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全身麻酔と睡眠と昏睡~麻酔による意識消失の機序③ [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

視床中心と覚醒の制御

視床中心には、正常な覚醒状態を制御する上で欠かせない役割がある。視床中心には脳幹と前脳基底部からの上行性経路および前頭皮質からの下行性経路が集まり、意識が清明なときに前脳の覚醒状態を制御し秩序のある行動を維持するのに寄与している。視床中心が直接的に傷害されたり、広範な脳障害により視床中心への求心路が大々的に遮断されたりすると、前脳の機能統合および意識の高度障害が出現する。植物状態に近い重篤な意識障害患者の視床中心に電気刺激を与えると、認知機能および移動能が向上し経口摂取もうまくできるようになるという報告がある。同様に、全身麻酔によって意識を消失しているときに、視床中心へコリン作動薬を直接投与すると、意識が戻ることが明らかにされている。

全身麻酔中に見られる前述の現象の一部には、視床中心部の働きが関与していると考えられている(Fig. 3)。ほぼすべての麻酔薬が、少量投与によって逆説的興奮を引き起こす原因として、神経回路メカニズムの関与が示唆されている。神経回路メカニズムとは、植物状態に近い重篤な意識障害患者にゾルピデム(GABAA1アゴニスト)を投与すると逆説的覚醒が起こる機序として考えられている説である。ゾルピデムを投与すると、前脳のネットワークに強力なダウンレギュレーションがはたらき、脳傷害による障害が打ち消され、脳の機能が大幅に改善する。健常者では淡蒼球内節から視床中心へと単発火性の抑制性入力が発射される。この抑制性入力は、線条体による淡蒼球の抑制によって拮抗される。GABAA1受容体がたくさんある淡蒼球内節にゾルピデム(商品名マイスリー)が結合すると、視床への単発火性抑制性入力が減り、視床皮質回路および視床線条体回路が活性化し、その結果覚醒に至る(Fig. 3A)。GABAAを阻害する麻酔薬を使用したときに見られる逆説的興奮は、この二つの回路においてこうした現象が発生するせいであると考えられている。内視鏡検査中の逆説的興奮やICU入室中の譫妄についても、この仮説が当てはまる可能性がある。いずれの状況でもGABAAアゴニストであるベンゾジアゼピンが投与されることが多いからである。逆説的興奮のときに目的のない動作が見られるのは、基底核メカニズムが関与しているためだと考えられる。

ヒトを対象とした画像を用いた研究で、プロポフォールによる意識消失には皮質-基底核-視床回路が関与している可能性が明らかにされている。前頭優位パターンに脳波が変化するときにも、この回路のはたらきが関与している可能性がある(Fig. 3B)。全身麻酔中および睡眠中には、皮質の下方出力層に存在する錐体細胞の持続的な過分極によってδ波とα波が出現する。錐体細胞の持続的な過分極は、交感神経の興奮を伝える入力がなくなったり(睡眠中)、阻害されたり(全身麻酔中)して生ずる。前脳にこのような変化が生ずるのは、皮質から線条体への入力量が不十分だと、視床中心が抑制されるためなのかもしれない(Fig. 3A)。理論モデルでは、逆説的興奮を引き起こすよりもたくさんの量のプロポフォールを投与すると、プロポフォールの視床皮質回路に対する作用により、視床と前脳のあいだに位相関係のあるα波が出現することが示されている。

バーストサプレッションは、視床から強力な同期性発火が皮質へ投射されるものの、大部分の皮質では何の反応も起こらない状態であると考えられている(Fig. 1)。全身麻酔維持期第2相よりも麻酔深度が深くなるとバーストサプレッションが出現する。徐波睡眠中に視床がバーストモードになるのと類似している。麻酔深度が深くなるほど、バーストサプレッションにおけるバーストとバーストの間隔は長くなる。このことから、全身麻酔維持期第2相や徐波睡眠中と比べ、バーストサプレッションが見られるときにはよりたくさんの領域の皮質が不活発であると考えられる。この仮説を裏付けるように、低酸素性脳障害、人為的低体温、大田原症候群などによる昏睡でもバーストサプレッションが認められることが報告されている。睡眠中にはバーストサプレッションは出現しないことは、睡眠と全身麻酔が異なることを示す重要な電気生理学的特徴である。

教訓 重篤な意識障害患者にベンゾジアゼピンを投与すると逆説的覚醒が起こります。この現象が起こる機序が、正常患者にベンゾジアゼピンを投与したときの逆説的興奮にも関わっていると考えられています。
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全身麻酔と睡眠と昏睡~麻酔による意識消失の機序② [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

睡眠に関わる神経回路を知ると、前脳基底部、脳幹および視床下部の作用による意識消失の機序のヒントが得られる。覚醒時には、視床下部に存在する腹外側視索前野核がノルアドレナリンによって阻害される。これには、青斑核が関与している。つまり、上行性覚醒系がGABAAやガラニンを介して腹外側視索前野核の働きによって抑制されるのを阻害すると、覚醒状態が維持されるのである。アデノシンは、脳において催眠作用を発揮する主な物質の一つである。覚醒中にATPが分解されてアデノシンが生成され蓄積する。腹外側視索前野核にアデノシンが結合すると、この部位が賦活化される。アデノシンの結合と、青斑核の抑制は、腹外側視索前野核の活性化をもたらす。腹外側視索前野核が活発に活動すると、上行性覚醒系が阻害され、non-REM睡眠が起こる。鎮静薬のデクスメデトミジンはアドレナリンα2受容体作動薬であり、青斑核からのノルアドレナリンの放出を抑制する。その結果、腹外側視索前野核が活性化され上行性覚醒系が阻害されて、鎮静作用が発揮される(Fig. 2B)。デクスメデトミジンによる鎮静時の脳波は、non-REM睡眠時の脳波と非常によく似ている。プロポフォールによる意識消失にも、覚醒を促進する神経伝達物質であるヒスタミンの視床下部結節乳頭核から大脳皮質への放出が、GABAAを介して阻害されることが一役かっている。

REM睡眠中の脳波パターンが活発なのは、外背側被蓋核と脚橋被蓋核から内側橋網様体と視床、そして前脳基底部から皮質への強力なコリン作動性入力が生ずることが一因である。合成オピオイドのフェンタニルに鎮静作用があるのは、内側橋網様体のアセチルコリンが減るからである。一方、モルヒネが鎮静作用を来すのは、外背側被蓋核、内側橋網様体および前脳基底部のニューロンが抑制されるからである(Fig. 2C)。オピオイドによる意識消失には、さらに、中脳水道周囲灰白質、吻側延髄腹側部、脊髄およびおそらく末梢組織のオピオイド受容体にオピオイドが結合し中枢神経への侵害刺激の伝達が抑制されることが寄与している。オピオイドは、皮質よりもむしろ主として侵害刺激の伝達経路に作用し、覚醒状態に変化を及ぼし認知機能にも部分的に変化をもたらす。つい最近までオピオイドの大量投与が主流であった心臓手術の麻酔において、術中覚醒の発生頻度が高かったのはこのような事情が関与している。

プロポフォールによる意識消失は、コリンエステラーゼ阻害薬のフィゾスチグミンの投与によって拮抗されることが臨床研究で明らかにされている。画像、分子、神経生理などの手法を用いた各研究の成果を総合すると、プロポフォールには、皮質および皮質下領域に存在する錐体神経細胞の、介在ニューロンによるGABAAを介した抑制の増強という作用があり、これが意識消失の一因であると考えられる。フィゾスチグミンは、皮質全体のコリン作動活性を増強することによって、このプロポフォールの作用を拮抗する(Fig. 2A)。フィゾスチグミンは、覚醒時譫妄(全身麻酔からの覚醒時に見られる意識障害)の標準的治療薬である。

全身麻酔時の脳波やいろいろな特徴は、睡眠とは全般的に異なる(Fig. 1)。REM睡眠中の非常に活発な皮質活動は、前脳基底部-視床-皮質および脚橋被蓋核/外背側被蓋核-視床-皮質のコリン性投射によって生起されている。以下に述べるように、全身麻酔のときに見られる逆説的興奮は、視床線条体投射路のGABAによる脱抑制が生ずるためであるのかもしれない。REM睡眠時に骨格筋の緊張が低下する原因の一つは、橋延髄ネットワークにおけるコリン作動活性の増強により、脊髄のα運動ニューロンがグリシンによって抑制されることにある。一方、逆説的興奮の際には、筋緊張は正常である。

徐波睡眠のときの脳波と全身麻酔維持期第2相のときの脳波は似ている(Fig. 1)。この麻酔深度は、手術を行うのに十分である。徐波睡眠中には、疼痛知覚能が大幅に低下する。この段階の睡眠中でも覚醒することは可能であるが、他の段階の睡眠中よりも強い刺激を加えないと起きない。視床が単一スパイクモード(tonic mode)からバーストモードへと切り替わると徐波睡眠が出現することが明らかにされている。単一スパイクモードは視床を介して体感覚情報を伝達するのに適しているが、バーストモードは体感覚情報の伝達を抑制する。全身麻酔維持期第2相は薬物によって、徐波睡眠中は内因性の睡眠回路によって、皮質活動が著しく低下しているのである。

教訓 フィゾスチグミンは、皮質全体のコリン作動活性を増強し、プロポフォールによる意識消失を拮抗します。フィゾスチグミンは、覚醒時譫妄(全身麻酔からの覚醒時に見られる意識障害)の標準的治療薬です。
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全身麻酔と睡眠と昏睡~麻酔による意識消失の機序① [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

全身麻酔によって意識が消失する機序

皮質回路と意識低下・消失

臨床および基礎研究における観測で得られた知見によれば、麻酔薬によって意識が消失するのは、大脳皮質、脳幹および視床に存在する複数の部位における神経伝達に変化が生ずるせいである。全身麻酔を要しない手術を行うときには、通常、少量の鎮静薬が投与される。これは、呼吸状態および循環動態(脳幹機能)は正常なままで認知機能(皮質の活動)が低下している状態である。ネズミの全身麻酔モデルでは、大脳皮質の神経活動が極度に低下する現象が観測されている。同様に、全身麻酔中のヒトを対象としてPET検査を行う研究でも、皮質の代謝活性が明らかに低下することが明らかにされている。また、機能MRIおよび局所電場電位(local field potential; LFP)の所見から、ヒトが全身麻酔で意識を消失する際に起こる大脳皮質における変化についての知見が得られている。分子薬理学領域の研究では、皮質、視床、脳幹および線条体のGABAA受容体とNMDA受容体が二つの重要な作用標的であることが明らかにされている。少数の抑制性介在ニューロンが多数の興奮性錐体細胞を制御しているため、全身麻酔でGABAAによる抑制が増強すると、脳の広い領域が効率よく不活化され意識が消失する(Fig. 2A)。

脳幹、睡眠および意識低下・消失

全身麻酔導入時に鎮静薬がボーラス投与されると、脳幹の覚醒中枢に速やかに作用し、意識が消失する。前述した導入時に見られる臨床徴候は、脳幹における鎮静薬の作用を反映している。眼球頭位反射および角膜反射の消失は、脳幹機能が障害されていることを示す非特異的な指標である。このような反射が消失するのは、鎮静薬が、中脳および橋の動眼神経核、滑車神経核、外転神経核、三叉神経核および顔面神経核に作用するためである。

齧歯類を用いた研究では、バルビツレートを中脳橋被蓋野に直接注入すると意識が消失することが明らかにされている。この所見は、脳幹レベルでの意識消失は典型的には傍正中橋中脳領域の外背側被蓋野の傷害に起因するという、脳傷害についての研究で明らかにされた知見を裏付けるものである。無呼吸が起こる機序の一つとして、延髄腹側および橋に存在する呼吸を制御するネットワークを構成するGABAA介在ニューロンに鎮静薬が作用することが示唆されている。

プロポフォールをボーラス投与すると、直ちに筋緊張が低下する。これは、プロポフォールの脊髄に対する作用と、抗重力筋群の制御を司る橋および延髄網様体の核に対する作用によるものである可能性が高いと考えられている。プロポフォールの作用機序についてのこの概念を裏付けるような観測結果も得られている。斜角筋間ブロックに際しクモ膜下腔または脳底動脈に誤って局所麻酔薬を注入したときや、椎間関節ブロックに際し頸髄に誤ってアルコールを注入したときの筋緊張の低下がその例である。その他の例として、橋梗塞や閉じ込め症候群患者で見られる所見や、GABA作動薬であるバクロフェンの筋弛緩作用および催眠作用が挙げられる。手術終了が間近に迫っているとき、短時間の筋弛緩作用を得るのに少量のプロポフォールが選択肢となり得ることや、手術終了前には作用発現までに時間がかかり作用時間も長い筋弛緩薬よりもプロポフォールの方が好まれる理由は、以上の観測結果が示していると考えられる。このように薬剤が筋緊張低下を来すのと異なり、昏睡や植物状態の患者では固縮や痙縮が見られることが多く、徐波睡眠中は筋緊張は正常のままである。

麻酔導入時には、脳幹機能が消失したことを示す徴候(無呼吸、筋緊張低下、頭位眼球反射および角膜反射の消失)と意識消失を指標に、バッグマスク換気開始またはラリンジアルマスク挿入のタイミングを計ることができる。

教訓 プロポフォールは脊髄に対する作用と、抗重力筋群の制御を司る橋および延髄網様体の核に対する作用によって筋緊張を低下させると考えられています。


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全身麻酔と睡眠と昏睡~麻酔による徴候と脳波変化 [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

全身麻酔による意識消失時の臨床徴候および脳波パターン

全身麻酔による意識消失時に見られる臨床徴候と脳波パターンは、全身麻酔を三つの時期(導入、維持および覚醒)に分けて考えると理解しやすい。

導入期

導入前、患者は正常なα波優勢の脳波(10Hz)を呈する(Fig. 1)。GABAA受容体に作用するプロポフォール、バルビツレート、エトミデートなどの鎮静薬を少量投与すると、患者は鎮静される。つまり、眠ったように静かになるが容易に覚醒し、通常閉眼した状態になる。徐々に投与量を増やすと、逆説的興奮に陥ることがある。つまり、無目的な動きまたは防御するかのような動作、支離滅裂な発語、多幸感または不快感をあらわし、脳波にはβ波(13~25Hz)が見られるようになる。この状態を逆説的興奮と称するのは、意識を消失させるために投与した薬剤によって、鎮静ではなく興奮が起こるからである。

鎮静薬をさらに投与すると(通常10~15秒かけてボーラス投与される)、呼吸パターンがどんどん不規則になり、最終的には呼吸停止に至る。この時点でバッグマスク換気を開始する。また、口頭命令に対する反応と骨格筋の緊張が消失する。麻酔科医の指の動きを目で追うように指示しながら鎮静薬を投与すると、意識消失の瞬間を簡単に知ることができる。意識が消失すれば、追視が見られなくなり、眼振が出現しまばたきを何度もするようになる。眼球頭位反射、睫毛反射および角膜反射は消失するが、対光反射は残る。血圧は上昇することもあれば低下することもあるが、心拍数は普通は増加する。導入前または導入中にオピオイドまたはベンゾジアゼピンを投与すると、心拍数は増加せず、血圧を維持するのに昇圧薬が必要なことがある。気管挿管は導入終盤に、筋弛緩薬の投与後に行われる。

維持期

全身麻酔は、鎮静薬、吸入麻酔薬、オピオイド、筋弛緩薬などの組み合わせによって維持される。心血管作動薬を要することもある。そして、人工呼吸が行われ、体温維持のための策が講じられる。維持期において麻酔深度の評価に用いられる臨床的指標の中に、心拍数と血圧の変化がある。手術による侵害刺激の大きさに比して全身麻酔深度が足りなくて、心拍数と血圧が大幅に上昇すると、麻酔科医は侵襲が増大し術中覚醒の危険があるのではないかと考える。麻酔深度が足りないことをあらわすその他の指標は、発汗、流涙、瞳孔径の変化、筋緊張、体動、および脳波の変化などである。手術侵襲に応じた麻酔深度であれば、全身麻酔は機能的には脳幹死と同じような状態を作り出す。つまり、意識がなく、脳幹反射が抑制され、侵害刺激には反応せず、呼吸ドライブが作動せず、呼吸循環および体温の維持に補助を要する状態になるのである。

維持期は四つの相に分けられ、それぞれ特有の脳波パターンを呈する(Fig. 1)。第1相は浅い全身麻酔に当たり、β波(13Hz~30Hz)が減りα波(8Hz~12Hz)およびδ波(0Hz~4Hz)が増える。第2相は第1相より深い麻酔であり、β波が少なくα波とδ波が優勢の前頭優位パターンが見られる。後頭部と比べ前頭部の方がα波とδ波の増加が顕著なパターンである。第2相の脳波は、ステージ3のnon-REM睡眠(徐波睡眠)で見られる脳波と似ている。さらに深い全身麻酔が第3相であり、平坦脳波とα波とβ波の群発が交互に現れるバーストサプレッションというパターンを呈する。第3相において麻酔が深くなるにつれ、α波が現れる間隔が延長し、α波およびβ波の振幅が小さくなる。通常、手術は第2相から第3相の麻酔深度で行われる。第4相は、極度に深い麻酔であり脳波は等電位(完全に平坦)になる。脳神経外科手術中に脳を保護したり、全般てんかんを止めたりするために、バルビツレートやプロポフォールを投与して意図的に脳波を等電位化することがある。

覚醒期

全身麻酔からの覚醒の具合は、投与された麻酔薬の量、麻酔薬の作用部位、作用強度および薬力学、患者の生理学的特徴、術式と手術時間などによって左右される。一般的に、全身麻酔からの覚醒を判断する際には、生理学的徴候および行動の変化が参考にされる。神経筋遮断作用が消失するとまずあらわれる典型的な臨床徴候の一つが、自発呼吸の出現である。自発呼吸が見られるということは、脳幹死に近い状態から脱したことを示す(Table 1)。心拍数及び血圧は、薬理学的に制御されていなければ、通常は上昇する。唾液の分泌や流涙も出現し、次に、疼痛刺激に対して疼痛部位の認識を欠いた反応が見られる。これは、閉眼したままであるという重要な点を除いては、植物状態に似た状態である。骨格筋の緊張が戻るにつれ、患者は顔をしかめたり、嚥下したり、えずいたり、咳をしたり、気管チューブや経鼻胃管に手を持って行くような防御動作を見せたりするようになる。この時点で、脳幹反射が十分に回復し、自発呼吸がしっかりあり、舌根沈下が起こらない状態であることが確認されれば、たとえ口頭指示に従うことができなくても抜管される。抜管しても、自発的には目を開かないかもしれない。患者が全身麻酔から覚醒するにつれ、脳波は維持期第2相は第3相をおおよそ逆にたどった変化を見せ、完全に覚醒している状態と同じ活発な脳波パターンに復する(Fig. 1)。抜管からPACU退室までの間に、患者は抜管可能な最低限の意識レベルから、はっきり覚醒した状態に回復する。秩序だった反応を示すことができることが確認できなければ、PACUを退室することはできない。つまり、PACU退室時には、簡単な質問に答え、疼痛や吐き気などの不快症状を自分で訴えることができるようになっていなければならない。

教訓 全身麻酔維持期は第1~4相に分けられます。通常、第2~3相ぐらいの深度で麻酔が維持されます。第2相の脳波は、ステージ3のnon-REM睡眠(徐波睡眠)で見られる脳波と似ています。第3相ではバーストサプレッションが見られます。
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全身麻酔と睡眠と昏睡~はじめに [anesthesiology]

General Anesthesia, Sleep, and Coma

NEJM 2010年12月30日号より

米国では一日におよそ六万人もの患者が全身麻酔下の手術を受けている。全身麻酔とは、薬剤によって出現する特異的な行動上および生理学的な可逆性変化である。具体的には、意識消失、健忘、無痛および無動となり、自律神経系、循環器系、呼吸器系および体温調節機構の安定がもたらされる。全身麻酔中には特徴的な脳波パターンが生ずる。代表的な変化は、麻酔が深くなるにつれて低周波数高振幅の脳波が優勢になることである(Fig. 1)。麻酔薬が、どのような機序で全身麻酔に特徴的な行動上の変化をもたらし維持するのかという問題の解明は、医学および脳科学における重大な課題である。全身麻酔と、睡眠や昏睡との関係を探索すれば、大きなヒントが得られると考えられる。

人間は生涯の約三分の一を睡眠に費やす。睡眠は、視床下部、脳幹および前脳基底部に存在する核によって自発的に生起される覚醒度の低下である。健康を維持するのに睡眠は不可欠である。健常人の睡眠では、REM睡眠とnon-REM睡眠という二つの状態が約90分ごとに繰り返される。REM睡眠中には、素早い眼球運動、夢、不規則な呼吸と心拍、ペニス/クリトリスの勃起、気道および骨格筋の緊張低下が見られる。REM睡眠時の脳波は、活発な高周波数低振幅パターンを呈する(Fig. 1)。一方、non-REM睡眠中は、脳波は低周波数高振幅の特徴的な三つのパターンを示し、筋電図上は漸増漸減(waxing & waning)現象が認められ、体温および心拍数は低下する。

昏睡とは、極端な反応低下の状態を指す。多くの場合、脳傷害の結果生ずる。昏睡患者は、目を閉じて横たわり、強い刺激が加わっても覚醒して反応することはない。顔をしかめたり、四肢を動かしたり、疼痛刺激に対し毎回変化のない定型的な逃避行動を示したりすることはあっても、疼痛部位を認識した上での反応やはっきりとした目的を持った逃避行動が見られることはない。昏睡が深くなるにつれ、疼痛刺激を加えても反応が鈍くなったり消失したりすることもある。昏睡患者の脳波パターンは脳傷害の程度によって異なるが、ほとんどの場合は全身麻酔のときと同じような低周波数高振幅の脳波が認められる(Fig. 1)。つまり、全身麻酔とは薬物による可逆的昏睡なのである。だが、麻酔科医は患者に不安が生ずるのを避けるため全身麻酔を「睡眠」のようなものと表現している。麻酔科医は専門的な文脈においても麻酔薬による意識消失に「睡眠」という語を、不適切にも当てている。

レビューでは全身麻酔の臨床的特徴および神経生理学的特徴を紹介し、静脈麻酔薬によって生ずる意識消失の神経学的機序を中心に、全身麻酔と睡眠及び昏睡との関連について検討する。

教訓 全身麻酔中の代表的な脳波変化は、麻酔が深くなるにつれて低周波数高振幅の脳波が優勢になることです。全身麻酔とは薬物による可逆的昏睡と言えます。睡眠にたとえるのは間違っています。
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MRSAの定着と院内感染~予防的抗菌薬 [critical care]

Methicillin-resistant Staphylococcus Aureus Colonization, Its Relationship to Nosocomial Infection, and Efficacy of Control Methods

Anesthesiology 2010年12月号より

周術期に使用する抗菌薬の選択

MRSA定着があるとMRSAによる院内感染が発生しやすいことを裏付ける有力なデータが示されている。しかし、注意しなければならないことがある。というのも、我々の管見の及ぶ限りでは、手術患者を対象とした術前監視培養によるMRSA定着のスクリーニングと周術期の抗MRSA薬予防投与の有効性を十分評価できるだけの検出力をもった大規模試験は行われていないのである。この課題については、二編の小規模無作為化試験が行われているに過ぎない。MRSA感染の発生頻度が高い施設において心臓手術患者を対象として行われた研究では、バンコマイシンを予防投与しても、セファゾリンを予防投与した場合と比べて創感染の発生率は低下しないという結果が得られている。これとは反対に、MRSA感染が多発する施設においてVPシャント患者を対象として行われた研究では、バンコマイシンを予防投与すると、セファゾリンを投与した場合と比べてシャント感染の頻度が有意に低下することが分かった。どちらの研究も、対象患者の術前スクリーニングを実施しておらず、術前におけるMRSA定着患者の割合が不明であるという問題点がある。現時点では、術前にMRSA定着のスクリーニングを行い、定着があれば抗MRSA薬を使用するというやり方は通常は採らない。しかし、HICPAC(医療感染管理諮問委員会)が制定したガイドラインでは、MRSA感染が頻発する施設ではバンコマイシンの予防投与を考慮すべきであるとされている。MRSA定着患者においてバンコマイシンの投与が有用であるのかどうかは、現在までのデータでは明らかになっていない。

まとめ

院内感染の起因菌は過去十年間、大方のところ同じような顔ぶれであるが、特定の地域では、耐性菌、中でもMRSAの発生頻度増加という劇的な変化が見られている。MRSA定着とMRSA感染のあいだには因果関係があることを強く裏付けるデータが得られている。そのため、伝播を防ぐため可及的速やかに無症状のMRSA定着患者を同定すべく、全入院患者を対象にスクリーニングを行うべきであるという専門家の意見が聞かれるようになった。積極的監視培養(active surveillance culturing; ASC)の有効性については一定した結果は得られていない。病院全体で入院患者全てにASCを行うと感染発生率が低下するという報告がある一方で、手術患者のみを対象に行っても感染発生率は変化しないという結果も示されている。監視の効果について一定した結果が得られていないのは、MRSAが検出された場合の除菌法がまちまちであるからである。従来、医療従事者が行ってきた衛生および隔離予防法は、外からやってくる細菌の伝播の防止という意味しかない。大半の院内感染は、内因性感染である。したがって、監視/予防策を成功させるには外因性感染と内因性感染の両者の防止策を講ずることが重要である。

決まった抗菌薬を用いた鼻腔咽頭除菌が有効であることが示されているが、MRSAの発生頻度が高い施設(地域)においてはこういった抗菌薬を使用するとかえって耐性菌感染が増えることが分かっているため、慎重を期すべきである。特定の患者群、特に心臓手術患者では、消毒薬の局所使用が有効であることが示されていて、術前管理の一部として消毒薬の局所使用を実施している施設もある。消毒薬の局所使用には副作用がないわけではないので、広く一般に推奨するには有効性を検証するための研究を重ねる必要がある(fig. 3)。

MRSA定着は、院内および院外のMRSA感染の原因である。定着と感染のあいだに強固な関係があるにも関わらず、術前に全例でMRSAのスクリーニングを行い、その結果に応じて周術期に使用する予防的抗菌薬の種類を選択するという方法が有効であるかどうかは、データが不足していてまだよく分かっていない。しかし、脳神経外科手術を受ける患者を対象とした小規模試験では、バンコマイシンの予防投与が有効であるという結果が得られている。MRSA定着患者の周術期予防的抗菌薬として抗MRSA薬を用いる方法の有効性については、さらに研究を重ねて検証する必要がある。

教訓 MRSA定着患者においてバンコマイシンの投与が有用であるのかどうかは、まだ分かっていません。
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MRSAの定着と院内感染~除菌 [critical care]

Methicillin-resistant Staphylococcus Aureus Colonization, Its Relationship to Nosocomial Infection, and Efficacy of Control Methods

Anesthesiology 2010年12月号より

抗菌薬を用いた選択的除菌

選択的消化管除菌(SDD)および選択的口咽頭除菌(SOD)は、重症患者における体内細菌叢による院内感染の防止を目的とした感染予防策である。この予防策では、感染を起こす可能性のある定着病原菌を除去または低減しつつ、常在細菌叢を構成する有用な細菌は保全し全身感染の発生を予防したり耐性菌や真菌の増加を防いだりすることが目論まれている。SDDによく用いられる抗菌薬の組み合わせは、好気性グラム陰性桿菌を標的としたポリミキシンE(コリスチン)とトブラマイシンおよび真菌を標的としたアンホテリシンBである。一日四回、経鼻胃管を使用して胃内へ投与するか、ペースト状にして口咽頭内に塗布する。SDDではさらに、セファロスポリン(通常セフォタキシム)を経静脈的に投与することがある。選択的除菌を行うと感染率が低下することを示す研究は数多い。特に、ICUにおける肺炎の発生率についての研究では、選択的除菌の効果が高いとされている。しかし、感染の減少が死亡率の低下、入院期間の短縮および費用効率の向上につながるか否かという問題についての専門家の見解は分かれている。過去に行われた複数の無作為化比較対照試験では、選択的除菌によって生存率が向上する傾向が認められているが、大半が有意な効果を示すには研究規模が小さすぎ、死亡率の有意な低下はメタ分析一編でしか確認されていない。2004年に発表されたそのメタ分析では、SDDを行うと死亡率が有意に低下し、オッズ比は0.75であることがしめされた(95%CI, 0.65-0.87)。新たに行われた最近の研究でも、これと同等の死亡率低下が確認されている。

SDD/SODの行うに当たっての最大の懸念は、抗菌薬耐性の発生である。SDDではグラム陰性菌に対する抗菌活性がある抗菌薬が用いられるので、患者の細菌叢はグラム陽性菌主体に移行する。そうなったときに最も憂慮されるのは、病原性の強いMRSAの出現である。除菌が耐性菌出現パターンに及ぼす影響を検討した研究では、除菌によって耐性菌が減るという驚くべき結果が得られている。しかし一方で、ICUにおける病原性の低いMRSAによる感染発生率には変化はなかった。MRSA感染が頻発する施設で行われた研究では、MRSA感染が有意に増えるという気になる結果が示されている。除菌に用いる薬剤にバンコマイシンを加えると、MRSA感染発生率を抑制するのに非常に有効である。しかし、バンコマイシンを使うとMRSAには良くても、バンコマイシン耐性腸球菌などの他の耐性菌が増える可能性がある。SDDには以上のような憂慮がつきまとうため、広く一般的にSDDを行うことは推奨されていない。セファロスポリンを用いるSDD/SODを実施すると、除菌には至らず静菌にとどまり、MRSA以外の耐性菌(グラム陰性菌を含む)が発生するおそれがある。SDD/SOD中止後に消化管や呼吸器に耐性グラム陰性菌が有意に増加したという報告もある。多剤耐性菌が頻発している施設(地域)では、クロルヘキシジンをはじめとする消毒薬による除菌が有効であるのではないかと指摘されている。

消毒薬による除菌

クロルヘキシジンやポビドンヨードなどの消毒薬は、抗菌薬と異なり標的部位において速やかに作用を発揮するため、耐性を発生させ難いと考えられる。消毒薬を用いると院内感染を減らすことができるという複数の報告がある。しかし、死亡率を低下する効果についてははっきりしていない。消毒薬が有効であることは、手術患者において認められている。心臓手術を受ける患者の鼻腔内および口腔内をクロルヘキシジンで消毒すると、院内感染が大幅に低下することが分かっている。MRSA定着のある手術患者を対象とした無作為化試験で、局所抗菌薬(ムピロシン)塗布およびクロルヘキシジン浴を行った場合と行わなかった場合を比較したところ、この除菌法によってブドウ球菌感染が60%減少することが明らかにされた。なお、深部SSI発生率の差が最も大きかった。この研究の著者らは、高い予防効果を得るにはクロルヘキシジン浴が必須であるという考察を示している。なぜなら、ムピロシンは鼻腔内に局所塗布するだけなので、他の部位の定着には何ら効果を発揮しないからである。

重症患者においても、消毒薬が有効であることが報告されている。ICU患者を対象に、石鹸による通常の清拭とクロルヘキシジンによる清拭を比較したところ、クロルヘキシジンによる清拭の方が耐性菌(MRSAおよびVRE)の定着とともに、耐性菌感染も減ったという結果が示されている。

教訓 SDD/SODは耐性菌を増やす懸念があります。鼻腔内/口腔内クロルヘキシジン消毒およびクロルヘキシジン全身浴を行うとSSI発生率が有意に低下します。ICU患者でもクロルヘキシジン清拭を行うと耐性菌定着/感染が減ります。
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MRSAの定着と院内感染~スクリーニング [critical care]

Methicillin-resistant Staphylococcus Aureus Colonization, Its Relationship to Nosocomial Infection, and Efficacy of Control Methods

Anesthesiology 2010年12月号より

スクリーニングが転帰を改善するか?

MRSAの拡散を制御する従来の方法では、交差感染の予防に重点が置かれてきた。具体的には、手洗いの励行、病院内環境の清潔保持と消毒、MRSA感染またはMRSA定着患者の同定を遅滞なく行うこと、およびMRSA感染または定着患者の管理(隔離やバリアプリコーション)である。入院時にすべての患者の鼻腔ぬぐい液培養を行い、無症状のMRSA定着患者を見つけ出す方法がある。これは積極的監視培養(active surveillance culturing; ASC)と呼ばれている。この方法の効果を検証する研究が複数行われているが、結果は一定しない。ASCの意図は、MRSA保有患者を入院後早々に同定し、時機を逸することなく適切な接触感染予防を実施することによって、他の患者への交差感染の機会を減らすことにある。現在、複数の大規模医療施設で、全入院患者に対してMRSAのスクリーニングが行われている。また、MRSA保有リスクがある患者は、入院時に培養を行うことを義務づける法律が制定されている州もある。現行のCDCガイドラインおよび感染予防に関する最新の公式声明では、MRSA感染予防を目的としたASCのルーチーン実施または強制実施は推奨されていない。

先頃、ASCの有効性を評価した大規模研究が二編発表された。一つはHarbarthらの研究で、ASCがMRSAの院内蔓延を防ぐ効果を検証したものである。手術患者22000名が対象となり、介入群または対照群のいずれかに割り当てられた。介入群では、全例で迅速スクリーニングを入院時に行い、MRSAが検出された場合には標準的な感染予防策を実施し(隔離、接触予防策、MRSA除菌剤の局所塗布×5日間)、周術期に使用する抗菌薬を変更した。無症状のMRSA保有患者は300名以上見つかったが、ASCを含む介入を行ってもMRSA感染症の発生頻度は低下しないという結果が得られた。MRSA感染が発生した患者の57%は、入院時のスクリーニングではMRSAの定着は見つかっておらず、つまり、入院中にMRSAに感染した症例であった。したがって、入院時だけにスクリーニング培養を行う方法には限界があり、週に一回の監視培養を行う必要があると考えられた。

もう一つはRobicsekらが2008年に発表した大規模研究であり、入院患者全員を対象とした監視培養を行うことによってMRSA感染が有意に減ることが報告されている。この観測研究では、三つの異なる監視培養を行い、実施前と実施中のMRSA感染発生率を比較検討した。監視培養の方法は、従来法(標準的な監視培養法。対照群として設定。)、ICU入室患者全員に監視培養を行う方法、入院患者全員に監視培養を行う方法の三つであった。MRSAが検出された患者は隔離し、抗菌薬の局所塗布による除菌を行うこととした。しかし、この除菌法は標準的な方法ではなく、実施状況の調査は行われなかった。入院患者全員に監視培養を行うことによって、医療関連MRSA血流、呼吸器、尿路および手術部位感染が半分以下に減少することが分かった。一方、ICU入室患者のみを対象として監視培養を行う方法では、有意な変化は見られなかった。

その他にも、ICU入室時にASCを行うとMRSA感染が減ることを示す研究は複数発表されている。前述の研究とは別のHarbarthらの新しい研究では、監視培養の有効性は内科系ICUのみで認められ、外科系ICUでは確認されなかったと報告されている。これが、すでに紹介した二つの大規模研究においてASCの有効性について相反する結果が得られた理由である。ASCを行うと、予期せぬ有害事象も起こりうることにも留意すべきである。最近の研究であってもASCの費用対効果分析は行われていないのだが、ASCを行えば感染予防に携わるスタッフの時間、検査機器および隔離のための病床などが余分に必要になる。ASCを行うと、行わない場合と比べ、接触感染予防のため隔離される患者の数が2~5倍に増えると試算されている。隔離すると医療従事者の注意が行き届かないようになるため、隔離患者が増えれば抑鬱状態や不安などを訴える患者が増加する可能性がある。

効率的なスクリーニングを実施するにあたっての障壁要因の一つに、MRSA定着リスクが最も高い患者を必ずしも正確に同定できないという問題がある。スクリーニングの第一歩は、定着の危険因子を正しく明らかにすることである。専門チームの導入によってMRSA定着リスクの高い患者の同定精度が向上するかどうかを評価した研究では、専門チームの活動によって、定着リスクが高い患者を迅速に同定できるという結果が示された。つまり、専門チームを導入すれば、リスクの高い患者に的を絞ってスクリーニング培養を行うことができるようになり、本当に必要な患者にのみ隔離と除菌を行うことができるようになると考えられる。

最近の研究では、直近の入院や保健施設居住に加え、過去のMRSA定着歴もMRSA定着の重要な独立予測因子であることが明らかにされている。定着が発見されてから一年後までは定着率は急速に低下するが(50%)、その後はなかなか減少せず、巷間指摘されている危険因子が特にない患者であっても定着率が20%以下となることはない。さらに、定着の可能性が高いことが判明してから、培養によって確定診断が下されるまでには時間がかかるため、その間に感染が発生してしまうかもしれないし、定着しているMRSAが他の患者へ伝播するかもしれない。昔ながらの培養ではMRSAの検出までに数日を要するが、迅速PCR法を行えば数時間以内にMRSA定着の有無を判断することができるため、定着患者の同定に役立つと考えられる。迅速PCR法を導入すると、MRSA定着患者を早い段階で同定することができるため、感染率が低下し、医療費圧縮にも寄与することが明らかにされている。

従来の感染予防法は、有効性が依然として証明されていない。監視培養の実施に関しては未だに賛否両論がある。MRSA感染予防におけるこのような状況は、院内感染の大半は患者が元々持っている細菌によるものであることを示すデータを裏付けているのかもしれない。従来の感染予防法およびASCでは、交差感染の予防に力点が置かれているので、外因性感染だけにしか対応していない。鼻腔内定着細菌のうち感染を起こす可能性のある細菌の除菌は、内因性感染の制御を目的とした感染予防策の一翼を担うと考えられる。

教訓 積極的監視培養(active surveillance culturing; ASC)は無症状のMRSA定着患者を見つけ出す方法です。ASCの有効性を検証した研究では、一定した結果は示されていません。
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MRSAの定着と院内感染~定着の影響 [critical care]

Methicillin-resistant Staphylococcus Aureus Colonization, Its Relationship to Nosocomial Infection, and Efficacy of Control Methods

Anesthesiology 2010年12月号より

スクリーニング:どんな患者をMRSA定着スクリーニングの対象とするか?

MRSA定着の重要性

従来、院内感染が発生するのは病院の環境に曝露されて、それまで宿主には無縁であった微生物がとりつくせいだと考えられてきた。院内感染の発生原因が、患者の免疫力低下なのか、元々持っていたMRSAによるものなのかを判別するのは困難である。DNAフィンガープリント法を利用した分子レベルでの解析を行うと、院内感染の起因菌の出所を突き止めることができる。院内での伝播による院内感染が患者の病状悪化や死亡率上昇につながるのは言うまでもないが、院内感染のうち交差感染を原因とするものはむしろ少数である(40%未満)。院内感染症例の大部分は、同じICUに収容されている他の患者から検出される病原菌が元で感染が広がった結果発生するわけではない。つまり、元々患者が持っている細菌が、院内感染の発生に関与する鍵なのである。

MRSA定着例は増えている。2001年から2004年にかけて、全国健康栄養調査の一環として、鼻腔内黄色ブドウ球菌定着の全国抽出調査が行われた。2001年-2002年の黄色ブドウ球菌定着率は32.4%であったが、2003年-2004年は28.6%に低下した。同じ両期間中に、MRSA定着率は、0.8%から1.5%へと上昇した。この結果は、MRSAの定着が増えていることを示した他の研究と軌を一にしている。考え得る理由として、MRSAよりもMSSAに対する殺菌力が強いフルオロキノロンのような抗菌薬の使用量の増加により、MRSAの定着が助長されたことが挙げられる。鼻腔内MRSA定着のリスクには性差があることが多変量解析で明らかにされているが、性差に関わらず病院での曝露がMRSAの定着に関与している。しかし、MRSA定着に関連する決定的なリスク因子は、今のところ未解明である。その他のリスク因子として指摘されているのは以下の通りである:鼻腔の解剖の個人差、抗菌薬使用の既往、異物、透析、肝疾患および基礎疾患の重症度。

MRSA定着はMSSA定着よりも院内感染を10倍起こしやすい。この傾向は術後患者において典型的に認められる。黄色ブドウ球菌定着患者では手術部位感染のリスクが非定着患者の2~10倍にも跳ね上がる。その多くが、患者が元々持っている黄色ブドウ球菌によるものである。胸部外科手術患者では、黄色ブドウ球菌の鼻腔内定着は胸骨中切開創感染および術後腹部創感染の独立危険因子である。外科系ICUに入室した患者500名を対象とした前向き研究では、MRSA定着は術後MRSA感染症の危険因子であり、臨床検査で分離されたMRSA株はすべてその患者の鼻腔から分離された株と一致し、MRSA定着患者では非定着患者と比べ感染発生までの期間が半分であるということが明らかにされた。MRSA菌血症についても同様の知見が得られている。任意の時点において、米国民の約1.5%にMRSA定着が認められる。とは言え、対処を要するMRSA感染が実際に発生するのはそのうちごくわずかにしか過ぎない。MRSA定着患者のうち感染を発症するのがごく少数にとどまる理由はまだよく分かっていないが、宿主の免疫能や、鼻腔内の細菌叢において細胞同士が相互に及ぼし合う影響などが一役買っていると考えられている。

教訓 MRSA定着はMSSA定着よりも院内感染を10倍起こしやすいことが知られています。MRSA定着は術後MRSA感染症の危険因子です。
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MRSAの定着と院内感染~疫学 [critical care]

Methicillin-resistant Staphylococcus Aureus Colonization, Its Relationship to Nosocomial Infection, and Efficacy of Control Methods

Anesthesiology 2010年12月号より

健康な人であっても例外なく口腔内におよそ100-200種類もの細菌が定着している。今までに同定された細菌の種類は700種以上にのぼる。宿主と細菌の関係は相利共生であることが多く宿主には何の影響もないのだが、周術期の患者においては重大な結果を招くことがある。βラクタム耐性菌が増えるにつれ、細菌定着が感染の危険因子として注目されるようになってきた。本レビューでは、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)関連院内感染、特に周術期の感染の疫学について紹介し、MRSAの定着と伝播を抑えるための方法について論ずる。

MRSA感染症の疫学と概要

院内感染は合併症発生率および死亡率を大きく上昇させる一因であるとともに、医療費の著しい高騰にもつながっている。2002年の院内感染による死亡者数は10万人に達し、ほかのどんな疾患による死亡者数をも凌駕している。院内感染の主な起因菌には色々あるが、黄色ブドウ球菌が中でも最も頻度が高い(30%)。院内感染起因菌の種類は昔からあまり変わっていないが、抗菌薬に対する感受性は以前とは異なり、いくつもの耐性菌が出現している。全国院内感染監視システム(National Nosocomial Infections Surveillance; NNIS)のデータによると院内感染症例における各耐性菌の検出率は、バンコマイシン耐性腸球菌が27.5%、MRSAが57%、キノロン耐性緑膿菌が33%であり、それぞれ5年間で11%、13%、37%増加した。中でも、2002年にICUで発生した院内感染のうち起因菌がMRSAである症例は55%を占め、5年前より13%増加した。

MRSAは病院内だけでなく病院外でも見つかる機会が増えている(fig. 1)。今や、救急外受診者の皮膚・軟部組織感染症の起因菌として最も多いのがMRSAである。そして、院内、市中に関わらず全身性(侵襲性)感染症の起因菌としてもMRSAが主要な位置を占めるようになっている。MRSAの発生件数をfigure 2に示した。CDCによれば2005年に発生した全身感染症94000例がMRSAのみによるものであり、発生頻度は10万人あたり31.8件で、18600名が死亡したとのことである。

MRSAによる感染症の様相は多彩である。MRSAは院内肺炎、手術部位感染および血流感染の原因菌として首位の座を常に争っている。また、院内発症の菌血症の10-20%がMRSAによるものである。従来、手術部位感染の最多起因菌は黄色ブドウ球菌はであったが、現在ではMRSAのような耐性菌に取って代わられつつある。

MRSA感染症が発生すると、MSSAによる感染と比べ死亡率が上昇し、入院期間が延長し、医療費も増加する。メチシリン耐性の有無は、感染症の予後を左右する独立した重要な因子なのである。MRSA菌血症患者の死亡率は、MSSA菌血症患者の死亡率の1.78-3倍も高い。同様に、黄色ブドウ球菌による手術部位感染患者を対象とした別の研究では、メチシリン耐性菌感染によるそれ自体の独立した影響が調査され、死亡率は3倍に上昇し、入院中の医療費は感染が一回起こるごとに1400米ドル増加することが示されている(2000年)。メチシリン耐性菌発生の危険因子は以下の通りである:年齢、長期入院、抗菌薬使用の既往、尿道カテーテル留置、経鼻胃管留置および手術既往。感染症領域においてMRSAが様々な方面にその勢力を増していることから、MRSA感染が起こるリスクのある患者を同定することに注目が集まってきている。

教訓 MRSAをはじめとする耐性菌による手術部位感染が増えています。院内発症の菌血症の10-20%がMRSAによるものです。
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集中治療文献レビュー 2010年12月② [critical care]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年12月号より

Survival Differences Following Lung Transplantation Among US Transplant Centers. JAMA 2010; 304:53-60

肺移植をうけた患者の3年生存率を調べてみると、単一施設からの報告では75%もの高い生存率が示されている。施設によって肺移植の生存率には差があり、医療の質に開きがあると考えられている。生存率の差が生ずる原因を理解することによって、全ての肺移植患者の受ける医療の質と転帰を改善するヒントが得られる可能性がある。

本研究は米国に所在する61か所の肺移植実施施設で1987年から2009までのあいだに行われた成人肺移植症例15642例を対象とした遡及的研究である。大半が、肺移植を年間10-25例(39.3%)または25-50例(49.5%)実施している施設で行われた症例である。全対象患者における生存期間中央値は4.9年、1年生存率、3年生存率および5年生存率はそれぞれ79.7%、63.0%、49.5%であった。レシピエント、ドナー、術式などの特性の違いによって調整してもなお、施設間で生存率に有意差(P<0.001)があることが分かった。年間実施件数が多いほど生存期間が長いという相関が認められた。しかし、年間実施件数が少ない施設でも、転帰は良好であった。

解説
本研究では、肺移植レシピエントが受ける医療の質に差があり、その差は実施件数の差だけでは説明できないということが分かった。むしろ、一部の施設において肺移植後の生存率が良好であるのは、部分的には肺移植後の死亡率に施設間でばらつきがあるせいであると考えられる。成績の良い施設でのやり方を、他のあらゆる肺移植センターにおける医療の質を改善するための参考とすべきである。

Risk factors for ischaemic and intracerebral haemorrhagic stroke in 22 countries (the INTERSTROKE study): a case-control study. Lancet 2010; 376:112-23

国民所得が中位以下の国々では脳血管障害の死亡率が高いが(85%以上)、こういった地域に特有の危険因子は明らかにされていない。INTERSTROKEは、国際多施設症例対照研究であり、全所得階層の国々において脳血管障害に関わる従来の危険因子および最近増えている危険因子を明らかにすることを目的に行われた。本論文では、このような大規模研究が現実的に可能であることを裏付けるデータが示された。

本研究には22ヶ国に所在する84施設が参加した。初回の脳血管障害で症状発現から5日以内に入院し、入院から72時間以内であり、1週間以内にCTまたはMRIを実施する予定となった患者を対象とした。可能であれば、院内または地域内で脳血管障害の既往がなく、年齢、性別および人種が同じ対照患者を設定した。

第一相において、脳血管障害患者3000例と対照患者3000例が得られた。患者の内訳は、虚血性脳血管障害が78%、出血性脳血管障害が22%であった。脳血管障害のリスクがもっとも高かったのは、高血圧患者であった。高血圧患者では、脳血管障害の中でもとりわけ脳出血のリスクが高かった。喫煙も脳血管障害リスクの増大と関連していた。一日あたりの喫煙本数が多いほどリスクが大きかった。

解説
この世界規模の症例対照研究によって、脳血管障害のリスクの90%を網羅する主要リスクが明らかになった。高血圧、喫煙、ウエスト/ヒップ比、食事、アルコール摂取などが、脳血管障害の主なリスクである。血圧の管理、禁煙、運動および健康的な食事の指導は、簡単で有効な脳血管障害リスク低減対策となり得る。

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集中治療文献レビュー 2010年12月① [critical care]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年12月号より

Compression-Only CPR or Standard CPR in Out-of-Hospital Cardiac Arrest. N Engl J Med 2010; 363:434-442

心停止患者では胸骨圧迫のみのCPRが有用であることを示す文献が、最近になって複数発表されている。小規模または遡及的研究では、従来のCPRと胸骨圧迫のみのCPRは同等の有効性を発揮するという結果が得られている。

本研究はスウェーデンで行われた前向き無作為化試験であり、心停止患者を対象とし30日後生存率について胸骨圧迫のみのCPR(620名)と従来のCPR(656名)の比較が行われた。救急隊到着までの蘇生法を(胸骨圧迫のみのCPRまたは従来のCPRのいずれか)、救急者要請時に救急出動指令者が指示した。出動指令者には胸骨圧迫のみおよび従来法の両方のCPRの詳しい実施法を書面で伝えた。ただし、必要があれば救急要請者に対する個別の指示に変更を加えてもよいこととした。

対象患者の過半(67%)が男性で、平均年齢層は67-68歳であった。心停止発生場所として最も多かったのは自宅であった(76%)。胸骨圧迫のみのCPRと従来のCPRを比較したところ、一日後生存率(24.0% vs 20.9%)および30日後生存率(8.7% vs 7.0%)に差は認められなかった。年齢、救急隊到着までの時間、当初の心調律などによって分類した色々なサブグループについての解析でも、胸骨圧迫のみのCPRと従来のCPRのあいだに有意差はなかった。

解説
この前向き無作為化試験では、目撃者のある院外心停止症例に対し救急隊到着までに胸骨圧迫のみのCPRを行った場合と従来のCPRを行った場合とで30日後生存率に差がないことが分かった。胸骨圧迫のみのCPRは簡単に指導できるため、目撃者のある院外心停止症例では、救急要請の電話をかけてきた一般市民が救急隊到着までに実施する蘇生法として胸骨圧迫のみのCPRが推奨される可能性がある。

CPR with Chest Compression Alone or with Rescue Breathing. N Engl J Med 2010; 363:423-433

院外心停止症例では、直ちにCPRを開始することによって生存率や長期転帰が改善する可能性がある。最近、胸骨圧迫のみのCPRであれば、人工呼吸を行わない分、心停止の現場に居合わせた人や目撃者にとっても負担が少ないであろうということで、人工呼吸を組み合わせた従来のCPRよりも胸骨圧迫のみのCPRを推奨する機運が生まれている。

本研究は米国で行われた多施設前向き無作為化試験(Dispatcher-assisted Resuscitation Trial [DART])である。救急出動指令者の指示により要請者が胸骨圧迫のみのCPR(981名)または人工呼吸を行う従来のCPR(960名)を行い、その効果を比較した。スウェーデンで行われた研究と同様に、成人の心停止を目撃して911通報(日本の119番通報)した一般市民にCPRを行うよう指示し、同意が得られれば救急出動指令者がどちらか一方のCPR法の実施法を口頭で伝えた。全患者について生存退院の有無を調査した。

対象患者の過半(66%)が男性で、救急隊到着までの平均時間は約6分であった。生存退院した患者の割合は胸骨圧迫のみのCPRと人工呼吸を行う従来のCPRとで同等であった(14.4% vs 11.5%)。心原性心停止患者では、胸骨圧迫のみのCPRの方が人工呼吸を行う従来のCPRと比べ、生存率(15.5% vs 12.3%)および神経学的所見が良好な患者の割合(18.9% vs 12.3%)が高い傾向が認められた。しかし、非心原性心停止患者ではいずれも同等であった。

解説
人工呼吸を行わないCPR法は、心停止の現場に居合わせた一般市民にとって抵抗が少ないと考えられる。この米国で行われた研究では、救急出動指令者の指示の下で、心停止患者が人工呼吸なしのCPRまたは人工呼吸ありのCPRのいずれかに無作為に割り当てられ、生存退院率に有意差がないという結果が得られた。本研究で得られた知見は、心停止患者の転帰改善をかなえるには胸骨圧迫のみのCPRを行うべきであるという意見をさらに裏付けるものである。

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麻酔文献レビュー 2010年12月② [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年12月号より

Hospital Complication Rates With Bariatric Surgery in Michigan. JAMA 2010; 304:435-42

病的肥満治療を目的とする減量手術は、米国で行われる手術のうち二番目に多い術式であるが、病院によって安全性や転帰に差があるのではないかという懸念が未だに払拭されていない。ミシガン減量手術共同研究(MSBC)は、医療費支払い組織(保険会社や政府)の資金提供を受けて行われている医療改善プログラムの一つであり、外部監査の下で臨床転帰の前向き登録を行い、安全性や転帰のばらつきの有無を検証している。

今回行った遡及的研究は、MSBC登録システムに参加している25か所の病院で得られたデータを利用し、3年のあいだに減少手術を受けた患者(15275名)の臨床転帰を評価した。術式、執刀医および病院特性によって臨床転帰に差があるかどうかも併せて検証した。

腹腔鏡下に締め具合の調節が可能なバンドを胃に装着する手術を受けた患者は、基準時点におけるリスクおよびBMIが低く、基礎疾患の合併が少なかった。全体では、7.3%に周術期合併症が認められた。致死的合併症(3.1%)、死亡(0.14%)および回復不能の後遺症を起こした合併症(0.33%)は、袖状胃部分切除もしくは腹腔鏡下調節可能胃バンド装着術を受けた患者と比べ、胃バイパス手術を受けた患者において発生頻度がもっとも高かった。手術部位合併症(8.7%)および手術部位感染(4.4%)も、胃バイパス術群で発生頻度がもっとも高かった。胃バイパス手術を受けた患者では、袖状胃部分切除を受けた患者と比べ再手術率が高かった(2.5% vs 0.59%)。また、胃バイパス手術を受けた患者は袖状胃部分切除を受けた患者より、再入院率および救急外来受診率がともに高かった。

重度合併症の発生頻度は大半の病院で2%~3%であった。年間の減量手術実施件数が多いほど重度合併症発生頻度が低い傾向が認められた。年間実施件数の少ない病院に在籍する執刀件数の少ない外科医の行った減量手術は、年間実施件数の多い病院に在籍する執刀件数の多い外科医が行った減量手術と比べ、重度合併症の発生率が概ね2倍に達した(4.0% vs 1.9%)。一方、拠点病院(COE; centers of excellence)に認定されている病院とそうでない病院とを比べてみても、重度合併症発生率には差は認められなかった。

解説
本研究では、減量手術を受けた患者の7%に周術期合併症が発生し、その大半が生命に関わるような重大なものではなく創部合併症であることが明らかになった。胃バイパスを受けた患者では、他の術式を受けた患者と比べ合併症発生率が最も高かった。重度合併症の発生頻度は、病院および外科医の実施件数と逆相関を示した。

A Systematic Quantitative Assessment of Risks Associated With Poor Communication in Surgical Care. Arch Surg. 2010;145(6):582-588.

米国の病院では、回避可能な有害事象によって多くの命が失われている。主要な原因の一つとして、意思疎通の失調が挙げられ、特に手術患者に関する意思疎通がうまくいかないと深刻な事態を招くおそれがある。本研究は、手術患者に関する意思疎通の全体像を明らかにした史上初の調査である。

体系的な定量評価法である医療版FMEA(healthcare failure mode and effect analysis[HFMEA]; 医療ミスの種類とその影響の解析手法)を情報伝達と意思疎通プロセスに適用し、手術患者において起こりうる問題を評価した。一か所の教育病院においてHFMEAを導入し、複数の外科医、麻酔科医、看護師および心理学者一名からなる他職種チームについての調査を行った。この他職種チームに対してはHFMEAの手順について予め説明した。そして、術前、術中および術後のそれぞれの時点における意思疎通プロセスの調査を実施した。次に、この三つの時点一つ一つを四つに区切り起こりうるミスの種類を同定した。消化管の予定大手術を受ける10名の患者を対象として独立した観測調査を行い、起こりうるあらゆる種類のミスの検証を行った。

全体で132例のミスが見つかった。そのうち31.3%が高リスクのミスであった。高リスクのミスのうち26件は現行のプロトコルを守っていれば起こらないはずのものであった。しかし、それ以外のミスの分析では、プロトコル逸脱とは異なる22種類の原因があることが分かった。術前期においては、記憶違い、知識不足、不明瞭な責任範囲および上下関係/権限の差が情報伝達の問題を引き起こしていた。患者10名の追跡期間中に、39件のミスがあった。内訳は、医療従事者間の意思疎通ミス(13件)、与薬または処方ミス(11件)、血栓予防法実施ミス(8件)、基礎疾患に対する対応のミス(2件)、患者評価に関するミス(5件)であった。ミスを減らす対策として、術前チェックリストの活用、患者ケアを構成する各要素についての各成員の役割と責任の明確化、自動警告機能を搭載した電子情報伝達システムの活用および多職種チームの病棟回診による患者の包括的評価・管理などが有効であるとされている。

解説
手術にはリスクがつきものである。中でもとりわけ、意思疎通がうまくいかないことによるミスが起こりがちである。HFMEAは、医療におけるいろいろなプロセスの評価を行い、ミスを極力減らすのに有用な手法である。本研究で得られたデータによれば、HFMEAの導入によって手術患者の転帰不良症例が減り、特にミスによる転帰悪化を防ぐことができる。

Endovascular Repair of Aortic Aneurysm in Patients Physically Ineligible for Open Repair. N Engl J Med 2010; 362:1872-80

EVAR2(endovasucular aneurysm repair 2)試験では、腹部大動脈瘤血管内治療によって大動脈瘤破裂による死亡リスクが減少し余命が延長するかどうかが検証された。すでに公表された短期転帰についての報告によれば、死亡リスク減少もしくは余命延長効果はないという結果が得られているが、何らかの有益性の有無を明らかにするには、長期間の追跡調査を行う必要がある。ここに紹介した論文では、腹部大動脈瘤に対する開腹手術が身体的要因により適応がないとされた患者における長期(~10年)転帰が報告されている。

EVAR2は無作為化試験で、英国に所在する33ヶ所の病院で行われた。対象は、直径5.5cm以上の腹部大動脈瘤があり開腹手術の適応がない60歳以上の患者である。対象患者を、血管内治療群(197名)または無治療群(207名)のいずれかに無作為に割り当てた。

平均年齢は76.8歳、大動脈瘤径の平均は6.7cmであった。血管内治療を受けた患者の100人年あたりの死亡率は3.6%で、無治療群では7.3%であった。

解説
この研究の対象となった患者集団では、腹部大動脈瘤に対する血管内治療を行うと、大動脈瘤関連死亡率が無治療の場合より低下することが分かった。しかし、全死因死亡率および割り当て通りに治療が行われた症例のみの死亡率を比べると、EVAR群と無治療群のあいだに差は認められなかった。全死因死亡率には大動脈瘤以外の原因による死亡が関わっている。大動脈瘤関連死亡率が低下したといっても、全死因死亡率に影響を与えるほどではなかったということである。

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麻酔文献レビュー 2010年12月① [anesthesiology]

Anesthesia Literature Review

Anesthesiology 2010年12月号より

Autologous Blood Transfusion During Emergency Trauma Operations. Arch Surg. 2010;145(7):690-694.

出血性ショック患者では同種血液製剤の投与が不可避なことがある。同種血輸血には色々な合併症があり、供給不足のため必要量の輸血が困難なこともままあり、製造コストが高いため費用が嵩む。外傷患者の管理において、術中回収式(cell salvage; CS)自己血輸血は費用節減につながる選択肢の一つとなり得ると考えられる。

単一のレベル1外傷センターに収容された患者を対象に遡及的コホート研究を実施し、同種血輸血のみが行われた患者と、同種血輸血に加え術中回収式自己血輸血が行われた患者の転帰を比較した。外傷センター収容6時間後までに開腹、開胸または整形外科手術を受け、術中回収式自己血輸血が行われた患者を対象とした。外傷手術が行われたものの術中回収式自己血輸血は行われた患者コホートを、この対象患者とマッチングした。

2年間に76名の外傷患者に術中回収式自己血輸血が行われた。そのうち47名について、年齢、性別、受傷機転、ISS、術式が同じで、術中回収式自己血輸血が行われなかった患者が見つかった。術中回収式自己血輸血実施群の方が術中回収式自己血輸血非実施群と比べ、術中平均出血量が有意に多かった(1795mL vs 978mL; P<0.001)。入院期間(18日vs 20日)およびICU在室日数(8日vs 8日)は同等であった。一方、術中回収式自己血輸血実施群の方が血液製剤投与に関わる費用が少なかった(1616米ドルvs 2584米ドル;P=0.004)。死亡率は同等であった(13% vs 21%; P=0.56)。

解説
回収式自己血輸血は、同種他家血輸血を減らすのに役立つ方法である。外傷患者を対象としたこの研究では、濃厚赤血球製剤やその他の血液製剤のみを投与するよりも、回収式赤血球輸血を利用する方がコストがかからないという結果が得られた。合併症について、回収式自己血輸血と同種他家血輸血とを比較検討する研究をさらに行う必要がある。

Preoperative Hypoalbuminemia is an Independent Risk Factor for the Development of Surgical Site Infection Following Gastrointestinal Surgery: A Multi-Institutional Study. Ann Surg 2010; 252:325-9

手術部位感染(SSI)は院内感染の16%~18%を占め、総医療費の約18億米ドルを費やす結果となっている。SSIの危険因子として色々な要因が同定されているが、その一つが低栄養である。低アルブミン血症は様々な術後合併症の原因となり得ることが明らかにされているが、SSIとの関係に絞って検討した研究は数少ない。

四か所の異なる施設で行われた消化管手術症例(524例)について、SSIデータベースおよび診療録を用いて遡及的研究を行った。

年齢中央値は66歳、約半数が男性であった。大半(78.2%)がASA PS1または2であった。全体で20%の患者にSSIが発生した。そのうち65.7%が切開部表層、28.6%が切開部深層、5.7%が手術対象臓器の感染であった。年齢、性別、術式、麻酔法および手術時間(3時間以内の場合のみ)は、いずれもSSIとの相関を示さなかった。だが、ASA PS3であると1や2の場合と比べSSIの発生頻度が有意に上昇することが分かった(P=0.03)。緊急(vs 予定)手術および開腹(vs 腹腔鏡)手術もSSI発生頻度の上昇要因であった(それぞれP=0.003、P=0.004)。低アルブミン血症(30mg/dL未満)はSSIの独立した危険因子であることが分かった(RR=5.68)。切開部位表層感染症例の46.4%、切開部位深部感染症例の83.3%、手術対象臓器感染症例の80%を、血清アルブミン濃度30mg/dL未満の症例が占めた。

解説
手術部位感染は主要な術後合併症である。手術部位感染の危険因子は緊急手術、長時間手術および基礎疾患などである。本研究で、低アルブミン血症によって創部感染のリスクが増大することが明らかになった。低アルブミン血症の患者では、創部感染の予防に特段の注意を払うべきである。

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外傷とトラネキサム酸~考察② [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

トラネキサム酸は受傷8時間後までに初回分を投与し、引き続き8時間の持続投与を行った。受傷後早期かつ短期間の投与にしたのは、出血死は大半が受傷当日に発生するという事実と、トラネキサム酸が出血量減少に寄与するという推測による。一般的に、受傷翌日以降は出血死のリスクは低くなるが、血管閉塞による合併症のリスクは受傷翌日以降も変わらない。したがって、トラネキサム酸が受傷後早期の出血リスク低減に寄与し、血管閉塞による合併症のリスク増大にはつながらないように、投与を受傷後早期のみに限ることにした。血管閉塞による致死的合併症および非致死的合併症はいずれもトラネキサム酸によって増えないことが本試験では示され、我々の採用したトラネキサム酸投与法が安全であることが確認された。受傷からトラネキサム酸投与開始までの時間の差によっては、トラネキサム酸の全死因死亡率に対する影響はそれほど大きく変わらないという結果が本研究では得られたが、投与開始は早ければ早いほど効果が大きい可能性があるという意見もある。しかし、投与開始を早くしても効果の大きさは変わらないとしても、外傷による出血死の大半が受傷後数時間以内に発生するのは事実なので、できる限り早く治療を開始するためにあらゆる努力をはらうべきである。

本研究ではトラネキサム酸の投与量を設定するに当たり、初回投与量2.5mg/kg~100mg/kg、その後1~12時間の持続投与0.25mg/kg/hr~4mg/kg/hrを行う手術患者を対象とした研究を参考にした。トラネキサム酸の投与量と出血量および輸血量を調べた研究によれば、高用量と低用量とのあいだで有意差はないことが明らかになった。心臓手術症例を対象としたトラネキサム酸の研究では、初回投与10mg/kg、その後の持続投与1mg/kg/hrとしたところ、線溶を抑制するのに十分な血漿濃度が得られ、それ以上投与量を増やしても止血効果が増強するわけではないということが明らかにされている。救急の現場では、決まった一定の量を投与することにしておくのが実用的である。重症外傷患者ではたいていの場合、体重がよく分からないからである。したがって、本研究では線溶を抑制し止血効果を得られ、体重の多い患者(>100kg)においてもちゃんと効果が得られ、なおかつ体重の少ない患者(<50kg)においても安全であると考えられる一定量(1g)を初回投与量とした。過去に行われた手術患者を対象とした諸研究でも体重の少ない患者に体重あたりに換算すると同程度の量のトラネキサム酸が投与され、有害事象は認められていない。トラネキサム酸の投与量をもっと増やせば治療効果もその分大きくなるという可能性はあるが、その点については今後の課題であり、さらに研究を重ねて検証する必要がある。

トラネキサム酸を投与すると外傷による出血死のリスクが低減するという知見が得られたことにより、外傷以外の状況における死亡や重大な後遺症につながりかねない出血にもトラネキサム酸が効果を発揮する可能性が示唆されよう。外傷性脳傷害では頭蓋内出血が伴うことが多く、入院後に発生または悪化する場合もある。外傷による頭蓋内出血は、死亡や後遺症のリスク増大につながる。頭蓋内出血によるリスク増大には部位は関係なく、出血部位の大きさが転帰と強く相関する。他に傷害のない外傷性脳傷害の頭蓋内出血がトラネキサム酸によって減るのであれば、転帰の改善に寄与する可能性がある。トラネキサム酸が頭蓋内出血に及ぼす影響を評価する研究を実施する必要がある。

出血がある場合は、それが外傷に起因するものではなくても、トラネキサム酸が役に立つ可能性がある。分娩後出血は母体死亡の主因であり、毎年およそ10万人が分娩後出血で死んでいる。トラネキサム酸が分娩後出血を減らすという報告はあるものの、現在までに行われたいずれの試験も質が劣悪で、意義のある重大なエンドポイントを設定してトラネキサム酸の効果を評価した大規模試験は一編もない。現在、分娩後出血患者においてトラネキサム酸が死亡および子宮全摘リスクに及ぼす影響を評価する大規模試験が進行中である。

まとめ

トラネキサム酸はいろいろな状況で使用される薬剤である。出血を呈する外傷患者にトラネキサム酸を投与すると安全に死亡リスクを低減することができることが、本研究によって明らかになった。あらゆる国や地域において、外傷患者の診療を行うすべての医師が、トラネキサム酸を使用できるようにしなければならない。そして、WHOの必須医薬品リスト(List of Essential Medicines)へのトラネキサム酸の収載を検討すべきである。本研究で得られた結果を踏まえ、出血を呈する外傷患者にはトラネキサム酸の使用を考慮すべきである。

教訓 トラネキサム酸の至適投与量は、今後の検討課題です。
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外傷とトラネキサム酸~考察① [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

考察

臨床的に問題となるような出血を呈するか、もしくはそのリスクがある外傷患者にトラネキサム酸を投与すると出血死のリスクが減少し、しかも血管閉塞による致死的または非致死的合併症の有意なリスク増大は認められないという結果が得られた。全死因死亡率もトラネキサム酸投与により有意に低下することが分かった。

本試験の患者登録基準は、検査所見ではなく臨床所見から構成されている。低血圧や頻脈が認められ速やかな対処を要する出血が現に存在すると判断されるか、出血はあるが代償機転がはたらきバイタルサインは見た目安定していたり、一旦止血されたものの輸液蘇生後に再出血するおそれがあると考えられたりする患者を本研究の対象とした。外傷による出血という場面では臨床所見を登録基準とするのが理に適っている。外傷症例では、出血の有無を診断するのに、輸液をはじめとする治療の影響を考慮しつつ、色々な臨床徴候を評価する必要があるからだ。このように臨床所見を登録基準としたことに加え、異なる様々な医療施設に収容された多数の患者が対象となったことで、広く敷衍することができる結果が得られたと考えられる。

本研究には強みも弱点もある。しっかりした無作為化を行い、担当医が割り当て薬剤を知ることがないようにした。基準時点における予後予測因子がバランスよく両群に配分されるようにした。本研究ではITT解析を行ったのだが、ほぼ全ての患者の追跡を行うことができたため脱落患者のデータに関して推定データ補完法を用いる必要がなかった。主要エンドポイントの全死因死亡率は、トラネキサム酸によって低下することが分かった。この低下は、統計学的に有意であるとともに臨床的にも意義がある。外傷による出血は時に診断が困難であるため、対象患者の一部は無作為化割り当て時点までの経過中に出血していなかったかもしれない。このような誤診があったとすれば、この試験の検出力は低下し、トラネキサム酸が出血による死亡率に及ぼす効果を示し難くなる。それにもかかわらず、本研究ではトラネキサム酸投与によって出血死が有意に減ることを示すことができた。トラネキサム酸を使用しても血管閉塞による致死的ではない合併症のリスクは増大しないことが分かったが、この解析結果の精度は低いため、トラネキサム酸によって血管閉塞による合併症リスク増大の可能性を否定することはできない。臨床試験における転帰評価においては、診断の感度が低くても擬陽性がほとんどなければ(特異度が高ければ)、得られた相対危険度にはバイアスがないものとみなされる。したがって、血管閉塞による非致死的合併症の診断は特異度が高くなければならないと考え、臨床的に明白な診断根拠がある場合のみ記録することにした。そのため、血管閉塞による非致死的合併症の実際の発生頻度はもっと高かったかもしれない。その代わり、本研究で得られた相対危険度にはバイアスの影響がないと考えられる。

本研究の弱点の一つは、外傷で出血を呈する患者の死亡リスクをトラネキサム酸が低下させる機序の解明につながる知見がほとんど得られていないことである。重症外傷患者では、受傷後早期に凝固能異常が発生することが珍しくない。凝固能異常は外傷症例の死亡率を押し上げる主因の一つである。最近の研究では、外傷患者における凝固能異常の一部として線溶亢進が認められることが多いとされている。このため、トラネキサム酸のような抗線溶薬が効果を発揮する可能性があると考えられる。トラネキサム酸を静注すると、ただちに抗線溶効果が得られる(4時間以内)。抗線溶薬には期待が持てそうではあるが、本研究では抗線溶活性を測定していないので、トラネキサム酸によって出血死のリスクが低下したのが、線溶を抑制したことによるものなのか、それ以外の機序によるものなのかという問題について結論を得ることはできない。出血を呈する外傷患者におけるトラネキサム酸の作用機序については、さらに研究を重ねて解明する必要がある。外傷患者では出血量を測定するのは困難である。出血量の大半は受傷現場で発生し、病院到着後は胸腔内、腹腔内、骨盤腔内、軟部組織内などの出血のように、目に見えない出血であることが多く測定が難しい。本研究では、外傷患者にトラネキサム酸を投与しても、輸血実施率や輸血量は減らないという結果が得られた。この知見は、外傷患者において輸血の要否を判断する際に出血量を正確に予測することが困難であることを反映している。輸血実施率や輸血量に差が認められなかったもう一つの理由として考えられるのは、トラネキサム酸は初回投与後に8時間かけて持続投与したが、輸血の要否判断は入院直後に行われるという事情である。また、トラネキサム酸群では偽薬群よりも死亡者数が少なかったため、トラネキサム酸によって生存者が増えた分に応じて輸血が行われる機会も増えたという可能性もある(競合リスク)。

教訓 本研究では抗線溶活性を測定していないので、トラネキサム酸によって出血死のリスクが低下したのが、線溶を抑制したことによるものなのか、それ以外の機序によるものなのかは分かりません。
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外傷とトラネキサム酸~結果 [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

結果

研究の全体像をFigure 1に示した。計20211名の患者をトラネキサム酸群または偽薬群に無作為に割り当てた。無作為化割り当て後に参加同意を取り消した患者4名は、研究対象から除外した。登録後に16歳未満であることが判明した患者が5名存在した。年齢が不明であった患者が4名存在した。23名は受傷8時間以降に登録された。11名は受傷時間が不明であった。外傷以外の原因による出血を来した患者が9名存在した。3名に、割り当てられた試験薬剤と異なる試験薬剤が投与された。34名については、同意取得の手順に遺漏があった。当該施設の倫理委員会にその旨通達し、この34名のデータの使用許可を得た。同意を取り消した4名を除いた全ての患者を解析対象とした。

基準時点の患者特性のすべての項目について、トラネキサム酸群と偽薬群のあいだに有意差はなかった(table 1)。主要転帰データは無作為化割り当ての対象となった患者20211名中99.6%に当たる20127名(トラネキサム酸群10060名、偽薬群10067名)について得られた。そのうち19944名(99.6%)には初回投与が規定通り行われ、引き続く8時間の持続投与は18965名(94.2%)に行われた。3076名(15.3%)が死亡し、そのうち1086名(35.3%)は無作為化割り当て当日に死亡した(figure 2)。出血による死亡は1063例であり、そのうち637例(59.9%)は無作為化割り当て当日の死亡であった。

全死因死亡率は、トラネキサム酸群の方が有意に低かった(table 2)。トラネキサム酸群における死亡の相対危険度は0.91であった(95%CI 0.85-0.97, p=0.0035; table 2)。トラネキサム酸群では出血死のリスクが有意に低かった(table 2)。無作為化割り当て当日だけに限ってみても、出血死リスクの有意な低下が認められた(トラネキサム酸群282名[2.8%] vs 偽薬群355名[3.5%]; RR 0.80, 95%CI 0.68-0.93, p=0.0036)。血管閉塞による死亡例は、トラネキサム酸群33例(0.3%)、偽薬群48名(0.5%)であった(table 2)。内訳は、心筋梗塞7名vs 22名、脳梗塞8名vs 5名、肺塞栓18名vs 21名であった。多臓器不全、頭部外傷、その他の原因による死亡については、いずれもトラネキサム酸群と偽薬群のあいだに有意差は認められなかった(table 2)。

血管閉塞による合併症(致死的であるかないかを問わない)の発生率には有意差はなかった。血管閉塞による合併症(心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓、深部静脈血栓症)のいずれかを発症した患者は、トラネキサム酸群168名(1.7%)、偽薬群201名(2.0%)であった(table 3)。

トラネキサム酸群5067名(50.4%)、偽薬群5160名(51.3%)に輸血が行われた(table 3)。トラネキサム酸群で輸血された患者における平均輸血単位数は6.06単位(SD 9.98)、偽薬群では平均6.29単位(SD 10.31)であった。何らかの手術(脳神経外科手術、胸部手術、腹部手術または骨盤内手術)を受けた患者数は、トラネキサム酸群4814名(47.9%)、偽薬群4836名(48.0%)であった(table 3)。遺伝子組み換え活性化第Ⅶ因子を投与された患者は17名にとどまった(トラネキサム酸群13名、偽薬群4名)。両群13名ずつに消化管出血が発生した(p=0.99)。

退院時または第28日時点において死亡もしくは要介護状態であったのは、トラネキサム酸群3453名(34.3%)、偽薬群3562名(35.4%)であった(RR 0.97, 95%CI, 0.93-1.00; p=0.12)。退院時または第28日時点において無症状であったのは、トラネキサム酸群1483名(14.7%)、偽薬群1334名(13.3%)であった(table 3)。全体で1846名が第28日時点に至っても入院中であった(トラネキサム酸群958名vs偽薬群888名)。

患者特性によってトラネキサム酸の効果に偏りがあることを示すはっきりした根拠(p<0.001)がない限り、患者全体の解析で得られた相対危険度が最も優れた指標であり、各サブグループにおける相対危険度を概ね反映すると前もって想定した。解析の結果、予め設定した以下のいずれのサブグループについても、トラネキサム酸の効果は同じように認められた:収縮期血圧(不均一性 p=0.51)、無作為化割り当て時点のGCS(p=0.50)、外傷の種類(p=0.37)、受傷から無作為化割り当てまでの時間(p=0.11)。以上の解析のうち受傷から無作為化割り当てまでの時間については、末端数字選考(末尾の数字をゼロや5に切り上げたり切り下げたりする好みによって生ずるバイアス)のため受傷後早期(1時間未満)の患者数が妙に少なかったため、正確なサブグループ解析を行うことができないと考えた。したがって事後的に、1時間未満というカテゴリを1時間以下と変更した(figure 3)。

経過中に緊急事態が発生し、割り当てられた薬剤が何かをその時点で明らかにしなければならないような症例はなかった。予期しない重篤な有害事象や割り当て薬剤に起因すると考えられる重篤な有害事象の発生例はなかった。

教訓 20211名が無作為化割り当ての対象となりました。全死因死亡率および出血による死亡率はともに、トラネキサム酸群の方が有意に低いという結果が得られました。血管閉塞による合併症の発生率には有意差は認められませんでした。
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外傷とトラネキサム酸~方法 [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

方法

CRASH-2(Clinical Randomisation of an Antifibrinolytic in Significant Haemorrhage 2)は、短期間のトラネキサム酸投与が外傷患者の死亡率、血管閉塞発生率および輸血量に及ぼす影響を評価する目的で行われた大規模偽薬対照比較試験である。本試験は40ヶ国274か所の病院で行われた。第一番目の患者登録は2005年5月である。本研究の目的、方法およびプロトコルについては既に発表済みである。プロトコルは査読の上2005年にThe Lancetのウェブサイト上に掲載された。

深刻な出血(収縮期血圧<90mmHg and/or心拍数>110bpm)が現に存在するかそのリスクがあると判断され、受傷後8時間以内の成人外傷患者を登録候補とした。トラネキサム酸を投与すべきかせざるべきか、担当医が判断に迷う患者を対象とした(つまり、不確定性原理に基づいて行った)。トラネキサム酸投与の適応が明らかにあると担当医が判断した症例は、無作為化割り当ての対象とはしなかった。同様に、トラネキサム酸が禁忌であると判断された症例も無作為化割り当ての対象とはしなかった。つまり、トラネキサム酸の適応があるのか、それとも禁忌なのか、担当医がよく分からずに迷った症例を無作為化割り当ての対象としたのである。

無作為化と盲検化

施設ごとの偏りが生じないようにブロック無作為化を行った。性別、年齢、受傷後経過時間、外傷の種類(鈍的外傷か貫通外傷か)、GCS、収縮期血圧、呼吸数、毛細血管再充満時間および国について偏りが生じないように最小化アルゴリズムを適用した。

トラネキサム酸と偽薬のアンプルはいずれも、全く同じで見分けがつかないようにした。トラネキサム酸はPharmacia社が製造したものを用い、偽薬はSt. Mary’s Pharmaceutical Unitが用意した。無作為化割り当て用の薬剤梱包は、独立した臨床試験サービス会社が担当した。無作為に抽出したアンプルについて高速液体クロマトグラフィを用いて検査し、盲検化とアンプルの番号が正しいことを確認した。

薬剤投与方法

トラネキサム酸は初期投与として10分かけて1gを投与し、引き続いて1gを8時間かけて持続静注した。偽薬には0.9%食塩水(生食)を使用した。各患者には一人一人に割り当てられた番号が記された箱が届いた。箱の中身は、トラネキサム酸500mgまたは生食の入ったアンプル4本、生食100mL1本、シリンジ、針、無作為化番号を記したシール(輸液バッグ、データ記録用紙およびカルテに貼付)および説明書とした。

転帰項目および予め設定したサブグループについての解析

主要転帰項目は、受傷4週後までの院内死亡とした。死因は以下のように分類した:出血、血管閉塞(心筋梗塞、脳梗塞および肺塞栓)、多臓器不全、頭部外傷、その他。二次転帰項目は、血管閉塞による合併症(心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓および深部静脈血栓)、手術(脳神経外科手術、胸部手術、腹部手術および骨盤内手術)、輸血の有無および血液製剤使用単位数とした。自立度については退院時または退院に至っていない場合は第28日に、修正オックスフォード機能障害分類を用いて評価した。この分類に従い機能障害の程度を、死亡、一日中全介護が必要、一部介護が必要、自立しているが日常生活にある程度の制限がある、何らかの軽い症状があるが日常生活に制限はない、無症状のいずれに当たるか評価した。遺伝子組み換え活性化第Ⅶ因子使用の有無および合併症としての消化管出血の有無についてもデータ収集の対象とした。割り当てた薬剤によって発生する可能性があると当初予測した合併症については転帰記録用紙に記載することになっていたため、予測した合併症以外の重篤な合併症で、割り当てられた薬剤に起因する疑いがあるものについては別途報告することにした。転帰の評価および記録は、患者退院時または無作為化後第28日のいずれか早い時点に実施した。

主要転帰項目についての効果は、基準時点における特性により4つのサブグループに分けて解析することにした:(1) 受傷後推定経過時間(1時間未満、1~3時間、3~8時間);(2) 収縮期血圧(75mmHg以下、76~89mmHg、90mmHg以上);(3) GCS (重症3~8点、中等症9~12点、軽症13~15点);(4) 外傷の種類(貫通外傷のみ、鈍的外傷[貫通外傷+鈍的外傷と鈍的外傷のみのいずれでも可])。

教訓 出血を呈する外傷患者を対象とした無作為化試験です。トラネキサム酸または生食を投与しました。トラネキサム酸は、はじめに1g/10min ボーラス、その後8時間かけて1gを持続静注しました。
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外傷とトラネキサム酸~はじめに [critical care]

Effects of tranexamic acid on death, vascular occlusive events, and blood transfusion in trauma patients with significant haemorrhage (CRASH-2): a randomised, placebo-controlled trial

The Lancet 2010年7月3日号より

各国で外傷は主要な死因である。毎年、世界中で100万人以上が交通事故で死亡している。交通事故による外傷は、世界全体の死因の第9位である。2020年までには交通外傷が死亡および身体障害の原因の第3位に上昇すると予測されている。個人間または集団の暴力や自傷行為による死亡者数は年間160万人にものぼる。外傷死の90%以上は国民所得が中~低レベルの国で発生している。外傷による院内死亡のおよそ三分の一では直接死因は出血である。それとともに出血は、外傷後の多臓器不全による死亡の一因でもある。

血管に高度の損傷が発生した場合、その原因が外傷であれ手術であれ、循環動態を維持するのに止血機構が役立っている。大手術および外傷も、同様に止血機構が活発に作用するが、大量出血が発生すれば凝固系は危機に瀕する。手術及び外傷はいろいろな生体反応を引き起こすがその一部に、凝血塊溶解(線溶)の亢進があり、時として病的に亢進することもある(線溶亢進)。線溶が正常な患者であっても亢進している患者であっても、手術時に抗線溶薬を投与すると出血症が減り、しかも術後合併症のリスクは増大しないことが明らかにされている。

トラネキサム酸はアミノ酸(リジン)の合成誘導体であり、プラスミノゲンのリジン結合部位を阻害することによって線溶を抑制する。予定手術症例におけるトラネキサム酸の無作為化試験についての体系的レビューでは、総計3836名を対象とした53編の研究が見つかった。トラネキサム酸投与によって輸血量は三割以上減少するが(相対危険度0.61, 95%CI 0.54-0.70)、死亡率については有意な低下は認められていない(相対危険度0.61,95%CI 0.32-1.12)。手術及び外傷に対する止血機構の反応は類似しているため、外傷患者にトラネキサム酸を投与すると死亡率が低下する可能性がある。しかし、今までのところ外傷患者を対象としたトラネキサム酸の無作為化試験は行われていない。受傷後早期にトラネキサム酸を短期間投与し、現に大量に出血していたり大量出血の危険性が高かったりする外傷患者の死亡率、血管閉塞発生率および輸血量に及ぶ影響を評価した。

教訓 線溶亢進の有無を問わず、手術時に抗線溶薬を投与すると出血症が減り、しかも術後合併症のリスクは増大しないことが明らかにされています。
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