾向が認められた(Table 2 in the Supplementary Appendix)。事後解析では、モノクローナル抗体群の再発患者7名中2名(29%)、プラセボ群の再発患者においては25名中16名(64%)が重度の下痢を呈した(P=0.20)。

初回感染治癒後の入院
クロストリジウム・ディフィシル初回感染による平均入院期間については、モノクローナル抗体群とプラセボ群のあいだに有意差は認められなかった(それぞれ9.5日、9.4日)。また、84日間の全追跡期間における全入院日数についても有意差は認められなかった。だが事後解析では、割り当て薬投与後に入院した患者の割合には有意差があることが明らかになった:モノクローナル抗体群9%、プラセボ群20% (P=0.03)。入院時病名についての探索的因子解析を行ったところ、クロストリジウム・ディフィシル感染に関連する病名(下痢、脱水、低血圧など)が多く、モノクローナル抗体群の入院例9例のうち5例、プラセボ群の入院例20例のうち16例がこれに該当した。ただし、入院時には感染再発の基準とは合致しない場合もあった。

薬力学
抗トキシンAおよび抗トキシンBの血中濃度を、割り当て薬投与前後に全患者で測定した(Fig. 2)。モノクローナル抗体群では、排泄相半減期の平均値は抗トキシンAでは26±8.4日、抗トキシンBでは22±13日であった。プラセボ群の抗トキシン抗体血中濃度は、トキシン曝露により内因性に生成された抗体の量をあらわす。プラセボ群のうち感染が再発した患者の大半では、いずれの抗トキシン抗体の血中濃度も低いか検出不能レベルであった。

有害事象
割り当て薬の投与中および投与終了から2時間後までのバイタルサインは両群同等であった。投与中に14名(モノクローナル抗体群9名、プラセボ群5名)、投与終了から2時間後までに11名(モノクローナル抗体群6名、プラセボ群5名)に有害事象が発生した。いずれの有害事象もその程度は軽度から中等度であった。最も頻度が高かったのは両群とも頭痛であった。モノクローナル抗体群で7名、プラセボ群で8名が研究期間中に死亡した(P=0.79)。割り当て試験薬が死亡の原因であった症例は皆無であった(see the Results section in the Supplementary Appendix)。モノクローナル抗体群18名とプラセボ群28名から、重度の有害事象が発生したとの報告があった(P=0.09)。

グレード3または4の有害事象のうち頻度の高かったものについては、その発生率は両群同等であった。ただし、低血圧だけは例外であり、モノクローナル抗体群の方が発生率は低かった(Table 3)。全研究期間を通じての有害事象の解析を行ったところ、軽微な有害事象の一部(食欲不振、不安感、下痢、抑鬱および不眠)は、モノクローナル抗体群の方がプラセボ群より発生率が低いことが明らかになった(Table 3 in the Supplementary Appendix)。

モノクローナル抗体の免疫原性を評価するに当たり、CDA1およびCDB1投与によって生ずるヒト抗ヒト抗体の力価を、割り当て薬投与前と投与後複数時点に測定した。モノクローナル抗体群の2名は、投与前にヒト抗ヒト抗体が陽性であった。このうち1名では、モノクローナル抗体投与後にはヒト抗ヒト抗体を検出できなくなっていた。もう1名では、モノクローナル抗体投与後もヒト抗ヒト抗体力価が投与前と変わらなかった。割り当て薬投与6ヶ月後(最終評価日168±14日後)まで追跡調査を実施した20名(モノクローナル抗体群8名、偽薬群12名)では、ヒト抗ヒト抗体は検出されなかった。

関連記事:クロストリジウム・ディフィシル~再発例の治療

教訓 有効性に関する主要評価項目は、クロストリジウム・ディフィシル再感染診断確定例の発生率としました。32例の再感染例が認められ、発生率はモノクローナル抗体群が7%、プラセボ群が25%でした(95%CI, 7-29; P<0.001)。モノクローナル抗体を用いるとCD再感染を防ぐ効果があることが明らかになりました。
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CDトキシンのモノクローナル抗体~方法 [critical care]

Treatment with Monoclonal Antibodies against Clostridium difficile Toxins

NEJM 2010年1月21日号より

米国、カナダおよび欧州では十年ほど前から、クロストリジウム・ディフィシル感染の激増と、それによる死亡率が上昇が問題になっている。広域スペクトラムの抗菌薬が頻用されるようになったことが、クロストリジウム・ディフィシルによる下痢症や大腸炎のリスク上昇とクロストリジウム・ディフィシル感染症の疫学の変化につながっている。その具体的が特徴は、強毒性クロストリジウム・ディフィシル株(BI/NAP1/027)の出現や、治療失敗および感染再発のリスク増大である。

我々はクロストリジウム・ディフィシルトキシンA とトキシンBそれぞれに対する完全ヒトモノクローナル抗体を作製した(CDA1とCDB1)。クロストリジウム・ディフィシル感染ラットモデルを用いこの二つのモノクローナル抗体を混合投与したところ有効性が確認され、また、健康ボランティアを対象とした第一相試験で安全性が証明された。そこで、第二相試験として無作為化二重盲検プラセボ対照試験を行い、CDA1とCDB1併用によるクロストリジウム・ディフィシル感染再発予防効果を検証した。さらに、この治療法の安全性、初感染例における感染持続期間および重症度、そして入院期間に及ぼす効果についても併せて調査した。

方法

対象患者
2006年7月から2008年4月までのあいだに、米国およびカナダに所在する30ヶ所の参加施設で対象患者を登録した。登録条件は、年齢18歳以上で登録の14日前以降に便中クロストリジウム・ディフィシル毒素が陽性である者とした。各施設で行われている酵素免疫法による便中毒素検査を本研究でも採用した。クロストリジウム・ディフィシル感染の治療には、メトロニダゾールまたはバンコマイシン経口投与のいずれかを選択した。担当医にその選択は任された。下痢の定義は、少なくとも二日連続して軟便・水様便が一日三回以上認められるか、一日のあいだに六回以上軟便・水様便が認められる場合とした。登録前のいずれの時点で抗菌薬治療を開始してもよいが、登録日には必ず下痢が認められなければならないものとした。

研究設計と監視
本研究スポンサーのMassBiologicsとMedarexが、研究設計と監視を担った。データ収集は各施設の主研究者が行い、統計解析は独立した統計専門家がスポンサー監督下で実施した。データおよび安全性監視独立委員会が、安全性の監視および盲検化を解除した時点における主要エンドポイント解析の実施についての責任を負った。スポンサーが採用した著者2名が、本論文の初稿を執筆した。本論文の著者全員が、漏れなく正確にデータが記載されていることを確認した。

無作為化割り当ておよび追跡調査
登録患者は、CDA1-CDB1またはプラセボ(0.9%食塩水)のいずれかを静注する群に1:1の比率で無作為に割り当てた。登録時に便検体を採取し、taurocholate-cefoxitin-cycloserine-fructose寒天培地(TCCFA)を用いて培養しクロストリジウム・ディフィシルを検出し、REA(制限酵素解析)により菌株を特定した。現在最も多く検出されるクロストリジウム・ディフィシル株は、REAではBI、パルスフィールドゲル電気泳動ではNAP1、PCRによるリボタイピングでは027と同定されている(BI/NAP1/027)。

研究初日に、CDA1とCDB1を10mg/kgずつかもしくはプラセボを生食200mLに希釈し2時間かけて投与した。84日間の研究期間中、排便回数と便の性状を毎日記録した。この記録は研究スタッフが確認した。割り当て試験薬投与後第14日までは毎日、その後第56日までは週一回、その後第84日までは月一回の頻度で研究担当者が患者を訪問し血液検体を採取した。20人目までの登録患者については、投与後第168±14日にも血液検体が採取され、免疫原性に関する検査を行った。

有効性の評価
クロストリジウム・ディフィシル感染の再発を主要評価項目とした。その定義は、初回クロストリジウム・ディフィシル感染による下痢が消失し、メトロニダゾールもしくはバンコマイシンの投与が終了した後に、また下痢が発生し、再び新たに便からクロストリジウム・ディフィシル毒素が検出された場合とした。一回目のクロストリジウム・ディフィシル再発のみを有効性評価の対象とした。副次評価項目は、初回感染の治癒日数と重症度および抗菌薬無効例(抗菌薬を変更するか、抗菌薬投与開始後第14日に至っても下痢が続いている場合)とした。全症例において、トキシンAおよびトキシンBに対する血清抗体価をELISA法で測定した。

安全性の評価
安全性を評価するにあたり、有害事象が発生した可能性があると臨床的に判断された場合は必ず、バイタルサインの測定、病歴の簡易聴取、および理学的所見の記録を行った。研究第28±3日目までの各患者訪問時に血算、生化学および尿検査を実施した。割り当て薬投与中および投与後2時間に発生した有害事象を研究参加者が記録し報告した。有害事象はAdult Toxicity Table (2001年5月)に従って分類した。モノクローナル抗体の投与に反応して出現したヒト抗ヒト抗体は、ブリッジングELISAで検出した。

統計解析
偽薬群における再発率が20%で、モノクローナル抗体投与群では6%であったときに、検出力80%でこの再発率の低下を判別するには200名の患者が必要であると算出された。主要および副次評価項目についてはITT解析を行い、無作為化割り当てされた全ての患者を対象とした。名義変数の群間比較にはFisherの正確検定(両側)を適用した。連続変数の群間比較には、両側t検定を適用した。事象発生までの時間に関する変数の解析にはKaplan-Meier曲線を用い、ログランク検定で比較した。

関連記事:クロストリジウム・ディフィシル~再発例の治療

教訓 クロストリジウム・ディフィシルトキシンA とトキシンBそれぞれに対する完全ヒトモノクローナル抗体をクロストリジウム・ディフィシル感染ラットモデルに混合投与したところ有効性が確認されました。本研究は第2相試験です。
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術後疼痛管理を洗練する④ [anesthesiology]

Improving Postoperative Pain Management: What Are the Unresolved Issues?

Anesthesiology 2010年1月号より

ゲノム薬理(遺伝薬理)は、疼痛管理の改善を目的とした研究分野において今後の展開が期待され関心が集まっている領域である。例えばJanickiらは、急性痛患者および慢性痛患者におけるμオピオイド受容体遺伝子の機能多型には関連が認められると報告している。この対立遺伝子があっても急性痛管理に要するオピオイド使用量は変化しないが、慢性痛患者で大量のオピオイドを要する患者ではこの対立遺伝子が発現している頻度が低かった。Chouらは、下腹部手術後のモルヒネ必要量の個人差とμオピオイド受容体の遺伝子多型とのあいだに関連が認められたと報告している。したがって、μオピオイド受容体の遺伝子多型が、術後痛の程度とオピオイド必要量の多寡の個人差に関与していると考えられている。また、人種とμオピオイド受容体遺伝子型が、疼痛知覚と術後オピオイド使用量の個人差に独立した有意な影響を及ぼすことが、Tanらによって近頃明らかにされた。遺伝的要因は、NSAIDsおよびCOX-2阻害薬による鎮痛効果の個人差にも関与している可能性が指摘されている。以上のような遺伝多型を同定することができれば、オピオイドおよび非オピオイド鎮痛薬のいずれについても、患者一人一人にあわせた最適な投与量を決定するのに役立つであろう。

急性痛管理の今後の研究において重要な課題となると目されているのは、鎮痛薬に対する患者の反応に、代謝系因子、加齢および性別が及ぼす影響に関する事柄である。現代社会では高齢化が急速に進行しているが、そのわりには術後期におけるオピオイドおよび非オピオイド鎮痛薬に対する反応に加齢が与える影響を詳細に吟味した臨床研究は驚くほど少ない。同様に、術後急性痛管理における性差について調査した良質な比較対照試験もほとんど存在しない。その理由は、男性と女性で手術手技や術式が異なることによる影響が懸念されるため、比較が難しいからである。

「先行鎮痛」(「予防鎮痛」とは異なる)の概念は、入念な再検討を要する。鎮痛開始時期テーマにした無作為化研究(鎮痛開始が、手術侵襲の加わる前か後かで比較)で得られた知見は、錯綜しているからである。等量の鎮痛薬を、手術侵襲が加わる前または後に投与して比較した研究では、いわゆる先行鎮痛の効果は証明されていない。もちろん、手術開始前にプラセボを投与するよりは鎮痛薬を投与する方が有効ではあるが、鎮痛薬を術前から投与する場合と、術後のみに投与する場合とを直接比較した良質の研究は無きに等しい。Sunらは、COX-2阻害薬であるセレコキシブを術前および術後に投与しても、術後のみに投与する場合と効果は変わらないことを報告している。ともかく、術後直ちに効果的な鎮痛を実現し、退院後も創部からの侵害入力がなくなるまで有効な「予防的」鎮痛法を続けることが重要である。ただし、術式別の最適な退院後疼痛管理実施期間についての情報はまだ足りないのが実状である。また、この疼痛管理実施期間は、患者一人一人の疼痛反応特性にあわせて調整しなければならない。

まとめ

急性痛の背景にある病態生理の解明は長足の進歩を遂げてきた。エビデンスに立脚した術式ごとの多角的鎮痛法を、患者一人一人の特性に応じて調節しながら実施し、術後疼痛管理の質を向上させることが臨床医にとっての今後の課題である。術後患者管理に関わるさまざまな職種(麻酔科医、外科医、看護婦、理学療法士など)の医療従事者が協同し、昨今の迅速な回復を目指す潮流のなかで洗練された周術期疼痛管理を一貫して行うことが、何よりも重要である。このような協同的な取り組みを行うと、回復が促進され、入院期間が短縮し、術後合併症発生率が低下するため、術後経過が短縮することが明らかにされている。疼痛管理に関するメタ分析や体系的レビューをただ単に繰り返すのではなく、術式ごとの前向き無作為化臨床試験を行い、術後の多角的鎮痛法におけるいろいろな鎮痛薬の組合せを評価するという骨の折れる本来の仕事に立ち返ることが、臨床研究者には求められている。

教訓 preemptive analgesiaの効果は証明されていません。セレコキシブを術前および術後に投与しても、術後のみに投与する場合と効果は変わらないことが明らかにされています。
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術後疼痛管理を洗練する③ [anesthesiology]

Improving Postoperative Pain Management: What Are the Unresolved Issues?

Anesthesiology 2010年1月号より

今後の道のり

急性痛の機序に関連する病態生理データの量と、実際の臨床に応用されている科学的エビデンスの量には大きな隔たりがあることを踏まえると、今すぐにでも始められる改善対策は、術式別のエビデンス準拠疼痛管理プロトコル(table 1)を周術期の臨床に導入することである。だが、このような術式別鎮痛法によって転帰を改善するには、迅速な術後回復を目指す方法と組み合わせて実施する必要がある。つまり、従来から行われている急性痛管理手法を理論的に敷衍するということである。現在までに蓄積されたエビデンスでは、疼痛管理の改善が即ち迅速な回復と合併症の減少につながるという考えは裏付けられてはいないが、良好な鎮痛が実現すれば、患者の満足度は確実に向上する。

鎮痛法を改善させることによる利点をいささかも損なわないためには、麻酔科、外科、急性痛管理チームおよび術後看護スタッフが協同し一貫した対応を行う必要がある。したがって、急性痛管理の実態についての全国調査でも指摘されているように、疼痛管理に関するエビデンス準拠ガイドラインを実施するだけでは不十分であり、患者の転帰は期待するほどには改善しない。そこで、各科の医師および周術期ケアに関わる看護責任者、病院管理者、保険会社、政府および規制当局がしっかりと意思疎通を図る必要がある。もう一つ必要なのは、疼痛管理の質を向上できる可能性があることを大衆に知らしめ、手術を受ける患者とその家族に、術後鎮痛の質を高め回復過程を促すために彼ら自身が取り得る行動について教育することである。

以上から、疼痛管理の質を向上させるために直ちに取り得る方策には、組織全体として取り組まなければならない。術式に応じた多角的非オピオイド鎮痛法における必須重要ポイントを明らかにするには、さらに臨床研究を重ねる必要があるのは言うまでもない。将来的には、簡便で、より合理的な、末梢組織(創部とその周囲)を標的とした鎮痛手法によって、急性痛管理が進歩する可能性が高い。末梢組織を標的とした鎮痛手法は簡単に行うことが可能であり、また、疼痛発生部位に直接働きかけるため、脊髄や大脳皮質などの中枢で痛みが変質して伝達されるのを防ぐことができるので、疼痛関連転帰の臨床的改善が得られる可能性がある。臨床応用例としては、心臓手術後に、切開創にカテーテルを留置し局所麻酔薬を持続投与することによって、疼痛を軽減し回復を促進する方法が挙げられる。今後は、長時間作用性局所麻酔薬(デポブピバカイン、ブピバカイン徐放剤[SABER-Bupivacaine]など)の局注やカプサイシン塗布などが広まり、面倒で高価なカテーテルによる持続投与を行わなくても済むようになるかもしれない。

感覚神経終末に存在する新しく発見された受容体(TRPV1など)は、現在使用されているオピオイドや非オピオイド鎮痛薬の作用増強に資する新しい鎮痛薬アジュバントの開発において有用な作用標的であることが明らかにされている。カプサイシンは、トウガラシに含まれる有効成分で、TRPV1結合部位との相互作用によりC線維阻害作用を長時間発揮する。最近では、術後3-4日間にわたり持続的な除痛作用をもたらすことが報告されている。これとは別にもう一つ、新しい種類の鎮痛薬として実用化される可能性があるのは、カンナビノイド受容体-1選択的作働薬である。臨床予備試験のデータでは、「古い薬」(副腎皮質ステロイド[メチルプレドニゾロン、デキサメサゾン]など)であっても、周術期に投与すると、臨床的に問題になるような副作用の発現をきたさずに長時間の鎮痛効果を得ることができる可能性があることが分かっている。

今後の臨床研究によってさらに詳しく解明することが期待される非常に重要なもう一つのテーマは、手術による同じような侵害刺激によっても、それによって生ずる疼痛反応の個人差が大きいのはなぜかということである。手術に先立ち、各患者の疼痛閾値が分かるようになれば、個人差を考慮したよりよい急性痛管理が可能となるであろう。疼痛が起こりにくい(つまり、疼痛閾値が高い)患者では、それほど積極的でないシンプルな術後疼痛管理を行えばよいが、強い疼痛が起こることが予測される患者では洗練された積極的な疼痛管理を行う必要がある。疼痛閾値の高い患者にオピオイドを過度に使用(持続投与など)すると、合併症の増加や、場合によっては術後死亡率の上昇につながる。患者ごとの疼痛閾値レベルの評価には、熱または電気刺激による侵害受容検査や心理社会的検査を術前に行う方法が実用的であるとされている。今後は、遺伝子研究が進めば、疼痛閾値レベルの個人差がより正確に分かるようになったり、鎮痛薬の薬力学に影響を及ぼす特定の遺伝子型が明らかになったりする可能性がある。

教訓 将来的には、末梢組織(創部とその周囲)を標的とした鎮痛手法によって、急性痛管理が進歩する可能性が高いと考えられています。長時間作用性局所麻酔薬やカプサイシンの局所投与が有望です。
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術後疼痛管理を洗練する② [anesthesiology]

Improving Postoperative Pain Management: What Are the Unresolved Issues?

Anesthesiology 2010年1月号より

周術期鎮痛と術後転帰

臨床医の多くは、術後鎮痛の質が向上するほど、臓器不全が減るとか、合併症発生率が低下するとか、入院期間が短縮するなどの形で臨床転帰が改善するとなんとなく考えている。しかし、最近発表されているレビューでは、良好な鎮痛が実現できても臨床的に意味のある転帰項目がはっきりと改善するという効果は得られない、という残念な結論が示されている。臨床転帰の改善が確認されていないことについて、いずれのレビューでも共通して述べられている理由は、鎮痛が転帰に与える影響についての大半の研究に、研究設計上の大きな問題があることである。つまり、多くの研究では、臨床的に意義のあるエンドポイント(経口摂取の再開、消化管及び膀胱機能の回復、通常の日常活動の再開など)ではなく、代替エンドポイント(安静時の疼痛スコアの変化、オピオイド使用削減量、回復室滞在時間、入院期間など)を用いているのである。実際、直近のエビデンスによれば、最新のエビデンスに準拠した治療原則を取り入れて術後早期から有効な鎮痛を実現すれば、長期予後に関して有意な臨床的効果(慢性痛の発生頻度低下など)を得ることができるとされている。

周術期鎮痛法に関する研究を今後行うにあたっては、術式に応じた最適な鎮痛法の利点を生かし、早期経口摂取・離床およびエビデンスに基づいた外科的ケアの見直し(ドレーン、カテーテル、チューブおよびモニタリング)を含めた回復促進ケアプログラムを実施するという、術後のリハビリを迅速に行う現代の潮流に沿った形で評価を行うべきである。このような状況を鑑みると、鎮痛法に通暁した麻酔科医および急性痛管理チームには、術後転帰の改善において果たすべき重要な役割がある。急性痛管理が術後持続痛(慢性術後痛)を防ぐ効果の有無については、術後早期痛と術後持続痛の関連が次第に明らかになっているにも関わらず、未だに甲論乙駁が続いている。残念ながら、大半の臨床試験では、術後のごく短時間しか多角的鎮痛法が行われていない。今後の研究では、術後期において手術侵襲(炎症反応)が残る間ずっと、有効性の高い多角的鎮痛法を実施し評価を行うべきである。急性術後痛が慢性痛へと変容する複雑な過程には、心理的、生理的および社会的要素が関与する。

より長時間にわたってオピオイド使用量節減を目的とした多角的鎮痛法を行うことによって、大手術後の長期機能予後を改善できるとすれば、患者にとっても医療従事者にとっても意義は大きい。最近の報告では、術後数週間にわたって続く亜急性痛は、臨床研究ではなかなか注目されず、科学的データの蓄積も乏しい領域であることが指摘されている。さらに、迅速な術後回復を実現する手法が近年発達を遂げるなかで、回復を早め、入院期間を短縮し、内科的・外科的合併症を減らし、退院後の療養期間を速やかに経過させるには、良好な鎮痛が必須であることが強調されている。

術後に何らかの対応を要する疼痛が発生するリスクが高い患者と低い患者を見分けることができれば、鎮痛治療の効果と安全性がともに向上するはずである。最近の研究では、日帰り手術後の疼痛に関する重要な予測因子は、(1) 術前から痛みがある、(2) 術後疼痛の程度についての患者および医師の見込み、(3) 術後の短期転帰に関する患者の不安、(4) 患者の年齢、であるとされている。監視強化(すなわち、疼痛に関する強い注意バイアスが作用する)が、術後急性痛の強力な予測因子であることが明らかにされているのは、興味深い点である。術後痛を伴う足および足首の手術を受けた患者では、術前の疼痛の程度と、手術による疼痛軽減に対する期待度とは、術後72時間における術後痛の程度の独立した予測因子であることが明らかにされている。腹部大手術を受ける患者では、ASA PS、年齢、術前に急性痛が長期間継続、強い不安感および抑鬱状態が、中等度から強度の術後痛発生のリスク上昇因子であることが分かっている。

教訓 最近発表されているレビューでは、良好な鎮痛が実現できても臨床的に意味のある転帰項目がはっきりと改善するという効果は得られない、とされています。これは、鎮痛が転帰に与える影響についての大半の研究に、研究設計上の大きな問題があるためです。
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術後疼痛管理を洗練する① [anesthesiology]

Improving Postoperative Pain Management: What Are the Unresolved Issues?

Anesthesiology 2010年1月号より

近年、急性痛の生理の解明が進み、新しいオピオイドおよび非オピオイド鎮痛薬や薬物送達システム(drug delivery system)が開発され、術後疼痛の少ない低侵襲手術が広く行われるようになってきたが、術後痛は依然として解決されていない課題である。米国および欧州で行われた最近の調査では、術後疼痛管理は現在も十分な質が確保されるのは至っておらず、さらに改善を重ねる必要があるということが強調されている。標準化された疼痛評価法および疼痛管理法の導入や多角的鎮痛法の実施が広まっているという喜ばしい現状を鑑みると、今後多年にわたり疼痛管理が改善を遂げ続けるものと期待される。それでは、術後急性痛の管理に関して、いまだ解明されていない課題の主なものは何であろうか?そして、エビデンスに基づいた術後疼痛管理はどうあるべきなのであろうか?

多角的鎮痛 (multimodal analgesia)

「オピオイド使用量節減」多角的鎮痛法(いわゆるバランス鎮痛法)の概念は15年以上前に登場した。その目的は、相加または相乗効果のある鎮痛薬を組み合わせて使い、鎮痛の質を向上させることである。種類の違う鎮痛薬を組み合わせて周術期疼痛管理を行えば、それぞれの薬の作用機序や副作用が異なるため、理論上は疼痛管理の安全性と有効性が向上するはずである。鎮痛の質とオピオイドによる副作用について多角的鎮痛法と単剤による鎮痛法を比較した質の高いRCTは数少ない。だが、非オピオイド鎮痛薬単剤による鎮痛法についてのメタ分析では、オピオイドを使用しないことによってPONVや鎮静の発生率が有意に(20-40%)低下することが明らかにされている。しかし、その他の主な副作用(便秘、尿閉、呼吸抑制など)の減少や体動時痛の緩和が、多角的鎮痛法によってどれほど得られるのかについての報告は少ない。術後に鎮痛薬を多剤併用する際に見られる、各系統の薬剤に特異的な副作用についての、大規模臨床研究が必要であることは言を俟たない。オピオイドによる副作用(PONV、尿閉、イレウス、便秘、鎮静、呼吸抑制など)は、すでに詳しく取り上げられてきているが、アセトアミノフェン、NSAIDs(非選択的NSAIDおよびCOX-2阻害薬)、ケタミンおよびガバペンチンなどの非オピオイド鎮痛薬にも各剤特有の副作用(肝毒性、腎毒性、血小板機能障害、混迷、鎮静、めまいなど)があり、多角的鎮痛法の一翼として術後に投与された場合、副作用が増強される可能性がある。したがって、鎮痛薬を多剤併用する方法の利害得失は、主に術式によって決定される(つまり、扁摘後であれば再出血、血管手術後であれば腎不全、結腸手術後であればイレウスが懸念されるので、それを踏まえて薬剤を選択する)。

多角的鎮痛法の有効性を支持するエビデンスが現在までに蓄積されているが、大規模調査によると、実際に臨床で多角的鎮痛法が実施されている例は多くはない。周術期の疼痛管理を改善させるのに必要なのは、まず、非オピオイド鎮痛薬(具体的には、NSAIDs、COX-2阻害薬、アセトアミノフェン、ガバペンチン、ケタミン、局所/区域麻酔法)のいずれかに、必要に応じてオピオイドを投与する方法についてのエビデンスを実行することである。次に、理に適った組み合わせの鎮痛薬を用い、オピオイドによる副作用を防がなければならない。そうすれば、早期転帰が改善され、日常生活における通常の活動(離床、消化管機能の回復、職場復帰など)をより迅速に再開することができるはずである。ただし、過去に発表された周術期疼痛管理についてのガイドラインでは、各術式に特異的な問題については配慮されていないことに留意しなければならない。たとえば、術式によって(例;整形、腹部、胸部、内視鏡手術)、術後痛の特徴も臨床的な影響(ベッド上安静、麻痺性イレウス、尿閉、呼吸機能低下など)も異なる。したがって、術式に応じた方法をとることが、強く求められるのである。例えば、持続硬膜外鎮痛行うと他の鎮痛法と比べ、腹部大手術後の体動時痛、イレウス、PONVの発生率が低い。しかし、大手術ではない腹部手術の多くには、硬膜外鎮痛法は適さない(例;腹式子宮全摘術、腹腔鏡下結腸切除術、腹腔鏡下副腎摘出術、腹腔鏡下腎摘出術)。さらに、術式によって、発生しやすい各鎮痛薬または鎮痛法の副作用が異なるであろう(例;耳鼻科、股関節、形成外科手術後に非選択的NSAIDs[COX-2阻害薬は含まない]を用いると出血、開胸術後に主としてオピオイドを用いる鎮痛法を行うと呼吸抑制[区域麻酔法ならば呼吸抑制は起こりにくい]、結腸切除後にオピオイドを用いると術後イレウス)。したがって、最適な多角的疼痛管理の実現には、各術式の特性に配慮したエビデンスを踏まえる必要がある(table 1)。近年、整形外科、腹部外科、胸部外科領域の一般的な術式における術後疼痛管理についての最新のエビデンスがPROSPECTというウェブサイト上で公開されている。また、術後疼痛管理についての新しいレビューも発表されている。

教訓 術後鎮痛は術式に応じて内容を決めなければなりません。扁摘後であれば再出血、血管手術後であれば腎不全、結腸手術後であればイレウスが懸念されるので、それを踏まえて薬剤を選択します。


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敗血症患者の代謝性アシドーシス~考察 [critical care]

Metabolic acidosis in patients with severe sepsis and septic shock: A longitudinal quantitative study

Critical Care Medicine 2009年10月号より

考察

重症敗血症および敗血症性ショック患者における代謝性アシドーシスの詳細を、定量的評価法によって明らかにした。重症敗血症および敗血症性ショック患者がICU入室時に呈する代謝性アシドーシスの様態は複雑で、主として無機イオン差とSIGが代謝性アシドーシスの形成に関与し、低アルブミン血症の関わりは少ない。死亡群は生存群よりも代謝性アシドーシスの程度が重篤で、その原因は無機イオン差の低下である。無機イオン差低下の主因は、生存群よりも高度の高塩素血症であった。研究期間中に、生存群では測定されない陰イオンと乳酸が除去され代謝性アシドーシスが是正されていったが、死亡群ではうまくこの機転がはたらかず、代謝性アシドーシスが是正されなかった。予後の予測という観点から捉えると、死亡率の予測因子であったのは、ICU入室時のAPACHEⅡスコアおよび血清クレアチニン濃度に加え、酸塩基平衡の指標のなかではICU入室時の無機イオン差のみであった。

ICU入室時のSBEから評価した代謝性アシドーシスの程度やその進行具合は、臨床的転帰と相関することが明らかにされている。SBEの変化は直接的にSIDの変化と結びつく。弱酸の総濃度とSBEは、酸塩基平衡を評価する様々な方法において広く用いられている重要な変数である。したがって、本研究では代謝性アシドーシスの程度を数値化した指標としてSBEを扱った。そして前述の通り、SIG、無機イオン差、乳酸値、アルブミンおよびリン酸塩の値の変動が、SBEの変化を決定するものとして解析を行った。

代謝性アシドーシスの各原因物質の臨床的意義については、乳酸を除き一致した見解は文献上示されていない。ICU患者を対象とした複数の研究では、高クロール性アシドーシスが生存率を有意に低下させるという結果が得られるには至っていないものの、高塩素血症は低血圧、腎機能障害および血漿サイトカイン濃度の上昇などを招来することが知られている。本研究では、ICU入室時の高塩素血症が院内死亡率の上昇と相関し、SIGおよび乳酸値がICU経過中に低下すると生存率が上昇するという結果が得られた。重症敗血症および敗血症性ショック患者におけるICU入室時の高塩素血症の一因は、ICU入室に先立つ生理的食塩水の投与であろう。しかし、入室前の生理的食塩水の投与だけでは、死亡群の方が高塩素血症の程度が重篤であることの説明はつかない。なぜなら、死亡群と生存群とで、生理的食塩水の投与量は同等であったからである。理由の一つは腎機能に関係している可能性がある。死亡群は入室時にすでに腎機能が低下していたからである。腎機能が低下していたので、等量の生理的食塩水を投与されても、腎機能が正常の場合より高塩素血症の程度が著しくなったのであろう。Kellumらは、エンドトキシン血症動物モデルを用い、輸液による塩素投与や腎機能障害による塩素排泄能の低下とは無関係に、内因性に高塩素血症が発生することを示した。その理由として、間質または細胞内から血管内へ塩素が移動する可能性が指摘されている。本研究の対象患者では、死亡群において塩素の移動がより顕著であったものと考えられる。その原因は、強い炎症と血管透過性の亢進であろう。ただし、今回の研究手法では、この仮説を正面から検証することはできない。

尿のSIDについては群間または群内に有意差を認めなかった。しかし、死亡群の方が全経過を通じて尿SIDが低いという予想に反する傾向が認められた。質量保存の概念を当てはめれば、Gattinoniらが指摘しているように、血漿SIDが低いのを代償する機転が正常に働けば、尿SIDは高くなるはずである。得られた結果と予想とに齟齬が生じたのは、死亡群では腎機能障害のため正常な代償機転が働かなかったからであると考えられる。

研究期間中に生存群の代謝性アシドーシスが日を追うごとに改善したのは、SIGと乳酸のみの変化に負うものであろう。というのも、生存群も死亡群も血中塩素濃度が高値のまま推移したからである。実際、生存群では研究最終日における唯一のアシドーシス要因が高塩素血症であり、およそ5mEq/LのSBE低下に寄与していた。SIGと乳酸の改善は、末梢組織潅流の向上、細胞機能の改善もしくは腎および肝による陰イオン除去能の回復によってもたらされたものであると考えられる。

本研究には二、三の問題点がある。第一に、救急部搬送時点つまり輸液開始に先立って敗血症患者を掬い上げ、研究を開始することができなかったことである。もしこれが実行できていたならば、ICU入室直後からの高塩素血症の成因に有効な回答を得ることができたかもしれない。しかし、ICU入室時に診断をつけることは、治療および予後追跡の点で重大な意味を持つ。第二に、実務上の理由でICU入室5日目までしかデータを収集していないことが挙げられる。とはいえ、本研究でも、Riversらが行ったEGDT(early goal-directed therapy)の研究でも、BE値は5日目までに正常値に復することが分かっている。最後に、標本数が少なかったため、多変量解析による決定的な結論を導くことができなかったという問題がある。だが、本研究は探索型臨床研究であり、ここで得られた結果は目新しい臨床的および生理的仮説を提示しさらなる研究の糧となるのである。

まとめ

重症敗血症および敗血症性ショック患者は、複雑な背景を持つ代謝性アシドーシスを呈する。その主な成因は、ICU入室時における無機イオン差の減少(最大の原因は高塩素血症)であり、死亡群では生存群より無機イオン差の減少幅が大きかった。研究期間中に、生存群では日を追うごとにアシドーシスが改善したが、その主な原因は、測定されない陰イオンと乳酸の排泄が進んだことである。死亡群では代謝性アシドーシスの改善は認められなかった。

教訓 重症敗血症および敗血症性ショック患者では、主として無機イオン差とSIGが代謝性アシドーシスの形成に関与しています。死亡群は生存群よりも代謝性アシドーシスの程度が重篤でした。その原因は無機イオン差の低下です。無機イオン差低下の主因は、生存群よりも高度の高塩素血症でした。生存群では測定されない陰イオンと乳酸が除去され代謝性アシドーシスが是正されていきましたが、死亡群ではこの機転がはたらかず、代謝性アシドーシスが是正されませんでした。
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敗血症患者の代謝性アシドーシス~結果 [critical care]

Metabolic acidosis in patients with severe sepsis and septic shock: A longitudinal quantitative study

Critical Care Medicine 2009年10月号より

結果

2004年9月から2005年11月までに当院ICUに入室した患者60名を対象とした。全例が、当院救急部からの入室であった。Table 1に患者の背景因子を示した。対照データは平均年齢34±6歳の健康ボランティア10名から得た(男性8名、女性2名)(Table 2)。Table 2には、初日と最終日の患者データも掲載した。結果は全て、病院内で死亡した患者と生存していた患者とに分けて示した。対象患者は全員、ICU入室時から研究終了時まで血清アルブミン濃度が4g/dL未満であった。入室時血清アルブミン濃度は、生存群が2.47±0.50g/dL、死亡群が2.19±0.54g/dLであった(p=0.06)。

入室時の血清ナトリウム濃度は、生存群が140±5mEq/L、死亡群が140±5mEq/L (p=0.728)であり、血清塩素濃度は、生存群111±7mEq/L、死亡群115±8mEq/L (p=0.048)であった。研究最終日の血清ナトリウム濃度は、生存群が141±4mEq/L、死亡群が141±5mEq/L (p=0.890)であり、血清塩素濃度は、生存群112±6mEq/L、死亡群115±6mEq/L (p=0.039)であった。健康ボランティアではいずれも正常値で、ナトリウム141±1mEq/L、塩素106±2mEq/Lであった。

院内死亡率についての単変量解析および多変量二項ロジスティック回帰モデルの結果をTable 3に示した。酸塩基平衡に関する量的変量以外の独立変量を、臨床的重要性を鑑みて選択した。多変量解析で用いた独立変量は、APACHEⅡスコア、入室時の敗血症性ショックの有無、SOFAスコア、血清クレアチニン濃度、SBE、無機イオン差、血清アルブミン濃度、および血清リン濃度である。多変量解析の結果、このうちAPACHEⅡスコア、血清クレアチニン濃度および無機イオン差が、院内死亡の独立予測因子であった。

対象患者のうち5日以上生存したのは48名であった。この生存患者群については、逐日解析を行った。酸塩基平衡に関わるパラメータの逐日変化をFigure1およびFigure 2に、生存群と死亡群それぞれについて示した。Figure 3には、5日以上生存した患者における、各構成成分のSBEへの寄与分を示した。研究初日から第5日までの腎機能の指標を、Figure 4に示した。

教訓 SIDa(見かけのSID) = [Na+] + [K+] + [Mg2+] + [Ca2+] - [Cl-] - [lactate]. は、無機イオン差([Na+]+[K+]+[Mg2+]+[Ca2+]−[Cl−])と血漿乳酸濃度とに「分割」されます。多変量解析で院内死亡の独立予測因子であったのは、APACHEⅡスコア、血清クレアチニン濃度および無機イオン差でした。敗血症患者では、ICU入室時に無機イオン差が低下しています。
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敗血症患者の代謝性アシドーシス~方法 [critical care]

Metabolic acidosis in patients with severe sepsis and septic shock: A longitudinal quantitative study

Critical Care Medicine 2009年10月号より

対象患者と方法

患者とデータ収集

本研究はサンパウロ大学付属病院(ブラジル)の、12床からなる内科系・外科系混合ICUで実施された。臓器障害が発生してから24時間以内に現行の診断基準で重症敗血症または敗血症性ショックと診断された患者を対象とした。ICU入室時に患者を対象とするか否かを決定した。ICU入室後第5日目、死亡、腎代替療法開始もしくはICU退室日のいずれかもっとも早い時点まで前向きに毎日データを収集した。主解析は、全患者の研究開始日および終了日のデータについて行った。副解析では5日(120時間)以上生存した患者についてのみ、5日目までの毎日のデータすべてを対象とした。健康成人ボランティア10名を対照群とし、動脈血ガス検体を各人一回採取した。

血液ガス分析器(OMNI C; Roche Diagnostics System)から出力される以下のデータを収集した:pH、二酸化炭素分圧、炭酸水素イオン、SBE、イオン化カルシウム。使用した血液ガス分析器では、炭酸水素イオン濃度はHenderson-Hasselbalchの式を用いて算出され、SBEはSiggard-Andersen(Van Slyke)の式から算出される。動脈血ガス分析のほかに、ナトリウム、カリウム、総マグネシウム、塩素、アルブミン、リンおよび乳酸値を測定した(ADVIA 1650; Bayer)。

酸塩基平衡定量分析の解釈における概念構造

生理化学的定量分析を行うにあたり、Stewartの生理化学的定量法をFiggeらが修正した方法を適用した。この方法では、水素イオン濃度すなわちpHは、互いに独立する以下の三つの変量が決定するとされている:強イオン差(SID ; strong ion difference)、弱酸の総濃度(ATOT)および二酸化炭素分圧(PCO2)。この方法では、まず見かけ上のSID (SIDa ; apparent strong ion difference)を算出する。

SIDa = [Na+] + [K+] + [Mg2+] + [Ca2+] - [Cl-] - [lactate].

重症患者ではICU入室時の乳酸値は死亡率の独立予測因子であるため、見かけのSIDは、無機イオンの差([Na+]+[K+]+[Mg2+]+[Ca2+]−[Cl−])と血漿乳酸濃度とに「分割」される。

一方、血漿水分中の電荷平衡における弱い酸(アルブミンとリン酸塩)と二酸化炭素の影響を踏まえてSIDを算出することも可能である。この方法で得られる値は、有効強イオン差(SIDe ; effective strong ion difference)と呼ばれる。FiggeらによるSIDe算出式は以下の通りである。

SIDe = 2.46 × 10^(pH-8)× PCO2+ [Alb] × (0.123 × pH - 0.631) + [Phosphate] × (0.309 × pH - 0.469).

見かけのSID-有効SIDはゼロ(電気的に中立)となるはずであるが、測定されない電荷があれば「イオンギャップ」が生ずる。このような電荷を強イオンギャップ(SIG ; strong ion gap)と言う。

SIG = SIDa-SIDe

SIGが正であれば、測定されない陰イオン(硫酸塩、ケト酸塩、クエン酸塩、ピルビン酸塩、酢酸塩、グルコン酸塩など)が存在することを意味する。SBEは弱イオンの総濃度が一定であるときのSIDの変化をあらわすので、我々はSIG、乳酸、無機イオン差、アルブミンおよびリン酸塩を反映するものとしてSBEを解析した。つまり、SBEを代謝性アシドーシスの指標として捉え、SIG、乳酸、無機イオン差、アルブミンおよびリン酸塩といった生理化学的要素のとる値が、SBEの変化を決定するものと考えたのである。

尿のSID(SIDu)とクレアチニンクリアランス(CrCl)は、以下の式を用いて算出した。

SIDu= 尿中ナトリウム+尿中カリウム-尿中塩素

CrCl=一日尿量(mL)×尿中クレアチニン÷1440÷血漿クレアチニン

SBEへの寄与分

SIG、無機イオン差、乳酸、リン酸塩およびアルブミンがSBE測定値に与える影響を調べるため、各変数についてSBEに寄与する程度を求めた。各変数がどれほどSBE値に寄与しているのかを、それぞれの変数による電荷差の平均によってあらわした。SBE値への寄与がマイナスの値であらわされれば、アシドーシスを引き起こす効果があり、プラスであればアルカローシスを引き起こす効果があることを意味する。例えば、乳酸値が2mEq/Lのとき、正常値の1mEq/Lと比べるとSBEは-1mEq/L変動する。すなわちSBE変動への寄与分は-1mEq/Lということである。

教訓 強イオンギャップ(SIG ; strong ion gap)=見かけのSID-有効SID SIGはゼロになるはずですが、正であれば、測定されない陰イオン(硫酸塩、ケト酸塩、クエン酸塩、ピルビン酸塩、酢酸塩、グルコン酸塩など)が存在することを意味します。
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敗血症患者の代謝性アシドーシス~はじめに [critical care]

Metabolic acidosis in patients with severe sepsis and septic shock: A longitudinal quantitative study

Critical Care Medicine 2009年10月号より

重症敗血症や敗血症性ショックの患者では代謝性アシドーシスが見られることが多い。入院時のstandard base excess (SBE) から評価した代謝性アシドーシスの程度と、ICU入室第1日目における代謝性アシドーシスの進行具合が臨床的転帰と相関することが、複数の研究で明らかにされている。しかし、重症敗血症および敗血症性ショック患者における代謝性アシドーシスの成因の本態は、十分には解明されていない。

近年、酸塩基平衡の異常の臨床評価に、生理化学的手法が用いられる機会が増えている。特に集中治療領域では、その潮流が顕著である。この方法は、酸塩基平衡の代謝性異常を定量的にあらわすのに役立つ。急性腎不全、心肺停止後、肝硬変などの病態が、本法を用いてすでに詳しく研究されている。

本研究の目的は、重症敗血症および敗血症性ショック患者のICU入室から第5日目までの代謝性アシドーシスの様態につき、生理化学的方法を用いて定量的に分析することである。そして、敗血症生存例と死亡例では、代謝性アシドーシスの様態が異なるという仮説を検証した。

教訓 standard base excess (SBE) は、細胞外液全体がHgb 5g/dLであると仮定して(またはヘモグロビンが実際の三分の一と仮定して)actual BEを換算したものです。actual BEが負の値をとるときはアシドーシスの程度を過大評価してしまう傾向がありますが、SBEを使えばそのようなことは起こりません。
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周術期脳血管障害とβ遮断薬④ [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

β遮断薬と脳血管障害に関わるその他の影響

Lemaitreらは、β受容体遺伝子の多様性が、β遮断薬による心筋梗塞および虚血性脳血管障害リスク変動に与える影響について研究を行った。β1受容体遺伝子のいくつかの遺伝子型では、β遮断薬使用によって心筋梗塞および虚血性脳血管障害の双方のリスクが上昇することが分かった。β遮断薬を使用による心筋梗塞および虚血性脳血管障害の複合リスクは、通常の対立遺伝子を持つ者(OR 0.70, 95%CI 0.51-0.94)と比べ、rs#2429511を保有する者(OR 1.24, 95%CI 1.03-1.50)の方が高い。β受容体遺伝子の二つの主な単一塩基多型(Ser49GlyおよびArg389Gly)があると、β遮断薬の作用に変化が認められることが複数の研究で明らかにされている。以上のような多型性が周術期に及ぼす影響は、今はまだ明らかにされていない。

周術期の急性貧血が脳損傷と関連していることは、多くの臨床研究で報告されている。最近行われた二編の観測研究では、心臓手術を受ける術前のヘモグロビン値が12g/dLを下回ると、脳血管障害を含む心血管系有害事象の発生率が上昇するという結果が示されている。Weiskopfらが行った健常ボランティアを対象とした研究では、血管内容量を保ちながら急性貧血にすると中枢神経系の情報処理能力と認知機能が低下することが明らかにされた。急性貧血に加え、手術侵襲、心血管系の代償性反射を妨げる薬剤(例, β遮断薬)、不安定な血行動態、心血管系の基礎疾患および高齢といった危険因子が存在すれば、周術期における脳傷害のリスクはさらに上昇する可能性がある。心血管系合併症のリスクがありβ遮断薬の術前投与の適応があると考えられる患者が、周術期に等容量性血液希釈に陥った場合の脳血管障害のリスクについては、まだ十分な研究が行われていない。

β遮断薬はインスリンの分泌を阻害するとともにインスリン耐性を引き起こすため、ブドウ糖代謝が変化する。インスリン耐性は、メタボリック症候群の発症原因となる主な生理学的変化の一つである。Galassiらが行ったメタ分析によると、メタボリック症候群のある者は、心血管系疾患のリスクが健常者と比べ61%増大する。β遮断薬の受容体選択性によって、血糖値上昇だけでなく体重増加や高脂血症といった代謝に与える悪影響の程度は左右される。非選択性のβ遮断薬を投与したり、β1選択性のβ遮断薬を大量投与したりすると、強い代謝性副作用が現れる。β遮断薬投与によるインスリン感受性低下の機序は、まだ完全には解明されていないが、いくつかの要因の関与が指摘されている。高血圧患者ではインスリンのクリアランスが低下することが分かっているが、β遮断薬を投与するとさらに低下するようである。血漿中のインスリンが増え高インスリン血症になると、インスリン受容体に対するダウンレギュレーションが起こり、インスリン感受性が低下する。

まとめ

非心臓手術を受ける患者に高用量β遮断薬を予防投与すると、心臓関連合併症は減るが、脳血管障害および死亡率は増える。だが、β遮断薬の予防投与を少量から開始し手術までに漸増すれば、脳血管障害のリスクはβ遮断薬非使用例と同等にとどまり、かつ、心保護効果は損なわれないと考えられる。β遮断薬の予防投与が行われている症例では、術中の厳重な血行動態管理が不可欠である。以上に関連し、手術の数週間前にβ遮断薬の投与を少量から開始する方法の効果を確認したり、周術期心臓合併症の高いリスク患者が手術当日朝に至るまでβ遮断薬を投与されていない場合の最適な対処法を明らかにしたりするために、大規模試験の実施が望まれる。

β遮断薬を長期内服している患者に対しては、周術期もβ遮断薬の投与を継続すべきである。冠動脈疾患の確定診断がついている症例では、手術のかなり前からβ遮断薬を開始し血行動態の変化をしっかり評価しなければならない。低血圧と徐脈を避けることが要点であるため、β1受容体選択性の高いβ遮断薬を少量投与するのが妥当である。

教訓 β遮断薬の予防投与が行われている症例では、術中の厳重な血行動態管理が不可欠です。
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周術期脳血管障害とβ遮断薬③ [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

投与開始時期

Figure 3を見ると分かるように、周術期におけるβ遮断薬投与の開始時期は、脳血管障害のリスクを左右する中心的な要因である。手術数時間前にβ遮断薬の投与を開始した患者では、投与量が多いと低血圧や徐脈のリスクが増大すると考えられる。手術数時間前の投与では、β遮断薬投与に対する患者の反応をしっかりと監視することはできないため、図らずも過量投与してしまう危険性がある。β遮断薬を投与すると、交感神経遮断作用は投与後間もなく発現するが、抗炎症作用は長期投与しなければ得られない。Manganoらが明らかにしている通り、アテノロールの主効能は術後数ヶ月後にようやく認められる。手術数時間前にβ遮断薬を投与しその効果を検討した研究では、手術の一週間以上前から投与した場合よりも術後脳血管障害の発生率が高いことが示されている。手術の数週間前からβ遮断薬を投与した研究2編は同じ研究グループによって実施され、いずれもビソプロロールが用いられていたということに注目しなければならない。米国では冠動脈疾患の確定診断がついている患者にビソプロロールが投与されることはほとんどないが、前述の二研究で行われたのと同じ少量ビソプロロール投与によって、他の施設でも同様の結果が得られるのかどうかは関心の持たれるところである。内科領域、特に心不全患者を対象とした大半の研究では、β遮断薬の漸増投与が行われている。言い換えると、比較的少量からβ遮断薬の投与を開始し、血圧や脈拍を観察しながら徐々に増量するのが普通である。この方法は、心不全患者でも安全かつ有効に実施できることが明らかにされている。β遮断薬を長期投与されている患者では、突如中止すると心臓関連事故のリスクが増大するため、周術期も投与を継続すべきであるということを忘れてはならない。

β遮断薬の投与量

周術期β遮断薬の投与開始時期の問題と浅からぬ関連があるのが、投与量の件である。POISE試験では、他のβ遮断薬に関する研究と異なり、β遮断薬群に無作為割り当てされた患者は、手術当日に400mgのコハク酸メトプロロール徐放剤を投与された。その内訳は、手術2-4時間前に100mg、手術後6時間以内に100mg、それから12~18時間後までに200mgである。β遮断薬を大量に投与すると、出血などで低血圧に陥った際の心拍数上昇が抑制される。内科領域では、少量から投与を開始し、ゆっくりと増やす方法が推奨されている。例えば、心不全患者では12.5-25mg/日から投与を開始し、2週間はこの量を維持する。高血圧患者では、25-100mg/日から開始し、一週間間隔で増量する。手術を予定されている高齢の高リスク患者では何らかの(無症状の)左室機能低下を伴っている可能性がある場合が多いため、このような投与方法を考慮する必要がある。DECREASEⅣ研究では、初回にビソプロロール2.5mgが投与された。この量は概ねメトプロロール50mgに相当する。POISE試験におけるメトプロロールの初回投与量は、通常の周術期β遮断薬投与量の2-8倍であり、たいていの他の試験ではメトプロロール投与量は50-100mg/日である。DECREASEⅡ試験ではビソプロロール2.5mg一日一回投与から開始し、この投与量で対象患者の約75%において目標心拍数である60-65bpmを達成することができたことは特筆すべき点である。この試験では安全性を考慮し、収縮期血圧が100mmHgを下回ったり、安静時心拍数が50bpmに至らなかったりする症例ではβ遮断薬の投与は中止された。POISE試験でも同じような中止基準が採用された(収縮期血圧100mmHg未満または心拍数45bpm未満)。

β遮断薬長期投与と脳血管障害

POISE試験で得られた結果を踏まえると、β遮断薬を長期投与している場合の(術後)脳血管障害リスクはどうなるのか、という疑問が生ずる。最近の文献では、β遮断薬を今後も高血圧治療の第一選択薬とすべきなのか、他の薬剤を選択すべきなのか、という課題が示されている。β遮断薬を高血圧治療の第一選択薬として使用する場合の有用性については、Wiysongeらが体系的に評価し、コクランレビューに掲載されている。このWiysongeらのレビューでは、成人高血圧患者におけるβ遮断薬の有効性と安全性が、罹患率および死亡率に関わるエンドポイントに及ぼす影響が評価された。プラセボと比較し、β遮断薬を投与した場合は、脳血管障害のリスクが有意に低下することが明らかになった(OR 0.80, 95%CI 0.66-0.96)。しかし、他の降圧薬と比較するとβ遮断薬は脳血管障害のリスクが高いという結果が得られた;カルシウムチャネル阻害薬(RR 1.24, 95%CI 1.11-1.40)、レニン-アンギオテンシン系阻害薬 (RR 1.30, 95% CI 1.11-1.53)。以上の結果から、β遮断薬は高血圧治療の第一選択薬とすべきではない。

しかし、高血圧患者で得られた知見を、周術期のβ遮断薬使用に当てはめることはできない。心血管系合併症のリスクを有する患者に対し周術期にβ遮断薬の投与を開始する際は、血圧低下よりも心拍数低下に主眼が置かれる。β遮断薬を長期内服している患者が非心臓手術を受ける場合にも、術後脳血管障害のリスクが上昇するかどうかを調べてみるとおもしろいだろう。

術後脳血管障害について、van Lierらは非心臓手術を受けた患者186,779名について研究を行った。開頭手術、頸動脈手術もしくは頭部and/or頸動脈外傷の患者が対象となった。全部で34名(0.02%)が、術後30日以内に脳血管障害を発症した。脳血管障害発生群も、非発生群も、β遮断薬を長期投与されていた患者は多かった(29% vs 29%; P=1.0)。β遮断薬非使用患者と比較した場合の、β遮断薬使用患者における周術期脳血管障害の調整オッズ比は0.4 (95% CI 0.1-1.5)であった。心血管系作働薬使用の有無および心臓危険因子の有無について分類したサブグループ解析でも同じような結果が得られた。以上の結果から、β遮断薬を長期内服している患者では非心臓手術後の脳血管障害のリスクは上昇しないと言える。つまり、DECREASE研究で行われたように、手術前に十分な期間をおいてβ遮断薬の投与を開始し、期待する効果が得られるまで慎重に漸増するのは、よい方法であるということである。

教訓 β遮断薬を長期投与されている患者では、周術期も投与を継続しなければなりません。周術期にβ遮断薬を予防投与する場合は、手術のかなり前から少量を投与しはじめ、期待する効果が得られるまで慎重に漸増します。
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周術期脳血管障害とβ遮断薬② [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

周術期のβ遮断薬

内科領域ではβ遮断薬は広く用いられ、冠動脈疾患の確定診断がついている患者では心筋酸素受給バランスを改善する効果があることが証明されている。以前は心不全やASOの患者にはβ遮断薬は禁忌とされていたが、現在ではむしろ推奨されている。内科領域でβ遮断薬の使用が勧められているのと同じく、冠動脈疾患の確定診断がついている患者が血管手術を受ける場合にはβ遮断薬の使用が望ましいとされている。だが、一般外科領域では周術期のβ遮断薬投与の是非については甲論乙駁が続いている。

複数の無作為化対照試験では、周術期β遮断薬投与が心臓に関して好ましい効果を上げることが示されている。Manganoらが実施した200名の高リスク患者を対象としたプラセボ対照試験では、アテノロール(50mgまたは100mg)を手術開始30分前に静注し、退院まで最長7日間経口投与させたが、入院中の心臓死もしくは心筋梗塞のリスクは低下しないという結果が得られている。だが、48時間ホルター心電図の結果では心筋虚血の発生率が50%低下することが明らかになった。そして、β遮断薬投与群では脳血管障害の発生率が有意ではないが上昇することも分かった(4% vs 1%, P=0.21)。DECREASE(Dutch Echocardiographic Cardiac Risk Evaluation Applying Stress Echocardiography)研究では、非心臓手術におけるβ遮断薬の有用性が確認されている。ドブタミン負荷心エコーが陽性の冠動脈疾患患者112名のうち、血管手術の30日以上前からビソプロロール(5mgまたは10mg)を内服する群に無作為に割り当てられた患者は、標準治療群に割り当てられた患者と比べ周術期心臓死および心筋梗塞発生率が90%も低い(3.4% vs 34%)という結果が得られている。

以上よりも新しい研究では、β遮断薬の効果については一定した結果は得られていない(fig. 1)。MaVS(Metoprolol after Vascular Surgery)試験では、496名の患者を無作為にメトプロロール群またはプラセボ群に割り当てた。手術2時間前にメトプロロールまたはプラセボを投与し、退院までもしくは5日後まで継続した。30日後および6ヶ月後の天気に有意差は認められなかった。MaVS試験における脳血管障害の発生率は、プラセボ群1.6%、β遮断薬群2.0%であった。POBBLE (Perioperative βBlockade)試験では、血管手術を受ける103名をメトプロロール群またはプラセボ群に無作為に割り当て、当該薬を術前24時間以内に開始し、術後は7日間継続した。30日後の心血管系転帰には有意差は認められなかった。30日目までにメトプロロール群では32%、プラセボ群では34%の患者に心血管系合併症が発生した(調整相対危険度 0.87, 95%CI 0.48-1.55)。一方、脳血管障害はメトプロロール群53名のうち2名に発生し、プラセボ群では46名中一例も発生しなかった。DIPOM (Diabetic Postoperative Mortality and Morbidity)試験では、非心臓大手術の前夜にβ遮断薬の投与が開始された。この試験でもやはり、β遮断薬を使用しても30日後心臓関連転帰の改善は認められず、脳血管障害の発生率はプラセボ群より有意ではないが高い(0.4% vs 0%)という結果が得られている。

今までに行われたβ遮断薬に関する臨床試験で得られた結果は一定しないので、大規模無作為化試験が待望されていた。そこで行われた画期的な研究がPOISE試験である。この研究では8351名の対象患者が、コハク酸メトプロロール徐放剤群またはプラセボ群に無作為に割り当てられた。主要転帰である心臓死、非致死的心筋梗塞および非致死的心停止の発生率はメトプロロール徐放剤群の方が低かった(5.8% vs 6.9%, ハザード比0.84, 95%CI 0.70-0.99, P=0.04)。しかし、心臓に関してはこのような良い効果を得ることができる反面、メトプロロール群では全死因死亡率および脳血管障害発生率が高いことが分かった。メトプロロール群では脳血管障害の発生率が1.0%と、プラセボ群の0.5%より有意に高かった(P=0.005)。脳血管障害と関連があったのは、周術期低血圧、出血、心房細動および脳血管障害またはTIAの既往であった。

先頃終了したDECREASE Ⅳ試験は、対象患者1066名の無作為2×2要因計画研究で、周術期β遮断薬(ビソプロロール2.5mgを術前34日前[中央値]から開始)and/or スタチンを投与する群と、何も投与しない群とが比較された。β遮断薬投与群では、非致死的心筋梗塞および心臓死が67%減少した(P=0.002)。脳血管障害発生率は、β遮断薬投与群では0.8%、非投与群では0.6%であった。

周術期のβ遮断薬投与と脳血管障害

POISE試験でβ遮断薬の使用により周術期脳血管障害のリスクが上昇するという結果が得られたことを受け、周術期のβ遮断薬投与の安全性について強い懸念が示されている。脳血管疾患、周術期低血圧および出血があり、メトプロロール群に無作為化割り当てされた患者では虚血性脳血管障害の発生率が上昇することが明らかにされた。Lancetに掲載されたPOISE試験の論文中で示されたメタ分析でも、β遮断薬によって虚血性脳血管障害のリスクが増大することが示されている。このメタ分析では、周術期β遮断薬投与によって非致死的周術期脳血管障害のリスクが2.19倍(95%CI 1.06-4.50)に上昇するという結果が得られている。ただし、このメタ分析ではDECREASE ⅠおよびⅣ研究は対象にされていない。

Bangaloreらは周術期β遮断薬について、12306名の患者を対象としたメタ分析を行った。その結果はPOISE試験で得られた知見を追認するものであり、β遮断薬を投与すると、非致死的脳血管障害のリスク上昇(OR 2.01, 1.27-3.68、NNH293)と引き替えに、非致死的心筋梗塞のリスク低減(OR 0.65, 95%CI 0.54-0.79、NNT63)という効果が得られることが明らかにされた。Bangaloreらはこの論文の中で、現時点までに蓄積されたエビデンスを踏まえると、周術期の臨床的転帰を改善する目的で非心臓手術を受ける患者にβ遮断薬を投与するのは望ましくないという結論を示している。ここで留意しなければならないのは、以上のメタ分析では投与量、投与開始時期、使用製剤の違いの影響についてはあまり顧慮されていない点である。DECREASEⅠおよびⅣ研究の結果もあわせてメタ分析を行っても、やはりβ遮断薬による周術期脳血管障害のリスク上昇という結果は揺るがないであろう。しかし、figure 2に示すように、少量ビソプロロールを使用した無作為化研究では、メトプロロールを使用した研究(OR 2.07, 95% CI 1.27-3.39)と異なり、β遮断薬の使用と周術期脳血管障害発生のあいだには何ら相関関係は認められていない(OR 1.06, 95%CI 0.32-3.56)。ところが、どちらのβ遮断薬を用いても心臓保護作用は同じように十分得られる;ビソプロロールのORは0.40 (95%CI 0.20-0.81)、メトプロロールのORは0.74 (95% CI 0.61-0.89) (figure 1)。β遮断薬の種類によって脳血管障害のリスクに差が生ずるのか、それとも他の要素による影響なのかという大きな疑問がここで浮かび上がってくる。つまり、周術期のβ遮断薬投与を巡っては、開始時期、投与量、β遮断薬中止の影響、治療目的など、考慮しなければならない問題点がいくつも存在するのである。

教訓 POISE試験のβ遮断薬投与群において、周術期脳血管障害の発生と関連のあった因子は、周術期低血圧、出血、心房細動および脳血管障害またはTIAの既往でした。
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周術期脳血管障害とβ遮断薬① [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

周術期虚血評価(PeriOperative Ischemic Evaluation; POISE)研究の結果が先だって発表され、周術期におけるβ遮断薬使用が問題視されている。β遮断薬を周術期に使用すると心臓に関する転帰は改善するものの、メトプロロール使用群では全死亡率が上昇するという結果が得られたからである。死亡率上昇の一因は、術後早期の脳血管障害発生率がβ遮断薬使用群で高かったことである。以上の知見は、周術期におけるβ遮断薬の使用の是非を問うものであり、β遮断薬を使用されたことのない患者に対し術前にβ遮断薬を投与する場合のみならず、普段からβ遮断薬を服用している患者において術前から術後にかけて同薬を続行するか否かを決定する上で、大きな意味を持っている。ここに示す注解では、周術期脳血管障害の発生率および病態生理を概説し、主に非心臓手術におけるβ遮断薬と周術期脳血管障害の関連について解説する。

脳血管障害に代表される周術期脳損傷のうち臨床的に明らかなものが発生するリスクは、術式によって大きく異なる。一般外科手術ではリスクは低いが(0.08-0.7%)、心臓弁手術や弓部置換では周術期脳血管障害の発生率は高い(8-10%)。欧州では年間4000万件の一般外科手術が行われる。つまり、32000~280000名の患者に周術期脳血管障害が発生しているものと推計される。しかし、脳合併症の発生率はおそらく真の値よりも低く見積もられているものと考えられる。というのも、ごく軽度の脳損傷は精密な神経心理学検査を行わなければ判明しないため、通常は譫妄と診断されて見過ごされているからである。

術後脳合併症の病態生理は、主に胸部外科手術を受けた患者の知見を基に明らかにされてきた。胸部外科手術の周術期に発生した脳血管障害のうち62%が塞栓、10%が血流低下、10%が複数の要因によるものであると推測されている。ここで注目すべきは、周術期脳血管障害のうち脳出血はわずか1%に過ぎないということである。しかし、周術期脳血管にまつわる病態生理の実態は、それほど簡単に掴めるものではないということを銘記すべきである。脳梗塞は、原因が塞栓であれ血流低下であれ、通常は単体で起こるわけではない。塞栓子の除去(洗い流し)がうまくいかないことが、血流低下から塞栓症そして虚血性脳血管障害を引き起こしているものと考えられている。頸動脈内膜剥離術において、術中の微小塞栓発生と中大脳動脈の血流速度低下は相加的に作用し、術後脳虚血を発生させる。MRI拡散強調画像を用いた新しい研究では、心臓術後に発生する脳血管障害のうち実に三分の二が境界領域(分水嶺)型もしくは血流低下型であることが明らかにされている。また、心臓手術を受ける患者群では、未診断の脳血管疾患を有する患者の割合が増加する傾向が認められている。これは、患者の高齢化とも関連がある。事実、ある研究では(この研究では、既知の脳血管疾患のある患者を除外するという斬新な手法を採っている)、CABG前にSPECTを実施したところ75%もの患者に脳血流量低下の所見が認められた。

周術期脳血管障害の約45%は術後当日に明るみに出る。残り55%は、麻酔から順調に覚醒し、術後1日目以降に病棟で発生する。術後早期の塞栓症は、心臓および大動脈の操作や人工心肺回路の使用により小破片がとぶことにより発生することが多い。術後しばらくしてからの塞栓症はたいていの場合、術後の心房細動や心筋梗塞の結果生ずる。

心臓手術後の脳血管障害と異なり、非心臓手術後の脳血管障害の病態生理はまだ十分には解明されていない。周術期の不安定な血行動態や、心筋梗塞や不整脈などの心臓関連合併症が重要な役割を果たしているものと考えられている。先頃行われたPOISE研究では、周術期虚血性脳血管障害の新しい危険因子が明らかにされた。その危険因子とは、非心臓手術を受ける患者に対し、心臓を保護する目的で高用量のコハク酸メトプロロールを投与することである。

教訓 β遮断薬を周術期に使用すると心臓に関する転帰は改善しますが、脳血管障害発生率が増え、全死亡率が上昇します。
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