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麻酔文献レビュー2010年7月② [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年7月号より

Scoliosis Surgery in Children With Neuromuscular Disease: Findings From the US National Inpatient Sample, 1997 to 2003

Arch Neurol. 2010;67(2):231-235.

神経筋疾患のある小児では、側彎が進行し手術を要することが往々にしてある。しかし、神経筋疾患児の側彎症手術は、合併症および死亡のリスクが高いことが知られている。遡及的研究では、用いられている疾患概念が統一されていないため、神経筋疾患患者における側彎症手術による合併症の発生状況が不正確に捉えられている可能性がある。一方、前向き研究を行うには、時間も費用もかかるという障壁がある。

ここに紹介した遡及的研究では、小児入院症例抽出調査のデータを用い、神経筋疾患のある小児の側彎症手術実施症例について、人口統計学的因子、併存疾患、転帰および医療費が検討された。

側彎症手術を目的とした入院症例全体(17780例)のうち、神経筋疾患のある患児は2.5%を占めた。神経筋疾患以外の原因による側彎症の患児と比べ神経疾患による側彎症の患児の方が、年若く(12.4歳 vs 14.2歳)、男児が多く(73.5% vs 38.3%)、白人が多く(71.2% vs 68.3%)、メディケイド受給者の占める割合が高かった(35.6% vs 20.3%)。神経筋疾患患児の方が有意に入院期間が長く(10.3日 vs 7.7日; P<0.001)、入院医療費が高額にのぼり(80,251米ドル vs 62,154米ドル)、死亡率が高かった(1.6% vs 0.2%; P<0.001)。神経筋疾患患児の方が、呼吸器疾患、慢性呼吸不全および心筋症を基礎疾患として抱えている者が有意に多かった。

解説
側彎症手術を受ける小児患者では、神経筋疾患を合併していることが多い。神経筋疾患は周術期リスクを増大させると推測されている。側彎症手術を受ける患者を、神経筋疾患の有無によって分類して解析したこの研究では、神経筋疾患のある患者の方が、神経筋疾患以外の併存疾患の数が多く、周術期における呼吸器および循環器合併症発生率が高いことが明らかにされた。さらに、医療費、入院期間および死亡率も上回っていた。神経筋疾患患者の側彎症手術に際しての合併症を減らすため、なお一層の努力を払う必要がある。

Perfusion computed tomography in the acute phase of mild head injury: regional dysfunction and prognostic value.

Ann Neurol.2009 Dec;66(6):809-16.

外傷性頭部傷害症例の大多数は、軽症例に分類される。しかし、軽症例であっても長い場合は受傷後6ヶ月経過しても後遺症に苦しむ場合がある。単純CTで何ら異常のない軽症から中等症の頭部傷害症例のうち、およそ20%の患者において職場復帰に当たり問題が生ずる。したがって、このような患者を早い段階で同定するための診断技法の向上が求められている。

本研究では、単純CTで頭蓋内病変が認められなかった軽症頭部傷害症例に対し、急性期に灌流CT(perfusion CT)も併せて行った。脳血流の異常の有無を評価し、perfusion CTの所見および頭部傷害の重症度と6ヶ月後転帰のあいだに相関があるかどうかを前向きに検証した。脳血流データは、25名の健康被験者のデータと比較して評価した。

対象となった患者76名の平均年齢は35.0歳で、平均GCSは14点であった。GCSが満点(15点)ではなかった患者は、健康被験者と比べ、前頭葉皮質および後頭葉皮質の脳血流量と、後頭葉皮質の脳血液量が有意に少なかった。このように脳血流量や脳血液量が少ない患者では6ヶ月後転帰(extended Glasgow Outcome Scale; EGOS)が芳しくないという相関が認められた。完全職場復帰を果たした患者の割合は59%にとどまった。完全職場復帰を達成した患者と比べ、職場には復帰したものの受傷前より簡便な仕事しかできない状態であった患者の方が、前頭葉皮質の脳血流量が有意に少なかった。

解説
軽症頭部傷害患者の多くは、受傷後早期の単純CTでは正常所見を呈するが、長期的に見ると回復が不十分であったり、長引いたりする。本研究ではperfusion CTを実施し、脳血流に異常がある患者を同定し、そのような患者では受傷6ヶ月後の転帰が不良であることを明らかにした。脳血流量の評価を行うことが、予後診断精度の向上に止まらず、診療そのものの変容につながるかどうかは分からない。

Bacterial Meningitis After Intrapartum Spinal Anesthesia-New York and Ohio, 2008-2009

MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2010; 59: 65-9

ガイドラインを遵守すれば、脊髄クモ膜下麻酔後の細菌性髄膜炎などの感染性合併症は予防することができると考えられている。医療感染管理諮問委員会(HICPAC)が先頃発表したガイドラインでは、脊髄クモ膜下麻酔実施時にはサージカルマスクを着用することが推奨されている。だが、過去2年間に5件もの分娩後細菌性髄膜炎発生例が報告されている。

本報告では、髄膜炎症状が出現し、培養検査でStreptococcus salivariusが検出された症例(5例中4例)が紹介されている。いずれの患者も元来健康で、年齢は24-37歳であった。全例が陣発のため入院に至った。入院先は二ヶ所の異なる病院であった(3名がニューヨークに所在する病院、2名がオハイオに所在する病院)。特定の2名の麻酔科医(ニューヨーク、オハイオそれぞれ1名ずつ)のいずれかによって脊髄クモ膜下硬膜外併用の鎮痛法が行われ、全員が健康な児を分娩した。産後、頭痛、倦怠感、昏迷、背部痛、硬直、吐き気、嘔吐などの症状が出現した。麻酔科医2名のうち1名はいつもマスクを着用していると申告した。しかし、脊髄クモ膜下麻酔実施の際に、マスクを着用していない者が同じ室内に立ち会っていたことが判明した。もう1名の麻酔科医には脊髄クモ膜下麻酔時にマスクを着用していなかった。この麻酔科医からはS. salivariusが検出された。髄膜炎による死亡例は、この麻酔科医が脊髄クモ膜下麻酔を行った症例であり、S. salivariusが起因菌であった。

解説
陣痛に対する脊髄クモ膜下麻酔実施後にS. salivariusによる髄膜炎が相次いだ2ヶ所の事例を解析した結果、感染伝播経路に麻酔科医の口腔内細菌が関わっていることが判明した。2ヶ所のうち1ヶ所では、麻酔科医がマスクを着用していなかった。脊髄クモ膜下麻酔を実施するに当たっては、マスクを正しく着用し、無菌操作を徹底し、安全な注入手順を遵守しなければならない。

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麻酔文献レビュー2010年7月① [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年7月号より

Comanagement of Hospitalized Surgical Patients by Medicine Physicians in the United States

Arch Intern Med. 2010;170(4):363-368.

周術期管理に内科医(総合診療医または内科系専門医)が参加すると、効率が向上し(例えば手術実施までの期間短縮)、有害転帰が減少する(例えば、術後合併症の減少、入院期間の短縮、再入院率の低下)ことが明らかにされている。だが、外科医と内科医の共同患者管理がどれぐらいの頻度で実施され、どのような患者群が共同管理の対象となることが最も多いのかは分かっていない。

1996年から2006年までのあいだに、入院を要する手術15種のうちいずれか一つを受けた出来高払い制メディケア受給者(n=694,806)を対象とした遡及的コホート研究を行った。対象となったメディケア需給患者のうち、入院中の周術期管理を内科医(総合診療医または内科系専門医)と外科医が協同で行った患者の割合を算出した。協同管理の定義は、入院日数の70%以上の日数において患者評価および管理について内科医が見解を表明している場合とした。

対象患者全体のうち35.2%の症例で、内科医が参加する周術期協同管理が行われていた。この割合は1996年から2000年までの間はほとんど変化していなかったが、それ以降急激に増加した(年11.4%の増加)。高齢女性患者、複数の基礎疾患を持つ患者、社会経済的に下層階級と位置づけられる患者、教育を行わない中規模病院(200-499床)または営利を目的とした病院に入院した患者では、協同管理が行われる傾向が強かった。研究全期間を通じ、整形外科手術を受ける患者群では協同管理実施割合が有意に増加したが(42%)、心臓を含む胸部手術を受ける患者では低下した(12.5%)。

解説
昔は、術後管理を主に外科医が担っていた。多くの病院が利益追求圧力および人的資源効率化圧力に晒された末、外科系患者の管理を任せる目的でhospitalist(*)に代表される内科系医師を雇用するようになっている。1996年から2006年にかけて行われた本研究では、外科系患者のうちおよそ35%に対して、こういった内科系医師による協同管理が行われていることが分かった。その割合は2000年移行急速に増えている。外科系患者の周術期管理に内科医が関与する症例が増えていることは、麻酔科医にとっても大いに関心の湧くところである。

*hospitalistについて
米国において入院医療のうち内科系の部分を担う専門医。診療所を経営したり、外来で患者を診察したりすることはない。医学部卒業後、一般内科、一般小児科または家庭医学の分野の臨床研修を終えた後にhospitalistになるのが典型的な道筋。Hospitalistとして活動するには、ABIMのInternal Medicine with a Focused Practice in Hospital Medicineの認定が必要。通常、病院自体か病院が契約した会社に雇用される。平均年収は175000~250000米ドル。米国の内科医は従来、日本における病院勤務の内科医と同様に外来も入院もフルタイムでこなしてきた。しかし最近では、外来診療を主体に行う内科医と、入院患者のみを対象とするhospitalistの二種類に別れるようになってきている。Hospitalistの活躍の場は、中~大規模病院である。小規模病院にはhospitalistの需要がないか、もしくはhospitalistを雇用する財政的余裕がない。大半のhospitalistの勤務スケジュールは、週単位で構成される。一日の平均勤務時間は10~12時間で、連続5~7日勤務する。その後は、5~7日連続の休日となる。このように休暇が多いことが魅力の一つ。また、開業につきものの様々な業務(スタッフの雇用、請求業務、市場調査、宣伝など)とは無縁であることも利点と捉えられている。開業した場合よりも裁量権が少なく、他のhospitalistが辞めたときに新しく人員が充足されるまで(6ヶ月以上におよぶことも)は普段よりたくさん働かなければならないことが欠点。また、hospitalistの仕事は精神的疲労度が高く、同じ事の繰り返しで、人間味がないといって敬遠する者もいる。

Clinical and Economic Outcomes Attributable to Health Care–Associated Sepsis and Pneumonia

Arch Intern Med. 2010;170(4):347-353.

年間何百人もの患者に医療関連感染が発生し、患者の重症化、死亡率の増加、そして医療費増大につながっている。米国では年間約60万件もの入院症例に、医療関連肺炎もしくは医療関連敗血症が発生している。しかし、報告様式にばらつきがあるため、その経済的損失の正確な見積りは未だ行われていない。

本研究では、全国入院症例抽出調査(NIS; Nationwide Inpatient Sample)のデータを用い、退院記録を遡及的に調査した(40州における退院症例計6900万例)。その中から市中感染を除外し、医療関連感染(敗血症および肺炎)の占める割合を求め、関連する費用の検討を行った。市中感染の定義は、先行諸研究の基準に倣った。各評価項目の検討を行う際は、もともとの感染以外の病態に対して侵襲的手技が行われた症例と、侵襲的手技が行われなかった症例とは分けて解析した。今回用いた6900万例のデータベースのうち、医療関連敗血症または肺炎発症例は計557,957例を占めていた。

医療関連敗血症
侵襲的手技あり 入院期間 10.9日 医療費32900米ドル 死亡率19.5%
侵襲的手技なし 入院期間 6.0日 医療費12700米ドル 死亡率11.7%

医療関連肺炎
侵襲的手技あり 入院期間 14.0日 医療費46400米ドル 死亡率11.4%
侵襲的手技なし 入院期間 9.7日 医療費22300米ドル 死亡率4.6%

解説
この遡及的研究では、侵襲的手技の有無によって医療関連敗血症および肺炎症例を分類して解析が行われた。医療関連感染発症例は相当な数にのぼることが分かった。米国全体で医療関連感染に費やされる医療費は年間80億米ドルにも達し、48,000名が医療関連感染によって命を落としていることが明らかにされた。

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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例④ [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

臨床管理法

陰圧性肺水腫を発症した患者の大部分は、本症例と同じように保存的治療のみで改善する。しかし、重症例(または循環器や呼吸器の基礎疾患がある症例)では、気管挿管の上、一時的に陽圧換気を実施しなければならないこともある。多くの例で利尿薬が投与されるが、その有用性については賛否両論があり、不必要であるとも考えられている。

本症例では喘鳴が出現し、気管支収縮がその原因であると考え、気管支拡張薬の吸入で対処した。しかし、喘鳴は狭窄した気道を空気が通ることによって発生する現象であり、気管支攣縮だけがその原因であるわけではない。間質浮腫による気管支径の狭小化も気道狭窄の原因となり得る。原因が何であれ気管支内に乱流が生ずれば、臨床症状としては喘鳴としてあらわれる。ヒトおよび動物モデルのin vitroもしくはin vivo研究では、β作動薬を投与すると、陽イオンの能動輸送が活発になり、肺胞内水分の除去速度が上昇する可能性があることが示されている。本症例でネブライザ投与したサルブタモールが、どれだけ肺胞上皮まで到達したかは分からないが、気管支拡張薬が肺水腫による症状の改善を促進するという効果を発揮したかもしれない。

非侵襲的換気補助(非侵襲的陽圧換気または非侵襲的CPAP)は、気管挿管に代わる方法である。急性呼吸不全の予防または治療についての最近のデータでは、気管挿管を避けて管理したいときに、非侵襲的換気法が有効な方法であることが示されている。陰圧性肺水腫における非侵襲的換気の目的は以下の通りである:呼吸仕事量を減らすことによって呼吸機能の低下を部分的に補助する、肺胞の拡張を助けガス交換能を改善する、左室後負荷を減らし心拍出量を増やし血行動態を改善する。術後患者に非侵襲的換気を行うと、気管挿管率が減り、ICU滞在期間および入院期間が短縮し、死亡率および合併症発生率が低下することが明らかにされている。陰圧性肺水腫は、一般的にはたちの良い病態であり、早期に診断し、低酸素血症and/or高二酸化炭素性呼吸不全に対する必要な治療を行えば12-48時間以内には完全回復に至る。

未解明の部分

Mueller手技を行うと、直ちに胸腔内圧が極度の陰圧になる。その結果、肺血管内外の静水圧差が大きくなり、血管壁が破綻する。その結果、間質へ、そしてひいては肺胞内へ、水分が漏出し貯留する。

陰圧性肺水腫の発生機序には、静水圧だけでなく血管壁に加わる応力の増大も関わっている。つまり、血管壁内外の圧差が大きくなると円周方向の張力が増し、血管内皮の透過性を示す係数(K)が変化する。高名なJohn B. Westの著した古典的名著において、ウサギ摘出肺を用い、細血管壁内外の圧差増大による影響が報告されている。灌流圧が上昇すると内皮破綻部位が増えることから、Westは、毛細血管静水圧が高くなると毛細血管壁の超微細構造に重大な変化が生じ、血管透過性亢進による浮腫が発生すると考えた。次いで、ヒトを対象として肺毛細血管圧上昇がもたらす影響の研究が行われた。この研究では、6名の健康な運動選手に自転車漕ぎを全力で行わせた。その1時間後にBALを実施したところ、自転車漕ぎを行わなかった対照群と比べ、赤血球数、タンパク濃度およびアルブミン濃度が高いという結果が得られた。つまり、激しい自転車こぎを行った被験者では、内皮の破綻が生じていることが窺われた。このことから、陰圧性肺水腫で認められるような毛細血管内外圧差の急上昇が発生すると、血管内皮透過性の亢進に行き着くと考えられる。

血管壁に大きな応力が加わることにより血管内皮透過性が亢進する過程に、分子機序が関わっていることを示すデータも報告されている。毛細血管壁内外の圧差が急激に上昇すると、毛細血管壁は直径方向へ拡張し、細胞が直線的に引き伸ばされる。層流によって生ずる剪断応力に対するのと異なり、直線的に引き伸ばす力に対しては、血管内皮細胞はうまく適応することができない。細胞傷害の発生機序の一つに酸化ストレスがある。血管内皮細胞を直線的に引き伸ばす力が大きくなった場合、酸化ストレスにはup-regulation作用がはたらくとされている。事実、直線的に引き伸ばす力が周期的に加えると、力が大きくなるにつれ誘導型一酸化窒素合成酵素およびキサンチン酸化還元酵素にup-regulation作用がはたらくことがAbdulnourらの研究で明らかにされている。誘導型一酸化窒素合成酵素もキサンチン酸化還元酵素も、細胞傷害や血管透過性亢進に関わっていることが様々な研究で示されている。今後新たに行われる研究で、以上に触れた血管透過性亢進の機序が、陰圧性肺水腫にも臨床的に重要な関連を持っているかどうかが明らかにされるであろう。

教訓 陰圧性肺水腫には利尿薬は不要かもしれません。速やかかつ適切に対処すれば、陰圧性肺水腫は12-48時間以内にすっかり治ります。
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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例③ [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

疫学

術後陰圧性肺水腫のよくあるパターンは、上気道閉塞のため胸腔内圧が大幅に陰圧になった後に、上気道閉塞が解除されて陰圧がなくなり肺水腫になるというものである。陰圧性肺水腫の疫学について言及した文献は今のところ極めて少ない。若くて健康な体育会系の患者が、高リスク群であると考えられている。術後陰圧性肺水腫の発生頻度はおよそ0.1%である。術後に急性上気道閉塞が発生した患者における陰圧性肺水腫の発生頻度は、11%にものぼると報告されている(table 2)。

陰圧性肺水腫を伴う急性上気道閉塞の主な原因は、喉頭痙攣や、食いしばりによる気管チューブ閉塞である。頻度は低いが、異物誤嚥、口腔咽頭手術または筋弛緩作用の術後残存が陰圧性肺水腫の原因となることもある。筋弛緩作用が残っていると、上気道を開存する筋力が低下した状態でありながら、吸気筋力は保たれていることが多い。症例報告および遡及的研究のデータによると、陰圧性肺水腫の危険性が大きい患者群は、ASA PS1または2の若年患者である。このような患者は、上気道閉塞が起こったときに、胸腔内を激しく陰圧にするだけの強い筋力があるからである。陰圧性肺水腫のリスクとなる手術要因は、口腔咽頭の手術である。ただし、正確な発生頻度やハザード比は分かっていない。

非心原性肺水腫の病因

非心原性肺水腫の診断にあたっては、肺における水分のホメオスタシスを理解していなければならない。半透膜を隔てた液体の平衡を示したのがスターリングの式である。

Q=K[(Pmv-Ppmv)-(πmv-πpmv)]
Q:血管内または血管外へ移動する液体の総量
K:血管透過性
Pmv: 微小血管内の静水圧
Ppmv:微小血管周囲間質の静水圧
πmv:末梢血管内の膠質浸透圧
πpmv:微小血管周囲間質の膠質浸透圧

膠質浸透圧は、半透膜を通過し得ない溶質によって形成される。正常状態では、毛細血管から漏出した水分はリンパの働きによって循環血液中に戻る。肺胞上皮の結合は緊密であるため、肺胞壁の透過性は非常に低く、肺胞腔に液体が充満することはない。肺における水分のホメオスタシスが崩れる場合の機序は4通りであり、いずれの機序であっても間質の水分が増えることになる:肺毛細血管床の静水圧上昇(または逆に、間質の静水圧の低下)、血漿浸透圧の低下、血管透過性の亢進およびリンパ機能の障害(漏出水分がリンパによって循環血液中へ戻りにくくなる)。

陰圧性肺水腫の病因

上気道閉塞下で強い吸気努力が生ずると、気管および下気道内の圧が大幅に低下する。胸腔内圧も同じだけ低下する。肺血管の圧はわずかに低下する。したがって、毛細血管内外の圧差が大きくなり、間質に水分が貯留することになる。

上気道閉塞に端を発する肺水腫には二つの異なる機序が関与していると考えられる。可能性が高いと思われる機序は、胸腔内圧が著しい陰圧になり、微小血管内から血管周囲間質へと多量の水分が移動するというものである。ちょうど、うっ血性心不全や輸液過多の場合と同じである。考え得るもう一つの機序は、大きな機械的ストレスによって肺胞上皮および肺微小血管壁が破綻し、肺毛細血管の透過性が亢進してタンパク濃度の高い液体が肺胞内へ漏出して肺水腫が発生するというものである。

陰圧性肺水腫の発生機序に静水圧の変化が関わっていることを裏付ける、動物実験および臨床データがある。Loydらは陰圧性肺水腫の動物実験で、ヒツジの胸腔内圧を陰圧(平均気道内圧より9mmHg低い圧)にしてみた。これに伴い、左房圧は8mmHg低下し、肺のリンパ液流量は2倍に増加した。肺動脈圧には変化は認められなかった。以上から著者らは、激しい吸気努力が発生すると、おそらく微小血管内の静水圧よりも間質の静水圧の低下幅の方が大きいため、肺血管内外の静水圧差が大きくなるという考察を示している。健常人は、非常に大きな吸気陰圧を作り出すことができる(>100mmHg)。その結果、右心系へ流入する血液量が増え、肺静脈圧が上昇する。すると、「下流」に位置する肺微小血管周囲の間質圧が低下する。Mueller手技(声門を閉じて吸気努力を発生させる)を行い、胸腔内圧が陰圧になると、後負荷が増大し、肺毛細血管の静水圧が上昇する。その結果、肺血管内外の静水圧差が大きくなり、微小血管から肺の間質へと水分が移動する。間質に浮腫液が相当量たまると、肺胞へとあふれ出ることになる。

教訓 術後に急性上気道閉塞が発生した患者における陰圧性肺水腫の発生頻度は11%と報告されています。陰圧性肺水腫を伴う急性上気道閉塞の主な原因は、喉頭痙攣や、食いしばりによる気管チューブ閉塞です。その他、異物誤嚥、口腔咽頭手術または筋弛緩作用の術後残存が陰圧性肺水腫の原因となることもあります。
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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例② [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

考察

術後回復室における診断手法および治療

術中の輸液量が控えめであったにも関わらず、PACU入室直後に撮影した胸部X線写真では、両側びまん性透過性低下が認められた(fig. 1)。患者の既往歴、術中経過、臨床所見および画像所見から、陰圧性肺水腫の可能性が高いと判断された。しかし、誤嚥性肺炎(Mendelsohn症候群)および上気道閉塞によるびまん性肺胞出血も鑑別診断として考えられた。

肺水腫が周術期に急性発症した場合の鑑別診断にあたっては、それが心原性なのか非心原性なのかを考える必要がある(table 1; fig. 2)。心原性肺水腫であれば、肺水腫の出現に先立ち左室機能低下の新規発生が認められることが多い。左室機能低下の原因は、急性心筋虚血、心筋梗塞、and/or重症不整脈などである。診断は心エコーまたはPAOP測定によって確定する。術後肺水腫の病因が心原性および非心原性の両者の組み合わせである症例も多いと考えられる。例えば、輸液量が多すぎれば、心拍出量が正常または増加している場合はそれ自体が肺水腫の原因となり得る。一方、代償された慢性心不全があれば輸液量過多によって心不全が増悪し、輸液が心原性肺水腫の原因にもなり得る。

アナフィラキシーによる肺水腫は、既知または未知のアレルゲンに曝露された場合に発生することがある。周術期に使用する薬剤のうち、アナフィラキシーの原因となり得るアレルゲンは、筋弛緩薬、抗菌薬、麻酔薬およびラテックスなどである。発症は急激で、典型的には紅斑、かゆみおよび腫脹を伴う。気管支攣縮および循環虚脱が認められることも多い。アナフィラキシーによる肺水腫と判断するには、臨床像、経過および重症度と、アレルゲン投与後の発症という特徴が役立つ。アナフィラキシーであれば、発症直後に採取した検体で、ヒスタミンおよびトリプターゼ濃度が上昇しているはずである。発症4-6週間後にRAST試験および皮膚試験を行うと、診断確定および原因アレルゲンの同定につながる。

神経原性肺水腫は、重症脳傷害の直後に発生する。クモ膜下出血、脳卒中、けいれん重積、外傷または頭蓋内占拠性病変などが原因となる。神経原性肺水腫では、典型的には交感神経の緊張が抑制されなくなり肺高血圧が認められる。その結果、肺毛細血管が破綻し、透過性亢進のため肺水腫が発生する。

ARDSおよびALIは、重篤な低酸素血症を呈する様々な肺疾患をひとまとめにした雑多な疾患概念である。肺胞内皮細胞の活性化および傷害がALI/ARDSの大きな特徴である。その原因は、敗血症、SIRS、誤嚥、腐食性物質の吸入、輸血、外傷などである。ALI/ARDSの診断には、他の原因による低酸素血症を除外する必要がある(fig. 2)。低酸素の程度、胸部X線写真の所見および改善に至るまでの経過を踏まえ、診断する。心原性肺水腫とALIの鑑別には、肺水腫液と血漿のタンパク濃度比が一助となる。Wareらは、肺水腫液(気管内チューブにカテーテルを挿入し吸引採取)と血液のタンパク濃度比を比較した。水腫液/血漿タンパク濃度比のカットオフ値を0.65と予め設定したところ、ALI診断に関する感度は81%、特異度は81%であるという結果が得られた。

陰圧性肺水腫の診断にあたっては、他の原因による肺水腫(table 2;fig. 2)を除外しなければならない。特に、早急に対処が必要なもの(輸液過多、アナフィラキシーおよび心原性肺水腫)の除外が重要である。ここに呈示した患者の場合、術中輸液量過多による肺水腫であるとは考えられない。術中輸液は等張液500mLにとどまり、左心不全の既往はなく、前夜から絶飲食であったからである。心原性または神経原性肺水腫を窺わせる状況ではなく、アナフィラキシーの症状または徴候も認められなかった。腹臥位での手術であったため、腹圧が上昇し誤嚥が起こった可能性は考慮しなければならない。本症例では、両胸部に長枕をあて、腹部が圧迫されないようにしたため、腹圧の上昇は防がれたのではないかと思われる。さらに、この患者の胸部X線写真では両側ともに間質性陰影が認められた。この所見は誤嚥性肺炎としては典型的ではない。誤嚥性肺炎では通常、限局性の浸潤影が出現する。発症当初、ALI/ARDSを除外することはできなかったが、呼吸不全の程度、臨床経過および画像上の改善傾向から、ALI/ARDSとは考え難かった。したがって、術後に残存していた筋弛緩作用により咽頭筋の緊張が低下し、上気道閉塞が起こったと考えられる。本症例では、加速度式筋弛緩モニタを用い尺骨神経の直接刺激によりTOF比を測定した。抜管前のTOF比は0.9を超えており、筋力は十分に回復したものと考えられる。以上の考察と、本患者が喉頭痙攣の臨床像を呈したことを考え合わせ、本例では、喉頭痙攣が起こっている状態で強い吸気努力が発生し胸腔内が陰圧になったため肺水腫に至ったと判断した。

過去の報告例と同様に、本症例における肺水腫の症状および臨床徴候は急速に改善した。陰圧性肺水腫では、肺水腫発生後のPAOP、肺動脈圧および中心静脈圧は正常値である。ただし、陰圧性肺水腫の診断に、このような詳しい血行動態評価は通常は必要ないし、本症例でも実施していない。

本症例では、非再呼吸式マスクによる100%酸素投与(流量15L/min)、フロセミド10mg静注および気管支拡張薬吸入といった保存的治療を行った。肺水腫による症状は急速に改善し、非侵襲的陽圧換気を要する状態にまでは陥らなかった。このように急速な改善を呈することが、術後急性陰圧性肺水腫の典型的な特徴である(table 2)。

教訓 この症例では、手術終了時にTOF比>0.9であったため筋弛緩薬のリバースを行いませんでした。そのため、筋弛緩作用の残存により咽頭筋の緊張が低下し、上気道閉塞が起こったものと考えられました。本例では、喉頭痙攣が起こっている状態で強い吸気努力が発生し胸腔内が陰圧になったため肺水腫に至ったようです。
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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例① [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

非心原性肺水腫は、様々な誘因によって発生する。上気道閉塞(陰圧性肺水腫[negative pressure pulmonary edema, NPPE])、急性肺傷害、アナフィラキシー、輸液過多、重症中枢神経系傷害(神経原性肺水腫)などが、非心原性肺水腫の成因である。肺水腫の診断を下すことと同時に、その背景にある病態生理を理解することが、治療を進める上で重要である。術後に重症の非心原性肺水腫が発生し、人工呼吸を要する症例では、低一回換気量でPEEPをかけ低いプラトー圧の人工呼吸器設定で換気を行うべきである。術後呼吸機能障害(NPPEを含む)発生例では、非侵襲的換気法が治療の一法となりうることが最近の研究で報告されている。

症例呈示

25歳男性(183cm、68kg)。背部および大腿の二か所に生じた神経鞘腫の摘出術が予定され日帰り手術センターを訪れた。複数回にわたる神経鞘腫摘出術および過去5年間の喫煙歴(一週間に20本)以外は、既往歴に特記すべきことはない。これまでに行われた全身麻酔において特に問題はなかったとのことである。術前の空気呼吸時の酸素飽和度は99%であった。

前投薬としてミダゾラム2mgが投与された。フェンタニル250mg(訳注;mcgの間違いか?)、チオペンタール500mgで全身麻酔を導入し、気管挿管のためベクロニウム8mgを投与した。マッキントッシュ喉頭鏡 no. 3を用い声帯を直視の上、7mmの気管チューブを用いて気管挿管を行った。気管挿管は初回に成功し、挿管操作に伴う損傷は生じなかった。患者を腹臥位とし、両側の呼吸音を確認した。左大腿部および左側腹部の神経鞘腫を摘出した。鎮痛のためハイドロモルフォン計0.5mgを投与した。術中経過には特記すべきことはなかった。安定した血行動態を示し、出血量は少量で、換気および酸素化は良好であった。65分にわたる手術時間中に、乳酸リンゲル液500mLが投与された。麻酔を醒まし抜管するため、患者を仰臥位に戻した。尺骨神経刺激によるTOF比が90%を超えており、筋弛緩からの十分な回復が認められたため、非脱分極性筋弛緩薬の拮抗は行わなかった。

抜管直後、吸気性喘鳴が認められた。原因は喉頭痙攣と考えられた。麻酔科医がマスク換気を試みたところ困難であり、酸素飽和度は80%未満に低下した。喉頭痙攣を解除するため、プロポフォール50mgを投与し、100%酸素で用手陽圧マスク換気を行った。酸素飽和度は徐々に上昇した。患者をPACUへ移送し、さらに治療を続けた。

PACUでは、非再呼吸式マスクによる100%酸素投与を行った。酸素飽和度の低下は認められなかった。手術の1時間後まで、咳をするとピンク色泡沫状の痰が喀出された。聴診では両側肺底部でcracklesが聴取され、胸部X線写真では両側びまん性間質性陰影が認められ全体に透過性が低下していた。肺および心臓の大きさは正常で、胸水はなかった(fig. 1)。陰圧性肺水腫と診断し、翌朝まで観察を続けるため、入院患者用の術後回復室に収容した。酸素投与、利尿薬投与および気管支拡張薬吸入を行った。呼吸状態は順調に改善し、手術10時間後における空気呼吸下の酸素飽和度は94%であった。術後第1日の診察では、両側呼吸音清、空気呼吸下の酸素飽和度は95-97%であった。同日朝遅くに、呼吸器系の症状または徴候がないことを確認し退院となり、経口鎮痛薬を処方され、1-2週間後に通常の術後診察を行う予定となった。

教訓 術後の非心原性肺水腫の主な原因は、上気道閉塞、急性肺傷害、アナフィラキシー、輸液過多、神経原性肺水腫です。
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急性肺塞栓~長期管理 [critical care]

Acute Pulmonary Embolism

NEJM(Published at www.nejm.org June 30, 2010)

長期管理

急性肺塞栓患者には血栓塞栓症の再発リスクがある。再発は、またしても肺塞栓であることが多い。抗凝固療法が継続実施されている患者における肺塞栓の再発リスクは、年間1%未満である。一方、抗凝固療法中止後の肺塞栓再発リスクは、年間2~10%である。再発の危険因子は、男性、高齢および特発性または誘因のない肺塞栓(即ち、静脈血栓塞栓症に関する特段の危険因子がない肺塞栓)である。特に誘因のない肺塞栓は、肺塞栓症例全体の50%もの割合を占める。癌患者の肺塞栓再発リスクは非常に高い。内科系疾患によるベッド上安静、大手術、または外傷などの一時的に発生する危険因子により初回の肺塞栓が発症した患者における再発リスクは年間約3%である。

長期抗凝固療法を行う際、その実施期間は、ビタミンK拮抗薬の投与を中止した場合の再発リスクの多寡、抗凝固療法の実施による出血性合併症のリスクおよび患者の希望を総合的に判断して決める。一時的な(可逆性の)危険因子を背景に発症した肺塞栓の患者では、ビタミンK拮抗薬の投与を3ヶ月間継続する。特に誘因のない肺塞栓、癌患者の肺塞栓、および特に誘因のない肺塞栓の再発例では、予め投与期間を決めず抗凝固療法を継続し、抗凝固療法の利害得失を定期的に再評価する。急性肺塞栓発症後、当初3~6ヶ月間は従来の標準的ワーファリン療法(INR目標値 2.0~3.0)が推奨される。その後は、必要に応じて少量ワーファリン療法(INR目標値 1.5~1.9)を行う。癌患者および妊婦に対しては、ワーファリンではなく低分子量ヘパリンを用いる。ワーファリンよりも抗凝固作用を正確に予測することができ、他の薬物との相互作用が少ない新しい抗凝固薬に関して、静脈血栓塞栓症の治療薬としての有効性を検討する臨床研究が現在進行中である(NCT00643201, NCT00633893, NCT00986154, NCT00439777およびNCT00680186)。こうした新しい抗凝固薬は、凝固能の検査を行い抗凝固作用のモニタリングを行う必要がない。経口抗トロンビン薬のダビガトランは、決められた量を投与すればよい薬剤である。本薬剤は、静脈血栓塞栓症の治療薬として、ワーファリンと同等の安全性と有効性を発揮することが明らかにされている。

急性肺塞栓発症後は、慢性血栓塞栓性肺高血圧症の評価を行わなければならない。急性肺塞栓発症2年後における慢性血栓塞栓性肺高血圧症の発生頻度は、0.8~3.8%である。

教訓 抗凝固療法が継続実施されている患者における肺塞栓の再発リスクは、年間1%未満です。一方、抗凝固療法中止後の肺塞栓再発リスクは、年間2~10%です。内科系疾患によるベッド上安静、大手術、または外傷などの一時的に発生する危険因子により初回の肺塞栓が発症した患者における再発リスクは年間約3%であす。
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急性肺塞栓~治療② [critical care]

Acute Pulmonary Embolism

NEJM(Published at www.nejm.org June 30, 2010)

血行動態が安定している患者を対象とした1編のオープンラベル研究では、血栓溶解薬を経静脈投与すると、未分画ヘパリンを投与したときよりも、臨床状態が悪化する患者の割合を減らすことはできるが(主に血栓溶解薬の再投与率の低下)、死亡率は減らないという結果が得られている。血栓溶解薬を経静脈投与した場合は、未分画ヘパリン投与例よりも迅速に右室機能障害の改善が得られるが、投与1週間後の右室機能障害の程度は同等であった。血行動態が安定している患者において、カテーテルによる血栓溶解療法に、血栓溶解薬の経静脈投与では得られない何らかの明らかな利点があることを裏付けるエビデンスはまだ示されていない。

血行動態が不安定な患者に対しては、薬理学的または機械的血栓溶解療法のような、もっと積極的な治療を実施する。血行動態が不安定な急性肺塞栓患者は死亡率が高く、また、抗凝固療法よりも血栓溶解療法の方が血栓塞栓子による閉塞を迅速に解除できることから、血栓溶解療法のような侵襲的な治療法が選択肢となるのである。治療を行わなければ死亡率は60%にものぼるが(右心系に血栓がある患者の死亡率はこれを上回る)、直ちに治療を開始すれば30%未満まで死亡率を低下させることができる。最新のメタ分析において、血行動態が不安定な肺塞栓患者では、血栓溶解薬の経静脈投与によって死亡率が低下することが明らかにされている。血栓溶解薬を使用する場合は、抗凝固療法と比較し、重篤な出血性合併症の発生頻度が高い。血栓溶解療法の主な禁忌は、頭蓋内病変、未治療の高血圧、大手術または外傷受傷後(過去3週間以内)である。

急性肺塞栓患者において、いくつかの異なる血栓溶解療法を比較検討する研究が重ねられているが、決定的な結論は得られていない。一回量を長時間かけて投与するのではなく、短時間(2時間以下)で投与する方法が推奨されている。なぜなら、その方が迅速に血栓を溶解することができ、かつ、出血性合併症の発生頻度も低いと考えられるからである。肺塞栓患者において、血栓溶解療法に加え抗凝固療法を行う際の抗凝固薬として使用経験が報告されているのは、未分画ヘパリン経静脈投与のみである。したがって、血栓溶解療法の実施が検討される患者では、当初の抗凝固療法として未分画ヘパリンを経静脈投与すべきである。経皮的機械的血栓除去(血栓粉砕および吸引)および外科的血栓除去の適応は、血栓溶解療法の絶対禁忌がある患者と血栓溶解療法を行っても血行動態の改善が得られない患者だけに限定すべきである。人工心肺を直ちに利用することができない状況では、外科的血栓除去の代わりに経皮的機械的血栓除去を選択する。症例報告を対象とした最近のメタ分析では、カテーテルによる血栓除去術の臨床的成功率は86%、この手技に起因する重篤な合併症の発生率は2.4%(95%CI, 1.9-4.3)であると報告されている。

大静脈フィルタの適応は、抗凝固療法が禁忌の患者に限るべきである。大静脈フィルタ留置患者では、血栓の増大や再発を防ぐため、抗凝固療法が禁忌となる原因(出血の危険性)が除去されたら型どおりの抗凝固療法を行うべきである。抗凝固療法の禁忌が存在するのが期間限定であったり、出血の危険性がある手技の実施が予定されていたりする患者では、抜去可能な下大静脈フィルタを選択することが可能であることが症例集積研究で示されている。しかし、抜去可能な下大静脈フィルタを用いても、実際にフィルタを抜去する例は増えないことが報告されている。

ビタミンK拮抗薬の投与は、できる限り早期に開始すべきである。できれば治療開始当日から始める。そして、24時間以上にわたりINRが2.0以上であればヘパリンの投与は中止する。

教訓 血行動態が安定している肺塞栓患者に血栓溶解薬を投与しても、未分画ヘパリンを投与したときと比較し死亡率は低下しません。翻って、血行動態が不安定な肺塞栓患者では、血栓溶解薬の経静脈投与によって死亡率が低下することが明らかにされています。血栓溶解療法の主な禁忌は、頭蓋内病変、未治療の高血圧、大手術または外傷受傷後(過去3週間以内)です。
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急性肺塞栓~治療① [critical care]

Acute Pulmonary Embolism

NEJM(Published at www.nejm.org June 30, 2010)

治療

急性肺塞栓の初期治療は即効性抗凝固薬の短期投与である。その後ビタミン拮抗薬を最低3ヶ月間投与する。再発の危険性が高い症例では、さらに長期間の治療が必要である(Fig. 4)。肺塞栓の臨床的可能性が高い場合は、確定診断を得るのを待たずに抗凝固療法を開始すべきである。

大半の急性肺塞栓患者では、低分子量ヘパリンまたはフォンダパリヌクス(アリクストラ®)の皮下注もしくは未分画ヘパリンの静注のいずれかにより初期治療の抗凝固を行う。エノキサパリン(1回1mg/kgを1日2回)およびチンザパリン(175U/kgを1日1回)は低分子量ヘパリンであり、肺塞栓の治療によく使用されている。フォンダパリヌクスは1日1回の投与でよい。投与量は、体重50kg未満の患者では5mg、50~100kgの患者では7.5mg、100kg以上の患者では10mgである。未分画ヘパリンを静注する場合は、まずボーラス投与し(80IU/kgまたは5000IU)、引き続き持続静注を開始する(通常18IU/kg/hrからはじめる)。その後、APTTが正常値の1.5~2.5倍となるように投与量を調節する。

低分子量ヘパリンおよびフォンダパリヌクスは投与法が簡便なため、未分画ヘパリンより好まれている。12編の研究を対象としたメタ分析では、低分子量ヘパリンを体重に応じた投与量によって投与する方法は、未分画ヘパリンの静注と比較し、有効性および安全性に関して遜色ないことが明らかにされている。大規模オープンラベル研究において、フォンダパリヌクスが未分画ヘパリン静注と同等に有効かつ安全であるという結果が得られている。低分子量ヘパリンおよびフォンダパリヌクスは腎から排泄されるため、クレアチニンクリアランスが30mL/minを下回る患者では未分画ヘパリンの使用を考慮すべきである。以上のような抗凝固薬の使用による重篤な出血性合併症の入院中発生率は、およそ3%である。最近発表された体系的総説では、無作為化割り当てが行われていない研究11編についての考察の結果、適切な外来管理を提供できるのであれば、低リスク患者に対しては有効かつ安全に在宅治療を実施できる可能性があるとされている。しかし、この件については反対意見も示されており、在宅治療は条件が適った患者だけに限定すべきである。

Figure 4 急性肺塞栓の治療

初期治療(5日以上)
未分画ヘパリン
低分子量ヘパリン(静注または皮下注、血行動態が安定している患者の第一選択)
フォンダパリヌクス
血栓溶解薬(血行動態は安定しているが高リスクの患者)
経皮的機械的血栓除去(血栓溶解薬の絶対禁忌がある高リスク患者または血栓溶解療法を行っても血行動態が改善しない患者に限定)
手術
ビタミンK拮抗薬(妊婦および癌患者では避け、低分子量ヘパリンを選択する。

長期治療(3ヶ月以上)
ビタミンK拮抗薬(INR目標値 2.0-3.0)

長期治療の延長(癌患者、特に誘因のない肺塞栓または静脈血栓塞栓症再発例で行う。決まった期間はない。治療継続の可否は利害得失を定期的に評価して決定する。)
ビタミンK拮抗薬(INR目標値 2.0-3.0または1.5-1.9)


教訓 低分子量ヘパリンおよびフォンダパリヌクスは腎から排泄されるため、クレアチニンクリアランスが30mL/minを下回る患者では未分画ヘパリンの方が適しています。抗凝固薬の使用による重篤な出血性合併症の入院中発生率は、およそ3%です。
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急性肺塞栓~リスク分類 [critical care]

Acute Pulmonary Embolism

NEJM(Published at www.nejm.org June 30, 2010)

リスク分類
急性肺塞栓が疑われる場合、入院中に有害事象が発生する危険性の多寡を判断しなければならない。肺塞栓死亡例では、入院後間もなく死亡に至るのが一般的であるため、リスク分類は直ちに行うべきである。リスク分類に当たっては、臨床像と心筋機能低下および心筋傷害の各種マーカを参考にする(Fig. 2)。

Figure 2 急性肺塞栓確診例の管理

血行動態が不安定な場合(ショックまたは低血圧の遷延[SBP<90mmHgまたは40mmHg以上の血圧低下が15分以上続く])
血栓溶解、手術またはカテーテルによる血栓除去

血行動態が安定している場合
全身状態および心機能の評価
右室不全の評価 心エコー、多列検出器型CT
心筋傷害の評価 トロポニン

右室機能不全も心筋傷害もなし 抗凝固療法継続、入院の上早期退院または外来治療
右室機能不全のみ 抗凝固療法継続、内科病棟入院
右室機能不全および心筋傷害あり ICU入室または出血のリスクが低い患者では血栓溶解


ショックや低血圧の遷延が認められる場合は、転帰が不良であるリスクが高い。ICOPER(International Cooperative Pulmonary Embolism Registry)のデータによると、血行動態が不安定な患者の死亡率は約58%、血行動態が安定している患者の死亡率は約15%である。神経疾患のため動けない状態、75歳以上、心または呼吸器疾患、および癌は、急性肺塞栓患者における死亡の危険因子である。危険因子を組み合わせた予後予測モデルが作成されており、このようなモデルを用いると予後良好な患者を同定するのに役立つという結果が得られている。

心筋機能低下および心筋傷害のマーカは、血行動態が安定している患者のリスク分類に有用である。急性肺塞栓症例において心エコーで右室機能低下が認められる場合は、死亡率が高いことが知られている。血行動態が安定している急性肺塞栓患者では、右室壁運動低下および右室拡張が30日後死亡の独立予測因子であることが分かっている。多列検出器型CT上の右室機能低下所見も、30日後死亡の独立予測因子であることが遡及的研究で明らかにされている。左室径に対する右室径の比が1.0未満であれば、重大な有害事象についての陰性的中率は100%であることが一編の研究で示されている(95%CIの下限 94.3%)。大規模遡及的研究では、(右室径と左室径の比ではなく)心室中隔の右室側への張り出しが、肺塞栓による死亡の予測因子であることが明らかにされている。大半の研究では、コンピュータによる再構成画像を用いて右室の評価が行われているが、この方法は日常臨床で遭遇する緊急事態の際に直ちに利用できるものではない(Fig. 3)。

脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)またはN末端プロBNPが上昇していると、正常値群と比較し入院中の転帰が不良であるリスクが高いことが一編の研究で明らかにされている。血行動態が安定している患者では、BNPおよびN末端プロBNPが正常範囲内であれば有害事象の陰性的中率はほぼ100%であることが示されている。

肺塞栓患者におけるトロポニン測定についてのメタ分析では、トロポニン値が予後予測に有用であるという結論が得られている。この研究によれば、肺塞栓症例でトロポニンが上昇していると、死亡の短期リスクが5.2倍(95%CI, 3.3-8.4)に上昇し、肺塞栓を直接的な原因とする死亡のリスクは9.2倍(95%CI, 4.1-21.5)に増大する。別のメタ分析でも、血行動態が安定している肺塞栓症例においてトロポニンが有用であることが確認されている。血行動態が安定している患者では、トロポニンが上昇し、心エコー検査で右室機能低下が認められる場合は、転帰不良の危険性がとりわけ高い。

肺塞栓患者のリスク分類は、臨床上の方針決定に大きな影響を及ぼす。右室機能低下や心筋傷害の所見は、陰性的中率が高い。したがって、右室機能低下が認められず、トロポニン値が正常範囲内であれば、早々に退院させたり、入院せずに外来治療で管理したりすることも可能である。血行動態が安定していて右室機能低下または心筋傷害の所見が認められる患者は、入院による管理が必須である。右室機能低下の所見またはトロポニン値上昇の、転帰不良についての陽性的中率は10-20%である。陽性的中率がこのように低いことから、右室機能低下やトロポニン上昇が認められる患者では、より積極的な治療が必要かどうかを判断するのに頭を悩まさねばならない。現在進行中の研究では、右室機能低下所見とトロポニン値上昇が認められ、血行動態が安定している患者における、抗凝固療法と血栓溶解療法の治療効果の比較検討が行われている(NCT00639743)。

教訓 血行動態が安定していて、右室機能低下が認められずトロポニン値が正常範囲内であれば、早期退院や外来管理が可能です。血行動態が安定していて右室機能低下または心筋傷害の所見が認められる患者は、入院が必須です。
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急性肺塞栓~診断② [critical care]

Acute Pulmonary Embolism

NEJM(Published at www.nejm.org June 30, 2010)

血行動態が安定していて肺塞栓の臨床的可能性が低~中等度の患者では、高感度ELISA法で測定したDダイマーが正常範囲内であれば、さらに他の検査を行う必要はない。このような症例では、抗凝固療法が行われていない場合に、3ヶ月以内に血栓塞栓症が発生する予測リスクは0.14%である(95%CI, 0.05-0.41)。肺塞栓が疑われDダイマーが正常の患者のうち、外来患者の約50%、入院患者の約20%では、ほかの追加検査の実施は不要である。

血行動態が安定していて肺塞栓の臨床的可能性が高いかDダイマー値が上昇している患者では、多列検出器型CTを実施すべきである。多列検出器型CTの結果、肺塞栓の所見が認められず、抗凝固療法が実施されていない患者では、3ヶ月以内に血栓塞栓症が発生する予測リスクは約1.5%である。Dダイマーが上昇している患者における3ヶ月以内の血栓塞栓症発生頻度は1.5%、Dダイマー正常患者における3ヶ月以内の血栓塞栓症発生頻度は0.5%である。肺血管造影CTの陰性的中率は、下肢静脈造影CTを併用するとわずかに向上する(95%→97%)。しかし、静脈造影CTを肺血管造影CTと同時に行うと被曝総量が増えるので、このやり方をお勧めすることはできない。肺塞栓の臨床的可能性は高いもののCTでは所見が認められない場合に、別の追加検査を実施するべきか否かということについては賛否両論がある。このような症例に下肢静脈超音波検査を行っても、深部静脈血栓の検出率は1%未満である。臨床所見から肺塞栓が疑われる妊婦では、致死的ともなり得るこの疾患を見逃す危険性と、母体および胎児を不必要な抗凝固療法に曝露する危険性との比較考量が重大であり、それと比べれば被曝による害は取るに足らない。多列検出器型CTは換気血流スキャンと比較し、母体の被曝量は多いが、胎児の被曝量は少ない。最近行われた肺塞栓診断前向き調査Ⅲ(Prospective Investigation of Pulmonary Embolism Diagnosis Ⅲ;PIOPED Ⅲ, NCT00241826)では、MRI血管造影は肺塞栓の診断に用いるには感度が低く、不適切な撮影技法のため必要な画像が得られないことが多いという結果が得られている。

多列検出器型CTを利用できない状況や、腎不全患者もしくは造影剤アレルギー患者では、換気血流スキャンを選択する。換気血流スキャンが正常であれば、基本的に肺塞栓を除外することができる。陽性的中率は85~90%である。しかし、肺塞栓が疑われる患者のうち、換気血流スキャンが診断に役立つのは30~50%にとどまる。画像診断で肺塞栓が除外された患者を対象とした無作為化試験で、当初CTで除外診断された患者のうち3ヶ月後に静脈血栓塞栓症と診断されたのは0.4%であったが、換気血流スキャンで除外診断された患者では1.0%にのぼった。換気血流スキャンで正常所見を呈する患者のうち約4%において、超音波検査で深部静脈血栓が見つかる。

肺塞栓が疑われる患者に対し下肢静脈超音波検査をはじめに行えば、およそ10%の症例で多列検出器型CTまたは換気血流スキャンを実施しないで済むと考えられる。肺塞栓が疑われるものの血行動態が安定している患者に、下肢静脈超音波検査で深部静脈血栓が認められれば、さらに他の検査を行うことなくその時点で抗凝固療法を開始すればよい。肺塞栓が疑われる妊婦および多列検出器型CTの禁忌に該当する患者では、画像検査の実施に先立ち下肢静脈超音波検査を行うべきである。

低血圧やショックなど血行動態が不安定な患者では、多列検出器型CTを実施すべきである。主肺動脈の血栓の検出における多列検出器型CTの感度は97%である(Fig. 1)。多列検出器型CTを直ちに利用できない状況であれば、心エコー検査を行い右室機能低下の有無を確認すべきである。血行動態が不安定な肺塞栓患者の大半では、経食道心エコーによって主肺動脈の血栓が見つかり診断を確定することができる。非常に状態が逼迫しており移動が危険または困難な症例では、ベッドサイドで行う心エコー検査で右室負荷所見が明らかであるならば、その時点で血栓溶解療法の実施を考慮すべきである。治療方針を変更する必要があるのではないかと考えられる場合には、患者の状態が安定し安全に移動できるようになってから多列検出器型CTの撮影を行う。有効性が確認されている診断アルゴリズムが活用されるようになり、従来のように肺血管造影が行われる症例が減ってきた。今や肺血管造影は、カテーテル治療の適応がある少数の症例にしか行われていない。

教訓 血行動態が安定していて肺塞栓の臨床的可能性が低~中程度の場合はDダイマー測定、臨床的可能性が高い場合はDダイマーは抜かしてマルチスライスCTを撮影します。血行動態が不安定で全身状態が不良でない場合はマルチスライスCT、全身状態が不良の場合は経胸壁または経食道心エコーを行います。
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急性肺塞栓~診断① [critical care]

Acute Pulmonary Embolism

NEJM(Published at www.nejm.org June 30, 2010)

急性肺塞栓の臨床像は幅広く、軽度の呼吸困難にとどまることもあれば、低血圧が遷延することやショックにまで至ることもある。無症状の肺塞栓も存在し、他の目的で行われた画像診断によってたまたま見つかることもある。急性肺塞栓の致死率は臨床症状の程度によって異なり、重症例では約60%、軽症例では1%未満である。肺塞栓に対する治療の根幹は抗凝固療法である。転帰不良の見込みの多寡にもよるが、多くはICU入室の上、血栓溶解やカテーテルまたは手術による血栓除去が必要となる。しかし、早期退院や在宅治療が可能な症例もある。本レビューでは、臨床像および予測される転帰に応じた適切な診断手順と治療について述べる。

診断

他にこれといった原因の見当たらない呼吸困難、胸痛または遷延する低血圧が新たに出現したり、増悪傾向を呈したりする患者では、必ず肺塞栓を疑うべきである。しかし、客観的検査によって肺塞栓の診断が確定されるのは、このような臨床像を呈する患者のうち20%を占めるに過ぎない。国によってはこの割合がさらに低い。例えば米国では、前述のような症状が少しでも見られれば肺塞栓を疑い詳しい検査を行うので、診断が確定される患者の割合がいきおい低くなるのである。患者の血行動態が安定しているか不安定であるかということを中心に、臨床像の重症度に応じて、肺塞栓の診断に必要な検査の種類を選択すべきである。

血行動態が安定している場合、肺塞栓の診断は、臨床的可能性の評価にはじまり、Dダイマー測定、その次に(必要であれば)多列検出器型CTまたは換気血流スキャン、と順を追って行う(Fig. 1)。肺塞栓の可能性が高いと臨床的に判断される患者ではDダイマー検査が有用である。ガン患者、妊婦、入院患者および高齢患者では、Dダイマー上昇による肺塞栓診断の特異度は低い。入院患者において肺塞栓が疑われる場合は、大半の症例ではDダイマー検査を行うべきではない。臨床像および危険因子から肺塞栓の臨床的可能性を評価する際は、経験に基づいた臨床的判断もしくは誰にでも分かるように明示された臨床的決定要項によって事を進める。そして、肺塞栓の可能性の大きさに応じて患者を分類する。臨床的可能性によって診断の進め方や診断結果の解釈の仕方が決まる。

Figure 1 肺塞栓の診断手順
肺塞栓の臨床的可能性の評価は、臨床的判断もしくはWellsスコアや改訂ジュネーブスコアを用いた臨床診断に基づいて行う。ショック状態や収縮期血圧90mmHg未満または平時より40mmHg以上の血圧低下が15分以上続く場合を、血行動態が不安定であるとする(新規の不整脈、血管内容量低下および敗血症の場合を除く)。多列検出器型CTが利用できない状況や、腎不全または造影剤アレルギーの患者では、換気血流スキャンを行う。肺塞栓の臨床的可能性が高く、Dダイマーが上昇している症例で、多列検出器型CTで肺塞栓の所見が認められない場合は、下肢静脈超音波検査を行う。右室不全があり状態が悪い患者では、多列検出器型CTの撮影を行わずに血栓溶解療法を行ってもよい。改善が認められず治療方針の変更が必要であるという疑いが残る場合は、患者の状態が安定してから多列検出器型CTを実施する。経皮的血栓除去の適応があると考えられる患者では、右室不全所見の確認の上、経皮的血栓除去に先立ち肺血管造影を行い肺塞栓の確定診断を下してもよい。

教訓 他にこれといった原因の見当たらない呼吸困難、胸痛または遷延する低血圧が認められる患者のうち肺塞栓確定診断例は20%を占めます。重症例の死亡率は約60%です。
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敗血症に対する免疫療法-年来の仇敵に対する新攻略法② [critical care]

Immunotherapy for Sepsis — A New Approach against an Ancient Foe

NEJM 2010年7月1日号より

PD-1(プログラム細胞死1)は、アポトーシスの惹起、IL-10(敗血症で増加する重要な抗炎症性サイトカイン)産生の増加、T細胞増殖の抑制およびT細胞の無力化(「疲弊化」)などを引き起こし、免疫能を低下させる。Saidらは、HIV感染患者における免疫抑制がPD-1とPD-L1の相互作用によって起こるという新しい機序を明らかにした。HIV感染者では、PD-1が活性化されると単球によるIL-10産生が増加する。さらに、IL-10受容体を抑制すると、PD-1によるCD4陽性T細胞阻害作用は打ち消される。つまり、PD-1はIL-10の発現に影響を及ぼすことを通じて免疫抑制作用を発現するのである。以上の知見から、PD-1を阻害すれば、病原体が何であれ慢性感染のある患者の予後を改善できる可能性がある。真菌感染マウスや細菌感染による敗血症マウスを用いてPD-1を阻害した実験で、生存率の向上が得られていることが、その裏付けである。

免疫を活性化する治療法を行うと、敗血症における過剰炎症を増悪させたり、自己免疫作用が発現したりする可能性がある。しかし、様々な原因によって全身性炎症状態に陥った患者を対象にした研究では、強力な免疫賦活化作用のあるインターフェロンγや、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF)を投与しても、炎症反応が暴走して手がつけられなくなるような事態は起こっていない。治療抵抗性の敗血症症例の多くは免疫能が極端に低下しており、免疫活性化療法によって過剰炎症や自己免疫が惹起されることはないと考えられる。

敗血症患者において、免疫エフェクター細胞のアポトーシスによる大幅な減少を防ぐには、抗アポトーシス作用や免疫活性化作用を有するサイトカイン(IL-7およびIL-15)の投与が有効である可能性がある。両方とも敗血症を含む色々な感染モデルを用いた研究で試され、有効であることが示されている。これらのサイトカインは、細胞死を防ぎ、食作用を発揮する細胞に対する免疫抑制作用を打ち消す。その上、IL-7にはリンパ球のエフェクター機能を回復させる作用があり、インテグリン活性を増強することによってリンパ球遊走能を改善する。現在、IL-7の癌、HCVおよびHIV感染に対する治療効果を検証する臨床試験が進行中である。

将来的には、特定の検査結果や臨床所見に基づき患者一人一人に誂えた方法で免疫療法が行われるようになるであろう。例えば、敗血症に対するGM-CSFの治療効果を明らかにすることを目的とした試験が先頃行われたが、その対象は単球HLA-DR発現率が低下している患者に限定された。フローサイトメトリによってnegative pathwayに関与する共刺激分子(PD-1やPD-L1など)の白血球上の発現率を定量評価する方法や、迅速全血刺激分析法によるサイトカイン分泌量の評価などが、免疫療法の内容を決定するのに役立つ可能性がある。サイトメガロウイルス感染や単純ヘルペスウイルス1型の再活性化の症例および日和見病原体(stenotrophomonasやアシネトバクターなど)による敗血症は、免疫増強療法のよい適応である。

「助かる見込みのない絶望的な病気には、苦し紛れの窮余の策が功を奏するか、まったく手も足も出ないかのどちらかである」という古い格言がある。免疫刺激物質を用いた臨床試験は、免疫が抑制されていることが確実な患者を対象とし、自然免疫および獲得免疫の機能を厳密に監視しながら行わなければならない。敗血症以外の病態を対象とした複数の臨床試験が現在進行中であり、敗血症に対して有効である可能性のある多くの免疫修飾物質(Fig. 1)が用いられ、いずれも安全性には概ね問題がないことが明らかにされている。免疫を標的とした治療法が幅広い効果を発揮し、感染性疾患の分野における大きな進歩を担うことが期待される。

教訓 敗血症患者において、免疫エフェクター細胞のアポトーシスによる大幅な減少を防ぐには、抗アポトーシス作用や免疫活性化作用を有するサイトカイン(IL-7およびIL-15)の投与が有効である可能性がある。
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敗血症に対する免疫療法-年来の仇敵に対する新攻略法① [critical care]

Immunotherapy for Sepsis — A New Approach against an Ancient Foe

NEJM 2010年7月1日号より

敗血症性ショックは、病原性微生物の侵入に対する全身性炎症反応が過剰に発現した結果発生する病態であると捉えられている。敗血症の転帰を改善することを企図し、炎症を促進する作用のあるサイトカインやメディエイタの阻害薬を使った方法が試されてきたが、いずれも成功をおさめるには至っていない。強い病原性をもつ微生物に感染し、非常に激しい全身性炎症反応(たとえば劇症型髄膜炎菌血症症候群)を呈し急速に斃死する症例もある。しかし、大半の敗血症症例は、はじめの一山は乗り越えることができるものの、数日から数週間の経過の後には、敗血症による多臓器不全のためICUで管理されることになる。敗血症が免疫抑制を引き起こし、ただでさえ弱っている敗血症患者に追い打ちをかけるような事態が出来することが広く知られるようになってきた。

敗血症患者は、strenotrophomonas、アシネトバクター、カンジダ、緑膿菌、腸球菌、サイトメガロウイルスなどの、比較的病原性が弱く、往々にして多剤耐性である細菌、ウイルスまたは真菌に感染する頻度が高い。これが、敗血症によって免疫抑制が起こることの臨床的な裏付けである。耐性菌が増加し、新薬開発の具体的段階に突入する新しい抗菌薬の登場がほとんど見られない、といった状況のため、敗血症患者の管理はますます困難なものとなっている。敗血症は、病原体と宿主の免疫反応との鍔迫り合いとも言える。つまり、病原体は宿主防御能をいろいろな角度から攻撃し、防御を無効にしようとするのである。例えば、免疫エフェクター細胞がアポトーシスにより減少するように仕向けたり、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスⅡ分子の発現を抑制したり、T細胞のnegative pathwayに関わる共刺激分子の発現を促進したり、抗炎症性サイトカインを増加させたり、制御性T細胞および骨髄由来免疫抑制細胞を増やしたりするのである(Fig. 1)。敗血症によって免疫抑制が起こらないようにする予防策と、免疫抑制が起こってしまった場合の治療法の開発が最優先の研究課題である。

Saidらは先頃、慢性的なウイルス感染や遷延する敗血症に代表される持続的炎症に伴う免疫能低下の分子的機序の解明につながる新しい知見を示した。この研究では、HIVウイルス感染者において認められるプログラム細胞死1 (programmed death 1; PD-1)という名で知られる単球/マクロファージタンパクの作用が明らかにされた。PD-1は免疫エフェクター細胞上に発現する共刺激分子で、negative pathwayに関与する。HIV感染慢性期に、同じ性質を持つリガンドであるPD-L1(これもエフェクター細胞上に発現する)とともにup-regulationを受ける。Saidらは、HIV慢性感染による炎症があると、腸上皮を細菌性メディエイタが通過し、toll様受容体がこれを認識することを明らかにした。腸を通じて入り込んだこのような細菌産生物質による自然免疫の持続的活性化は、様々な免疫細胞上のPD-1およびPD-L1の発現においてup-regulation作用を及ぼす。

教訓 敗血症の病原体は、免疫エフェクター細胞がアポトーシスにより減少するように仕向けたり、MHCクラスⅡ分子の発現を抑制したり、T細胞のnegative pathwayに関わる共刺激分子の発現を促進したり、抗炎症性サイトカインを増加させたり、制御性T細胞および骨髄由来免疫抑制細胞を増やしたりして、宿主の防御能をいろいろな角度から攻撃します。
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素数の音楽 [misc]

おもしろい本はないかと書店をうろつくのが私の趣味の一つです。先日、書籍パトロールの最中に見つけた本を、とても気に入ったのでご紹介します。題して「素数の音楽」(マーカス・デュ・ソートイ/著 冨永星/訳、新潮クレストブックス)。リーマン予想に関わった数学者たちの、めくるめくエレガントな世界が描かれています。

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数学や自然科学に興味を持つ方ならきっと楽しめるでしょう。中学生(おませさん限定)および高校生諸君の夏の一冊としても、おすすめします。
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集中治療文献レビュー2010年6月② [critical care]

Anesthesia Literature Review:Critical Care Medicine

Anesthesiology 2010年6月号より

Corticosteroid treatment and intensive insulin therapy for septic shock in adults: a randomized controlled trial

JAMA.2010 Jan 27;303(4):341-8

敗血症性ショックは感染が進展して発生する。感染性疾患による重大な合併症の一つが敗血症性ショックである。その成因の一部には、視床下部-下垂体-副腎系の機能不全が関わっている。視床下部-下垂体-副腎系の機能不全がある患者に副腎皮質ステロイドを投与すれば、生存率が向上する可能性があるが、同時に高血糖による悪影響が懸念される。

本研究は多施設無作為化試験であり、ICUに収容されている敗血症性ショック患者に副腎皮質ステロイドを投与し、血糖管理をインスリン強化療法で行った場合と、従来法で行った場合とを比較した。多臓器不全を呈する敗血症性ショック患者を対象に、以下のいずれかの群に割り当てた:ハイドロコルチゾンのみを投与しインスリン持続静注(インスリン強化療法)を行う群(126名)、ハイドロコルチゾンとフルドロコルチゾンを投与しインスリン持続静注(インスリン強化療法)を行う群(129名)、ハイドロコルチゾンのみを投与し従来法で血糖管理を行う群(138名)、ハイドロコルチゾンとフルドロコルチゾンを投与し従来法で血糖管理を行う群(116名)。

インスリン強化療法群の方が従来法群と比べ血糖値が著しく低かった(P<0.00001)。インスリン強化療法群では重篤な低血糖(<40mg/dL)の発生件数が従来法群より多かった(P=0.003)。インスリン強化療法群と従来法群およびハイドロコルチゾン単独群とハイドロコルチゾン/フルドロコルチゾン併用群のいずれの比較においても、院内死亡率(P=0.50およびP=0.50)と全生存率(P=0.78およびP=0.61)に有意差は認められなかった。ICU滞在期間の中央値にも差はなかった(インスリン強化療法群および副腎皮質ステロイド二剤併用群では10日、従来法群および単剤群では9日)。ハイドロコルチゾン/フルドロコルチゾン併用群は、ハイドロコルチゾン単独群と比べ重複感染の発生例が有意に多かった(P=0.02)。

解説
ICU患者に対するインスリン強化療法について今まで示されてきた懸念が、この堅牢な計画の下行われた多施設無作為化比較対照試験によって確認されるとともに新たな知見が加わった。本研究ではインスリン強化療法もフルドロコルチゾン併用も院内死亡率や全生存率に影響を及ぼさないことが示された。敗血症性ショック患者にハイドロコルチゾンを投与する場合、インスリン強化療法を行っても、フルドロコルチゾンを併用しても何ら効果は期待できないと考えられる。

A protocol of no sedation for critically ill patients receiving mechanical ventilation: a randomised trial

Lancet.2010 Feb 6;375(9713):475-80.

鎮静の一時中断を毎日実施すると、PTSD、肺炎、出血などをはじめとする合併症の危険性が減少することが複数の研究で明らかにされている。しかし、大半の病院では依然として、中断なしの持続的鎮静が気管挿管下の人工呼吸を要する重症患者に対する標準的な管理法である。

本研究はデンマークに所在する単一施設で行われた前向き無作為化試験であり、鎮静方法と人工呼吸期間の相関が評価された。鎮静なしで鎮痛薬(モルヒネ)の静脈内投与のみの群か、鎮痛に加え鎮静(当初48時間はプロポフォール、その後はミダゾラム)を行い、一日一回中断し覚醒するのを確認してから再開する群のいずれかに患者を無作為に割り当てた。

鎮静なしの群(55名)の方が鎮静を行った群(58名)より人工呼吸器非使用日数が有意に多かった。(平均日数13.8日 vs 9.6日; P=0.0191)。ICU滞在日数も、鎮静なしの群の方が鎮静を行った群より有意に短かった(13.1日 vs 22.8日; P=0.0039)。死亡率、事故抜管率、頭部CTまたはMRI実施率およびVAP発生率については有意差は認められなかった。興奮を伴う譫妄の発生数(P=0.0400)およびハロペリドール投与回数(P=0.01)は鎮静なしの群の方が多かった。

解説
複数の研究や無作為化試験の結果を受け、ICUにおいて従来行われてきた人工呼吸患者に対する深い鎮静が廃れてきている。本研究では、人工呼吸患者に鎮静を行わなくても、有害事象の増加は見られず安全な管理が可能であることが示された。しかし、この研究では患者一人に対して一名の看護師が配置され、必要であればさらに増員するという対応がとられており、こうした手厚い態勢が本研究の結果に影響を及ぼした可能性がある。この知見が、他のいろいろな状況にも広く当てはまるかどうかをはっきりさせるには、さらに研究を積み重ねる必要がある。

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集中治療文献レビュー2010年6月① [critical care]

Anesthesia Literature Review:Critical Care Medicine

Anesthesiology 2010年6月号より

Red blood cell transfusion is associated with infection and extracerebral complications after subarachnoid hemorrhage

Neurosurgery.2010 Feb;66(2):312-8

集中治療においてどれぐらいの貧血であれば赤血球製剤の投与が推奨されるのかは、はっきりしていない。赤血球製剤を投与すると転帰が悪化することが複数の臨床試験で明らかにされている。クモ膜下出血の患者においても同様の相関が認められるものと考えられる。

本研究は、レベル1外傷センターで構築された前向き観測データベースを用いて行った遡及的解析である。クモ膜下出血患者における赤血球輸血と合併症の関連の検討がその目的である。グレードⅠからⅤのクモ膜下出血があり、動脈瘤が少なくとも一つ存在することが確認され、動脈瘤に対する手術が行われ、ICUに24時間以上収容された患者を対象とした。

赤血球輸血が行われた患者群は、行われなかった患者群と比べ、高齢かつ男性が多く、入院時のHunt&Hess臨床重症度分類によって判定した重症度が高かった。ICU滞在期間中の平均ヘモグロビン濃度は11.0g/dLであった。大半の症例(289名)では良好な転帰が認められた。しかし、6ヶ月後追跡調査では、81名が死亡、51名は重度後遺症または植物状態に該当した。赤血球輸血を行った症例では行わなかった症例と比べ、年齢、重症度、ヘモグロビン濃度および症状を伴う脳血管攣縮の有無について調整してもなお、脳以外の臓器に関わる合併症の発生が多かった(46.0% vs. 29.8%; P<0.001、オッズ比1.8)。脳以外の合併症の具体例は、心臓・肺・腎臓または肝臓の重大な合併症(オッズ比2.1)、なんらかの感染(オッズ比2.8)、肺炎(オッズ比2.6)、敗血症(オッズ比2.9)および人工呼吸が必要な状態(オッズ比2.8)であった。

解説
赤血球輸血が行われた患者では、肺炎や敗血症などの感染をはじめとする合併症の発生率が上昇する。赤血球輸血と合併症発生の因果関係を明らかにし、クモ膜下出血症例における輸血のガイドラインをさらに洗練するには一層の研究を積み重ねる必要がある。

Clinical response to hypertensive hypervolemic therapy and outcome after subarachnoid hemorrhage

Neurosurgery.2010 Jan;66(1):35-41

クモ膜下出血症例における死亡や高度障害の主な原因は、症状を伴う血管攣縮の発生である。破裂した動脈瘤に対する治療法については精力的に研究が行われてきたが、血管攣縮の予防または治療策については未だによく分かっていない部分がたくさんある。

本研究はクモ膜下出血患者580名を対象とした遡及的研究である。対象患者のうち95名(16%)に症状を伴う血管攣縮による遅発性虚血性神経脱落症状が出現し、51名に脳梗塞が発生した。症状を伴う血管攣縮の診断が下された患者では、血圧を高く、血管内容量を多く保つ治療法が行われていた。臨床的改善が認められたのは、輸液負荷が行われた89名のうち43%、昇圧薬が投与された81名のうち68%であった。この治療法の開始2時間後に行った臨床的評価で改善が認められなかった患者では、死亡したり、高度の神経学的後遺症が残ったりする傾向が強かった。

解説
破裂した動脈瘤に対する治療法については精力的に研究が行われてきたが、血管攣縮の予防または治療策については未解明の部分が多い。十分な注意を払い、無症状の血管攣縮を早い段階で見つけることが重要である(クモ膜下出血患者の30-70%で無症状の血管攣縮が発生する)。無症状の血管攣縮にはミルリノンが有効であることが示されている。血圧を高く、血管内容量を多く保つ治療法の実施に加え、神経学的所見を繰り返し観察し、必要であれば経頭蓋ドップラー検査やCT血管造影を行うべきである。

Poor sleep quality is associated with late noninvasive ventilation failure in patients with acute hypercapnic respiratory failure

Crit Care Med.2010 Feb;38(2):477-85

ICUに入室する患者のうち最高40%において、非侵襲的換気による管理が不調に終わり、気管挿管が行われる。およそ15-25%のICU患者では、非侵襲的換気に起因する死亡、気管挿管、6日以上にわたる非侵襲的換気の継続実施などの、晩期失調が認められる。このような予後不良な患者群における転帰を改善するには、非侵襲的換気の晩期失調に関わる危険因子を同定する必要がある。

ICUにおける非侵襲的換気開始後まもない時期に発生する睡眠障害と、非侵襲的換気による晩期失調との関わりを検証することを目的とし、高二酸化炭素血症性呼吸不全を呈する高齢患者を対象とした前向き試験を行った。非侵襲的換気を48時間以上要した高二酸化炭素血症性呼吸不全のICU患者(27名)を対象に、非侵襲的換気開始2日後から4日後までにかけ、17時間睡眠ポリグラフ検査を行った。

非侵襲的換気の晩期失調が認められた14名(52%)の内訳は、非侵襲的換気を6日以上要したのが7名、死亡5名、気管挿管2名であった。非侵襲的換気の晩期失調が発生した患者のうち7名(50%)において睡眠障害が認められた。一方、非侵襲的換気による管理が成功した症例では睡眠障害を呈したのは1名(8%)のみであった(P=0.03)。高齢患者では、非侵襲的換気が失敗する症例では、成功する症例と比べ、睡眠の質が不良で、睡眠周期の概日リズムの乱れが大きく、夜間REM睡眠が短かった(6分[0-12] vs. 26分[6-49]; P=0.03)。また、非侵襲的換気が不調に終わった症例では、ICU滞在中の譫妄発生率が高かった(64% vs. 0%)。

解説
最近の研究では、ICU患者では睡眠障害があると転帰が悪化する可能性があることが示唆されているが、これを裏付ける臨床データはまだほとんど発表されていない。高齢の高二酸化炭素血症性呼吸不全患者における、睡眠障害と非侵襲的換気の晩期失調との相関を、本研究がはじめて示したことになる。これが他の特性を持つICU患者にも当てはまるかどうかは、不明である。

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麻酔文献レビュー2010年6月② [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review:Perioperative Medicine

Anesthesiology 2010年6月号より

Chlorhexidine–Alcohol versus Povidone–Iodine for Surgical-Site Antisepsis

N Engl J Med.2010 Jan 7;362(1):18-26.

米国では毎年2700万件の手術が実施され、そのうち30万~50万人の患者に手術部位感染が発生する。起因菌として最も多いのは皮膚常在菌であるため、術後感染を防ぐには術前の皮膚消毒を正しく行うことが肝要である。

本研究は大規模前向き無作為化比較対照試験で、その目的は、術前の皮膚消毒にクロルヘキシジンアルコールを用いる方がポビドンヨードを用いるよりも感染予防効果が高いかどうかを検証することである。全対象患者に対し、術前に抗菌薬が予防的に全身投与された。

6ヶ所の病院において、準汚染手術を受ける患者849名を無作為にクロルヘキシジンアルコールによる擦式消毒群またはポビドンヨードによる擦式および塗布消毒群に割り当てた。割り当てられた消毒薬を用いて術前の皮膚消毒が行われた。術後30日以内に発生した手術部位感染の発生率と部位を記録した。ポビドンヨード群に対するクロルヘキシジンアルコール群の手術部位感染相対危険度は0.59であった(95%CI, 0.41-0.85)。

解説
準汚染手術では、クロルヘキシジンアルコールで消毒された患者の方が10%ポビドンヨードで消毒された患者よりも手術部位感染発生率が有意に低かった。クロルヘキシジンアルコールを用いて皮膚消毒を行うと、皮膚および深部手術部位感染は減るが、臓器感染は減らなかった。

Treatment of post-partum haemorrhage with sublingual misoprostol versus oxytocin in women not exposed to oxytocin during labour: a double-blind, randomised, non-inferiority trial

Lancet.2010 Jan 16;375(9710):210-6. Epub 2010 Jan 6.

Treatment of post-partum haemorrhage with sublingual misoprostol versus oxytocin in women receiving prophylactic oxytocin: a double-blind, randomised, non-inferiority trial

Lancet. 2010 Jan 16;375(9710):217-23. Epub 2010 Jan 6.

分娩後出血は世界的に母体合併症および死亡率の主因である。発展途上国においては分娩後出血を原因とする死亡の危険性は先進国の100倍にものぼる。その理由として考えられるのは、分娩後出血の管理に長けた熟練者の数が少ないこと、子宮収縮薬が簡単には手に入らないこと、その他の医療資源が乏しいことなどである。分娩後出血の現時点における標準的治療薬はオキシトシンであるが、医療資源が乏しい環境ではオキシトシンを備蓄したり正しく投与したりするのは困難である。オキシトシンに代わる安価で使用法が簡便な子宮収縮薬として、ミソプロストールがある。

ここに挙げた二編の大規模多施設二重盲検無作為化比較対照試験は、エジプト、トルコおよびベトナムで行われた。分娩中にオキシトシンが投与された患者または投与されなかった患者を対象とし、オキシトシンとミソプロストロールの効果が比較された。分娩後出血の診断に引き続き、オキシトシン40IU静注またはミソプロストロール800mcg舌下投与のいずれかに患者を無作為に割り当てた。主要転帰項目は、割り当て薬投与後20分以内に止血した患者の割合と、割り当て薬投与後の出血量が300mL以上であった患者の割合とした。

解説
分娩後出血は主要な母体死亡原因である。オキシトシンがその治療薬であるが、この薬剤の貯法は冷所保存であり、投与には訓練された人材と静脈路の確保を要する。ミソプロストロールは安価であり、貯法は室温保存で舌下投与が可能である。ここに紹介した二編の研究では、分娩後出血の制御にミソプロストロールが有効であることが示され、分娩第三期中にオキシトシンを予防投与されている症例においても分娩後出血の治療薬としてミソプロストロールがオキシトシンの代替薬になることが明らかにされた。ミソプロストロール舌下投与によって、世界各国における分娩後出血による母体死亡率を低下させることができる可能性がある。

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麻酔文献レビュー2010年6月① [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review:Perioperative Medicine

Anesthesiology 2010年6月号より

Outcomes after Internal versus External Tocodynamometry for Monitoring Labor

N Engl J Med.2010 Jan 28;362(4):306-13.

子宮収縮のモニタリングを行う場合、状況によっては外測法より内測法の方が推奨される。また、外測法よりも内測法の方が正確に子宮収縮を評価できると考えられている。しかし、子宮収縮の測定法の違いが、帝王切開/器械分娩率や胎児仮死発生率に及ぼす影響については知られていない。

本研究は、オランダに所在する6ヶ所の病院で行われた多施設無作為化比較対照試験である。陣痛誘発または陣痛促進が必要な妊婦において子宮収縮を外測法もしくは内測法によって監視し、帝王切開/器械分娩率を比較した。

対象女性(1456名)は、内測法(734名)または外測法(722名)に無作為に割り当てられた。帝王切開/器械分娩率については、内測法(31.3%)と外測法(29.6%)とのあいだに差は認められなかった(P<0.50; 内測法の相対危険度=1.1)。鎮痛手段の実施率についても差はなかった(硬膜外鎮痛法, 39.4 vs. 38.0%; モルヒネ, 16.1 vs 16.6%)。Apgarスコアなどの新生児転帰についても、いずれの時点においても両法のあいだに差は見られなかった。子宮内圧測定用カテーテルの使用による(新生児または母体の)合併症または死亡症例はなかった。

解説
陣痛誘発または陣痛促進の実施中に内測法または外測法による子宮収縮を行ったところ、帝王切開/器械分娩率はおよそ30%であった。測定法による差はなかった。内測法によって子宮収縮を測定しても、外測法では得られない情報が得られて患者管理に役立つということはなかった。鎮痛法は本研究の主要な評価対象ではなかったものの本研究で得られたデータを踏まえると、硬膜外鎮痛法の適応の有無を決める際に、子宮収縮の計測法の種類を考慮すべきではないと考えられる。

Preventing Surgical-Site Infections in Nasal Carriers of Staphylococcus aureus

N Engl J Med.2010 Jan 7;362(1):9-17

鼻腔内に黄色ブドウ球菌が定着していると、医療関連黄色ブドウ球菌感染の危険性が6倍に上昇する。ムピロシン鼻腔内塗布による鼻腔内または鼻腔以外の黄色ブドウ球菌の除菌を試みた研究が、様々な母集団を対象として行われてきたが、その結果は錯綜している。本研究では、入院時における黄色ブドウ球菌の鼻腔および皮膚定着の有無についての検査と黄色ブドウ球菌の除菌によって、黄色ブドウ球菌による院内感染症を防ぐことができるかどうかが検証された。

本研究は、無作為化二重盲検偽薬対照多施設試験であり、内科または外科病棟に入院した患者についてリアルタイムPCR法により黄色ブドウ球菌定着の有無を調べた。その後、ムピロシン軟膏鼻腔内塗布およびクロルヘキシジン石鹸使用群またはプラセボ軟膏鼻腔内塗布およびプラセボ石鹸使用群のいずれかに対象患者を無作為に割り当てた。

2年間で計6774名の患者について入院時細菌検査を行った。1251名から採取した鼻腔擦過検体1270件から黄色ブドウ球菌が検出された。すべてメチシリンおよびムピロシン感受性であった。黄色ブドウ球菌が検出された1251名のうち917名がITT解析の対象となった。そのうち808名(88.1%)に手術が行われた。

黄色ブドウ球菌感染発生率は、ムピロシン鼻腔内塗布/クロルヘキシジン石鹸使用群の方がプラセボ群より低かった(3.4% vs. 7.7%; 相対危険度0.42)。外科系患者と内科系患者のあいだで転帰の差は認められなかった。深部手術部位感染に対する治療効果が最も顕著に認められた(治療群0.9% vs プラセボ群16%; 相対危険度0.21)。治療群と比べプラセボ群の方が、院内感染発症までの期間が有意に短く(P=0.005)、入院期間が有意に長かった(P=0.04)。治療群におけるムピロシンやクロルヘキシジンによる有害事象は、短期間の鼻や皮膚の刺激症状のみであった。

解説
PCR法により黄色ブドウ球菌の鼻腔内定着が判明した患者に対し、ムピロシン軟膏の鼻腔内塗布とクロルヘキシジン石鹸による皮膚洗浄を行ったところ黄色ブドウ球菌による院内感染の発生リスクが低下した。入院期間も2日短縮した。PCR法を利用すると迅速に結果が得られるため、黄色ブドウ球菌定着があれば入院後直ちに除菌を開始することができる。その結果、黄色ブドウ球菌による院内感染を減らすことにつながると考えられる。

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過換気は脳傷害によくない⑧ [critical care]

Hypocapnia and the injured brain: More harm than benefit

Critical Care Medicine 2010年5月号より

脳局所のモニタリング:将来の見込みは?

いかなる脳傷害患者においても、低二酸化炭素症の安全「閾値」なるものは存在しない。さらに、外傷性脳傷害では傷害の程度が部位によって大きく異なるため、脳全体の血流や酸素化を反映する指標は当てにならない。その代わりとなる方法として、局所の酸素化をあらわす指標や、コンパートメント間の圧差を目安に動脈血二酸化炭素分圧を調節しながら中等度の低二酸化炭素症を短時間実施するやり方が考えられる。局所脳組織酸素分圧のモニタリング、ベッドサイドでの画像診断、脳内微小透析法、局所頭蓋内圧モニタリングなどの臨床応用が技術の進歩により可能となれば、転帰の改善につながる可能性がある。本レビューで示した見解は、つまるところ、急性脳傷害症例における低二酸化炭素症の臨床適用の有無は、傷害を受けた脳に対して低二酸化炭素症が有害作用を直接的におよぼす可能性があるかどうかによって決定されるということである。

急性脳傷害に対する低二酸化炭素症の現状における役割

脳ヘルニアが切迫している状況
頭蓋内圧を急激に低下させることを目的とした、短時間の低二酸化炭素症の有効性には、生理学的(かつ経験的)な強力な裏付けがある。低二酸化炭素症は迅速に導入することができ、脳血流量を直ちに低下させる効果があるため、頭蓋内圧を制御する根本的な手段が確立するまでの間においては、有効な方法であると言える。ただしこのことを証明するエビデンスは少ない。

脳神経外科手術中の実施
脳神経外科手術中は、良好な術野の確保や脳容量を急速に縮小するために、低二酸化炭素症が導入される。テント上腫瘍症例を対象とした前向き無作為化クロスオーバ試験では、短時間(20分)の術中過換気によって脳容量が減少し頭蓋内圧が低下することが示されている。ただし、この研究では長期的な作用については触れられていない。

術中に低二酸化炭素症とした場合には可及的速やかにnormocapniaに戻すべきであることを銘記しなければならない。なぜなら、低二酸化炭素症の効果は数時間以内に失われるからである。つまり、あとで頭蓋内圧が上昇したときに低二酸化炭素症を導入し制御できる余地を残すことを意図するという意味である。また同時に、動脈血二酸化炭素分圧の正常化が遅れ反跳性脳鬱血が発生する危険性を回避するという意味もある。

まとめ

脳傷害の管理では、低二酸化炭素症が導入されることが未だに多い。それも長時間実施されることが珍しくない。だが、ヘルニア発生当初の症例を除きどのような病態についても、低二酸化炭素症によって神経学的転帰が改善することを示した知見は皆無である。それどころか、低二酸化炭素症は明らかに脳虚血を惹起または悪化させ、他臓器にも直接的または間接的な傷害を引き起こす。急性脳傷害症例において、治療目的で低二酸化炭素症を導入することを決断する際には、それに先立ち利害得失を慎重に考量することが必須である。偶発的な低二酸化炭素症はいかなる場合にも回避すべきであり、予防的低二酸化炭素血症を実施しても臨床的効果は何ら得られない。低二酸化炭素症の実施は、危機的な頭蓋内圧亢進に対する緊急治療または術中に脳容量を急速に縮小する必要がある場合に限定すべきであり、かつ、根本的な対処法が確立されれば中止しなければならない。このような状況では、できる限り早急にnormocapniaに戻すべきである。頭部外傷に対する予防的過換気の有用性についての前向き試験の必要性が指摘されている。しかし、本レビューに示した数々の知見を踏まえると、頭部外傷に対する予防的過換気は往々にして有害であり、たとえ効能が得られるとしても極めて稀であるという認識が広まっているのが現状であり、現時点では予防的過換気に関する前向き試験の実施を正当化するのは困難であると考えられる。

教訓 低二酸化炭素症の実施は、危機的な頭蓋内圧亢進に対する緊急治療または術中に脳容量を急速に縮小する必要がある場合に限定しなければなりません。また、この場合でも、頭蓋内圧を制御する他の根本的な方法を早急に確立し、できる限り早くnormocapniaに戻す必要があります。
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