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敗血症:治療の進歩と免疫異常のポイント③ [critical care]

Advances in the Management of Sepsis and the Understanding of Key Immunologic Defects

Anesthesiology 2011年12月号より

敗血症における宿主免疫反応についての現行の知見

未だに議論の多いところではあるものの、敗血症になると炎症促進反応と抗炎症反応が起こることや、そのいずれもが致死的感染発症すれば直ちに発生することについては合意が固まりつつある。敗血症発症後、間髪を入れず炎症促進反応と抗炎症反応がはじまるのであるが、一般的には炎症亢進状態が主体の時期が先に来る。炎症亢進の程度は、病原性、細菌量、宿主の遺伝要因や基礎疾患などのいくつかの要素によって決定される(fig. 1)。例えば、元来健康な若年成人の髄膜炎菌による菌血症では、サイトカインの嵐による激しい炎症亢進反応が引き起こされ、心血管系の虚脱、高熱および多臓器不全が見られる。発症後二、三日以内に死亡する場合は、サイトカインによる反応が制御を失いこうやって暴走することが原因である可能性が最も高い。一方、糖尿病があり維持透析中の高齢患者が肺炎から敗血症を発症した場合は、意識障害、低体温、耐糖能異常および低血圧による透析困難といった症状が主に見られ、敗血症らしい特有の症状は認められないことがある。このような症例では、敗血症による炎症亢進に伴う症候はあったとしてもわずかにしか現れず、代わりに抗炎症反応の症候が主体となる。

教訓 若くて元気な人が敗血症になると激しい炎症反応が見られますが、弱っている人の場合は抗炎症反応が主体になります。
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敗血症:治療の進歩と免疫異常のポイント② [critical care]

Advances in the Management of Sepsis and the Understanding of Key Immunologic Defects

Anesthesiology 2011年12月号より

病原体の認識をはじめとする細胞の受容体シグナル伝達経路の発見という画期的な出来事によって敗血症の理解が一層深化しただけでなく、驚くべき事実が明らかになった。自然免疫系を構成する細胞はToll様受容体(TLR)というパターン認識受容体を介して病原体を認識し、病原体に対する反応を引き起こす。TLRはグラム陽性菌、グラム陰性菌、真菌およびウイルスといった幅広い種類の病原体が共通して持つ分子の認識を担う、細胞パターン認識受容体ファミリーである。病原性のある抗原によってTLRが活性化されると、アダプタータンパクが集まり、次いで間髪入れず数多のプロテインキナーゼが活性化される。最終的に細胞のシグナル伝達によって炎症の制御に関わる遺伝子が発現し、炎症促進サイトカインおよび抗炎症サイトカインの産生が増える。当初は、こういった一連の動きに関わる受容体を阻害すれば、敗血症の症状を緩和できるのではないかと推測されていた。実際、TLRが遺伝的に欠損したマウスは、エンドトキシンを投与してもその致死的作用に対して目覚ましい抵抗性を発揮することが実験で明らかにされた。しかし、TLRノックアウトマウスやTLRが関与する経路の薬理学的阻害についての研究では、臨床で遭遇する症例により近い本物の細菌による敗血症モデルを用いると、対照マウスと比べTLR欠損または機能不全マウスの方が死亡率が高いことが明らかにされた。敗血症においてTLRを阻害すると悪い事態を招きうることを示したこのような研究は、TNF(マクロファージのTLRが活性化されると放出される重要な炎症促進サイトカイン)を阻害すると敗血症モデル動物の生存率が低下するという結果を得た研究と軌を一にするものである。例えば、MooreらはKlebsiella pneumoniaeを接種して作成した敗血症マウスを用い、TNF-αを阻害すると細菌除去能が低下し生存率が低下することを明らかにした。Rijneveldらは肺炎球菌肺炎による敗血症マウスモデルのTNFを阻害すると細菌の増殖が活発になり死亡率が上昇することを示した。これらと関連し、自己免疫疾患患者の治療に用いられるTNF阻害薬やIL-1阻害薬(例;関節リウマチ患者に投与されるエタネルセプト)が敗血症発症リスクを増大させることも分かっている。TLR4アンタゴニスト「エリトラン」(エーザイ)の敗血症治療薬としての第三相臨床試験が失敗に終わったことからも、細胞が病原体を認識・反応する作用を阻害することによって敗血症を治療するのは困難であることが強く印象づけられる。以上のようなTLR阻害についての各種研究から我々が学ぶべき重要事項は、体内に侵入した病原体を宿主が察知し反応するという一連の作用を阻害するという発想を展開するには慎重さが必要であるということである。TLRという受容体は、感染の発生を早期に警告し、速やかな対処を促すという目的のために存在している。場合によってはこの経路の機能を低下させることが好ましい結果を生むこともあるかもしれないが、そうであってもTLRの阻害は段階的に行うべきであり、おそらく免疫反応の初期段階が活性化されるのを待ってからでなければならないのであろう。

教訓 Toll様受容体(TLR)は病原体を認識し、病原体に対する反応を引き起こします。TLRはグラム陽性菌、グラム陰性菌、真菌およびウイルスといった幅広い種類の病原体が共通して持つ分子の認識を担う、細胞パターン認識受容体ファミリーです。TLRを阻害しても敗血症は治りません。
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敗血症:治療の進歩と免疫異常のポイント① [critical care]

Advances in the Management of Sepsis and the Understanding of Key Immunologic Defects

Anesthesiology 2011年12月号より

敗血症とは、重症感染によって引き起こされた全身性炎症反応である。敗血症によって臓器不全が発生した場合を、重症敗血症と言う。敗血症患者の全体像は往々にして非常に派手で、高熱、ショックおよび呼吸不全などを呈する。敗血症を炎症反応が亢進し制御不能になった状態と捉える説が長年にわたって大勢を占めてきたのは、このように仰々しい臨床像が見られることが一因である。Lewis Thomasは、敗血症による死亡や合併症の要因として最も重視すべきなのは微生物というよりも宿主反応であるという仮説を考え、敗血症が制御不能な炎症反応の結果として起こる病態であるという説を巷間に流布した。そして、以下のような推測を述べている。「微生物はあたかも我々に恨みを抱いているかのような振る舞いをしているごとくに見えるが、むしろ、そこに居合わせているだけなのだと言えよう。(中略)微生物に対する我々の反応こそが、敗血症を引き起こすのである。細菌を殲滅するために人間の体に備えられている兵器工場はとてつもない威力を持ち、外部からの侵入者よりも我々自身の方がこの兵器による攻撃という危険に曝されているのである。」TNFやIL-1をはじめとする数多の強力なサイトカインが発見され、こういったサイトカインが敗血症患者で増えていることや、動物に投与すると敗血症で見られるのと同様の臨床症候や検査値の異常を再現できることから、上記の説の信憑性が裏付けられ敗血症を「サイトカインの嵐」と捉える考え方が生まれた。敗血症の一部では(例えば髄膜炎菌血症)、循環血液中のTNF-α濃度が著しく上昇し、上昇幅が大きいほど死亡率が高いことが示されている。宿主体内で起こる「サイトカインの嵐」による反応が制御を失った炎症亢進状態と臓器不全を招くという理路を信じる製薬会社は、敗血症に関するいくつもの臨床試験(例; TNFやIL-1のアンタゴニストについての試験)に着手した。様々な抗炎症薬剤に関する25編を超える試験の結果は、いずれも有効性を裏付けるどころか、中にはかえって生存率が低下することを示したものもある。このような惨憺たる顛末を受けて、一部の研究者は敗血症の病態生理についての理解を根本的に見直す必要性を指摘するようになった。

研究者たちが、敗血症における宿主反応についての先行研究についてそれまでとは違った見方をするようになり、また、新しい研究が行われるにつれ、敗血症患者では炎症促進反応とともにそれとは反対の抗炎症反応も同時に起こっていることを示すデータが蓄積されてきた。敗血症患者の循環血液中サイトカインについての研究では、炎症促進サイトカインだけでなく、強力な抗炎症作用を持つIL-10も血中に多量に存在することが明らかにされている。van Disselらは感染が疑われ入院した患者464名についてサイトカインと死亡率について検討した。その結果、市中感染症患者ではIL-10/TNF-α比が高いほど転帰が不良であることが分かった。別の研究グループは、敗血症によって炎症促進サイトカインと抗炎症サイトカインの産生がいずれも障害されることを明らかにしている(つまり、あらゆる細胞のサイトカイン産生が全般的に低下するということ)。Ertelらは、敗血症の重症患者と敗血症ではない重症患者から採取した全血をリポ多糖(LPS)で刺激し、非敗血症患者と比べ多くの敗血症患者ではTNF-α、IL-1βおよびIL-6の産生が10-20%程度低下していることを示した。同様にSinistroらは敗血症患者と非敗血症患者から採取した末梢血単球を刺激し、炎症促進サイトカインを産生する細胞が占める割合を定量評価した。敗血症患者ではサイトカインを産生するのは採取した単球の5%未満に過ぎなかったが、対照群では15%以上の単球がサイトカインを産生することが分かった。Weighardtらは、腹部手術後の敗血症患者におけるリポ多糖刺激による単球のサイトカイン産生について検討した。術後敗血症が発症すると、単球による炎症促進および抗炎症サイトカインの産生能がいずれも直ちに低下することが明らかにされた。抗炎症反応ではなく炎症反応の回復が良好であると生存する可能性が高いという相関が認められた。敗血症患者の血液を用いた以上の諸研究から、敗血症が発症すると炎症促進サイトカインおよび抗炎症サイトカインの両方が速やかに産生され、敗血症が必ずしも無秩序な炎症亢進状態を引き起こすわけではないことが分かる。

教訓 敗血症患者では炎症促進反応だけでなく抗炎症反応も起こっています。TNFやIL-1のアンタゴニストによって敗血症を治療しようとする試みはことごとく失敗に終わっています。
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術後ハイリスク患者に対する制限輸血と非制限輸血の比較~考察 [critical care]

Liberal or Restrictive Transfusion in High-Risk Patients after Hip Surgery

NEJM 2011年12月29日号より

考察

大腿骨骨折に対する手術を受けた患者2016名を対象に無作為化臨床試験を実施し、ヘモグロビン濃度を10g/dL以上に維持するという基準で輸血を行っても、貧血症状があるかまたはヘモグロビン濃度が8g/dL未満の場合に輸血する場合と比べ、主要転帰(死亡または介添人による介助なしでの部屋の端から端までの歩行不能のいずれかの複合転帰)の改善は得られず、臨床的にインパクトのある一部の二次転帰項目(心血管系合併症発生率および身体機能の指標)についても同様に改善は見られなかった。本研究に登録されたのは平均年齢が81歳を超えるハイリスク患者であり、より健康だったり若かったりする手術患者と比べると、貧血の放置が有害事象の発生につながるおそれがあると思われる。

60日後に部屋の端から端まで歩行できるかどうかを主要転帰項目の一つとしたのは、大腿骨骨折後の機能転帰として歩行能力が重要であることと、輸血が歩行能力の優劣に影響をおよぼすのではないかと考えたためである(例えば、有酸素運動脳や筋力)。そこで我々は、ヘモグロビン濃度が高い方がリハビリにより積極的に取り組むことができ、歩行能力の回復も順調であるという仮説を立てた。

非制限輸血群と制限輸血群のあいだで、濃厚赤血球製剤の使用量については統計学的な差ばかりでなく臨床的にも明らかに差があり、ヘモグロビン濃度に関しても十分な開きがあった(Fig. 1)。制限輸血群の患者に投与された輸血単位数は、非制限群より65%少なかった。制限輸血群では輸血が行われなかった患者が全体の半数以上を占めた。制限輸血群および非制限輸血群ともに同じような状態の患者が登録されたが、制限輸血群では割り当てられた輸血法が徹底されたためこのように輸血製剤使用量が大幅に少なかったものと考えられる。

非制限輸血群では輸血法と性別の交互作用が明らかになり、女性よりも男性の方が60日後において死亡または介助なし歩行不能のいずれかに該当する患者の割合が高かった。これは予期せぬことであり、偶発的なものであった可能性がある。

本研究では、主要転帰に関する情報を対象患者の99%について収集することができ、生死の別について評価を行うことができた。しかし、我々が30日後および60日後の機能評価を行ったわけではなく、電話による聞き取り調査によって機能転帰を確認したため、話の行き違いがあったり、聞き取り調査に応じた患者の代理人がこの研究についてよく分かっていなかったり、記録間違いがあったりしたおそれがある。患者の歩行能力を我々が直接評価したわけではないものの、患者とその代理人の双方に歩行能力に関する聞き取りが行われた症例について検討したところ、両者は非常に良く一致することが分かった。対象患者の45~60%において日常生活の身体活動度、手段的活動度および疲労度が評価できず、こうした例については解析を行うことができなかった。本研究では患者登録が始まってから、患者登録基準を見直し、よりリスクの低い患者(心血管系疾患のリスクはあるが既往はない患者)も対象とすることにした。心血管系疾患の有無と割り当て群とのあいだに交互作用は認められなかった。

本研究は主要転帰項目である死亡または歩行不能の群間差を非常に高い検出力をもって評価できるよう設計された。95%信頼区間を見てみると、制限輸血法によって死亡または介助なし歩行不能のいずれかのリスクが最大3.7%増加するという結果が得られた。制限輸血群では35%の患者が複合転帰項目である死亡または介助なし歩行不能のいずれかに該当した。本研究の院内転帰についての検出力は、主要転帰の検出力よりは低かった。院内転帰について我々が得たデータは、院内発症の急性心筋梗塞、不安定狭心症または死亡の制限輸血による絶対リスクの変化が3.3%増から1.6%減の範囲内であることを示している。

本研究で得られた結果は、Transfusion Requirements in Critical Care(TRICC)試験の結果と大部分が一致する。TRICC試験では集中治療患者を対象に、輸血開始閾値をヘモグロビン濃度7g/dLにした場合と10g/dLにした場合とを比較し、転帰に有意差がないという結果が示された。だが、本研究ではTRICC試験と異なり、非制限輸血群における心筋梗塞または鬱血性心不全の発生率上昇は認められなかった。さらに、観測研究では輸血された患者の方が輸血されなかった患者よりも死亡率が著しく高いという知見が示されているが、本研究ではこのような結果は得られていない。選択バイアスを排除して輸血の是非を評価するには無作為化比較対照試験を行うしかない。

まとめ

心血管系疾患リスクの高い患者において非制限輸血を行っても、制限輸血と比較し60日後の死亡または歩行不能に該当する患者の割合は減らず、入院中の合併症発生率も低下しない。本研究で得られた知見を踏まえると、心血管系疾患の既往または危険因子がある高齢患者であっても、貧血による症状が出現するかヘモグロビン濃度が8g/dLを下回るまでは輸血を控えた方がよいと考えられる。

教訓 心血管系疾患のある高齢患者であっても貧血による症状が認められなければ、赤血球輸血の閾値はHgb<8g/dLとしてもよさそうです。
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術後ハイリスク患者に対する制限輸血と非制限輸血の比較~結果 [critical care]

Liberal or Restrictive Transfusion in High-Risk Patients after Hip Surgery

NEJM 2011年12月29日号より

結果

対象患者
研究の対象となるかどうかを14438名について検討し、2016名が非制限輸血群(1007名)または制限輸血群(1009名)のいずれかに無作為に割り当てられた(Supplementary Appendix参照)。研究参加を途中で取りやめたのが14名、追跡調査不能となったのが2名、追跡調査が不十分だったのが1名であり、無作為化割り当ての対象となった患者のうち99.2%において主要解析に必要な追跡調査を完遂することができた。主要解析の対象となった1999名のうち、1075名(53.8%)については患者本人に直接聞き取り調査をすることができた。923名(46.2%)については代理人から聞き取りデータを収集した。一名については調査源が不明であった。

対象患者の平均年齢は81.6歳(51歳~103歳)で、62.9%に心血管系疾患があった。基準時点における患者背景については両群間に差はなかった(Table 1)。

ヘモグロビン濃度と輸血
輸血前の平均ヘモグロビン濃度は制限輸血群より非制限輸血群の方が1.3g/dL高かった(P<0.001)(Table 2)。輸血単位数の中央値は、非制限輸血群では2.0単位(四分位範囲1-2単位)、制限輸血群では0単位(四分位範囲0-1単位)であった。制限輸血群の59.0%では無作為化割り当て後に輸血が行われなかった。Figure 1に制限群および非制限群の毎日の最低ヘモグロビン濃度平均値を示した。

輸血プロトコル違反は、非制限群のうち9.0%、制限群のうち5.6%で発生した。輸血を行う原因となった症状をTable 2にまとめた。

転帰
60日後追跡調査時における、死亡もしくは介添人の介助なしでの歩行不能のいずれかに該当する患者の割合は両群で同等であった(非制限群35.2% vs 制限群34.7%, P=0.90)(Table 3)。主要転帰についての制限輸血群に対する非制限輸血群のオッズ比は1.01であった(95%信頼区間0.84-1.22)。絶対リスクの差は0.5パーセンテージポイントであった(95%信頼区間 -3.7~4.7)。患者の性別について有意な交互作用があり(P=0.03)、男性についての制限輸血群に対する非制限輸血群のオッズ比は1.45(95%信頼区間1.00-2.10)、女性については0.91(95%信頼区間0.74-1.13)であった。年齢、性別および心血管系疾患の有無についての交互作用は有意ではなかった(Supplementary Appendix参照).

30日後追跡調査時における死亡率は両群で同等で(非制限群5.2% vs 制限群4.3%)、絶対リスクの差は0.9パーセンテージポイント(99%信頼区間 -1.5~3.4)であった。60日後追跡調査時における死亡率も同等で(非制限群7.6% vs 制限群6.6%)、絶対リスクの差は1.0パーセンテージポイント(99%信頼区間 -1.9~4.0)であった(Table 3)。院内発症の急性心筋梗塞、不安定狭心症または死亡の発生率についても群間差は認められなかった(非制限群4.3% vs 制限群5.2%)。絶対リスクの差は-0.9パーセンテージポイントであった(99%信頼区間 -3.3~1.6)。入院中の何らかの臨床的問題や重篤な有害事象の発生頻度に関しても群間に有意差はなかった(Table 4)。入院期間、日常生活における下肢運動能力スコア、手段的活動度、疲労度、そして30日後および60日後における自宅居住率についても群間差はなかった(Table 3)。

教訓 60日後追跡調査時における、死亡もしくは介添人の介助なしでの歩行不能のいずれかに該当する患者の割合は両群で同等でした(非制限群35.2% vs 制限群34.7%, P=0.90)。急性心筋梗塞、不安定狭心症の発生率、入院期間、下肢運動機能、疲労度、自宅居住率のいずれについても差はありませんでした。
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術後ハイリスク患者に対する制限輸血と非制限輸血の比較~方法② [critical care]

Liberal or Restrictive Transfusion in High-Risk Patients after Hip Surgery

NEJM 2011年12月29日号より

主要転帰
無作為化割り当て60日後時点において介添人の助けなしでは10フィート(または部屋の端から端まで)の歩行が不能または死亡を主要転帰とした。我々は、ヘモグロビン濃度が高い方がリハビリが順調に進み、割り当て60日後に自力歩行できる患者の割合が大きいであろうと推測した。

二次転帰
入院中の心筋梗塞、不安定狭心症または全死因死亡の複合転帰を二次転帰とした。各症例について以上のどれかに該当するか否かを検討した。

心電図検査は、術前、無作為化割り当て前、割り当て後第4日(またはこれより以前に退院した場合は退院時)に実施した。術前、無作為化割り当て前、無作為化割り当て後第1日および第4日(退院日の方が第4日よりも先であれば退院日)に血液(血清または血漿)検体を採取しトロポニンI濃度を測定した。入院中に臨床的に必要であると判断されて行われた心電図および心筋バイオマーカ検査の結果も記録した。トロポニンIはヘネピン郡医療センタ附属ミネアポリス医学研究財団の検査施設で測定した。トロポニンIは0.06mcg/L(健常者の99パーセンタイル値[0.04mcg/L]の1.5倍)以上を陽性とした。心筋梗塞と不安定狭心症の診断は、臨床症候、セントルイス大学における心電図の集約的解析および中核検査施設(上記)で測定した心筋バイオマーカの結果をもとに心筋梗塞万国共通定義(Universal Definition of Myocardial Infarction)の基準に従って行った(詳細はNEJM.orgに掲載されているSupplementary Appendix参照)。心血管系転帰の分類および電話による追跡調査の担当者はいずれも治療群の割り当てを関知しなかった。

無作為化割り当て30日後および60日後の電話調査で確認したその他の二次転帰は、その時点における居住場所、生死の別、身体機能(日常生活における身体活動度および手段的活動度[家事全般、金銭管理、服薬管理、外出、趣味のための活動がどれぐらいできるかをあらわす指標])および疲労感である。以上の転帰については先行論文で発表した方法によって記録した。

三次転帰
無作為化割り当て30日後までの院内合併症(肺炎、創感染、血栓塞栓症、脳卒中またはTIA、心筋梗塞の臨床診断)についても評価した。予め二つの複合転帰を設定した:死亡、心筋梗塞または肺炎;死亡、心筋梗塞、肺炎、血栓塞栓症または脳卒中。

生死と歩行能力の確認
米国に居住する患者の生死については、オンライン社会保障データベースを検索して確認した。電話調査の報告と、このデータベース検索の結果とのあいだに矛盾がある場合は、病院の記録または新聞の死亡記事を用いて最終判断を下した。カナダに居住する患者の生死については、入院診療録、生死に関する病院の記録および外来診療録を用いて確認した。対象患者の95.9%について生死の別をはっきりさせることができた(米国99.0%、カナダ91.2%)。生死の確認ができた1934名のうち7名(0.4%)において電話調査の結果とデータベースや診療録の記録とのあいだに矛盾があった。この症例については電話調査の結果ではなく、診療録の記録を採用した。患者の自己申告と代理人の申告が両方とも得られた814名のサブグループについて、歩行能力についての自己申告の信頼性を評価したところ、両申告はよく一致し自己申告の信頼性が高いことが明らかになった(カッパ係数0.90)。

プロトコル遵守状況の定義
非制限輸血群では、ヘモグロビン濃度10g/dL未満でも輸血が行われなかったり退院したりした場合を重大なプロトコル違反と定義した。また、制限輸血群はヘモグロビン濃度8g/dL以上で貧血による症状がないのに輸血された場合を重大なプロトコル違反と定義した。

教訓 ヘモグロビン濃度が高い方がリハビリが順調に進み、割り当て60日後に自力歩行できる患者の割合が大きいであろうという仮説を検証しました。主要転帰は、無作為化割り当て60日後時点において介添人の助けなしでは10フィート(または部屋の端から端まで)の歩行が不能または死亡の複合転帰です。
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術後ハイリスク患者に対する制限輸血と非制限輸血の比較~方法① [critical care]

Liberal or Restrictive Transfusion in High-Risk Patients after Hip Surgery

NEJM 2011年12月29日号より

米国では年間に1700万単位以上の赤血球製剤が製造され、このうち1500万単位が実際に投与される。外科系患者や高齢患者では、輸血製剤が使用されることが少なくない。だが術後輸血の適応は十分に検討されているとは言えず、未だに甲論乙駁の状態である。この領域における大半の臨床試験は規模が小さい。成人集中治療患者を対象とした検出力に不足のない臨床試験では、制限輸血によって30日後死亡率が有意でないものの低下することが明らかにされた。この試験では制限輸血群の死亡率は18.7%、非制限輸血群では23.3%であった。しかし、心疾患患者において制限輸血が機能回復の程度や心筋梗塞のリスクに及ぼす影響についてはこれまで調査されていない。そこで我々は、輸血閾値が高い(Hgb <10g/dLで輸血)場合の方が輸血閾値が低い(Hgb<8g/dLまたは貧血による症状があれば輸血)場合よりも機能回復が良好で合併症・死亡率が低いという仮説を検証すべく、Transfusion Trigger Trial for Functional Outcomes in Cardiovascular Patients Undergoing Surgical Hip Fracture Repair (FOCUS)と銘打った臨床試験を行った。

方法

2004年7月19日から2009年2月28日の期間に米国およびカナダに所在する47か所の研究実施施設で患者を登録した。電話による追跡調査は2009年5月4日に終了した。大腿骨骨折に対する初回手術が予定され、心血管系疾患があることが臨床的に明らかであるか、もしくはその危険因子を複数保有し、術後3日目までにヘモグロビン濃度が10g/dL未満に低下した50歳以上の患者を対象とした。原プロトコルでは心血管系疾患(虚血性心疾患の既往、心筋梗塞が過去にあったことを裏付ける心電図所見、鬱血性心不全または末梢血管疾患が現にあるか既往がある、脳血管障害またはTIAの既往)がある患者のみを対象とすることになっていた。2005年12月に登録基準要件を緩和し、対象患者を増やすことになった。この際に以下のいずれかの心血管系疾患危険因子を保有する患者も対象として加えることになった:高血圧、糖尿病または高脂血症の既往または治療中、総コレステロール200mg/dL以上またはLDL 130mg/dL以上、煙草を吸っている、クレアチニン2.0mg/dL以上。

除外基準は以下の通りとした。大腿骨骨折前に介添えなしに歩くことができない、輸血拒否、多発外傷(大腿骨以外の外傷に対する手術が穿孔して行われているか、今後予定されている場合)、癌による病的骨折、無作為化割り当てに先行する30日以内のAMI発症、反対側の大腿骨骨折で本試験にすでに登録されている、貧血による症状がすでにある(例えば虚血による胸痛)、割り当て時点における活動性出血。

治療群の割り当てと追跡調査
対象患者を非制限輸血群もしくは制限輸血群に無作為に割り当てた。データ集計センタのスタッフが各施設の無作為化計画を用意した。無作為化割り当て後は、各実施施設の研究スタッフ、担当医および患者のいずれもが、どちらの群に割り当てられたかを知った上でこの臨床試験が進められた。

非制限輸血群の患者にはヘモグロビン濃度が10g/dL以上となるように赤血球製剤が1単位ずつ投与された。赤血球製剤を1単位投与するごとにヘモグロビン濃度を測定することが義務づけられ、10g/dLを下回っていればさらにもう1単位赤血球製剤を投与することとした。

制限輸血群の患者には、ヘモグロビン濃度が8g/dLを下回り担当医が輸血が必要だと判断した場合か、もしくはヘモグロビン濃度に関わらず貧血による症状が見られる場合にのみ赤血球輸血を行った。輸血の適応と考えた症状または徴候は、心臓に起因すると目される胸痛、鬱血性心不全および輸液に反応せず貧血以外に原因が思い当たらない頻脈もしくは低血圧である。赤血球輸血を行う際は1単位ずつ投与し、投与後には症状または徴候の有無を再評価した。認知症の臨床診断が下されている患者に対しては、症状を正確に訴えることができないおそれがあるためヘモグロビン濃度8g/dLを下回ったら輸血することにした。

入院中のヘモグロビン濃度の測定は、無作為化後第1、2、4および7日に実施した。臨床的に必要であればその他の時点でも随時ヘモグロビン濃度を測定した。退院日もしくは割り当て30日後のどちらか先行する日まで、割り当てられた方針に沿って輸血が行われた。出血が認められたり、担当医が緊急輸血が必要だと判断したりした場合には、ヘモグロビン濃度を測定せずに輸血してもよいことにした。

研究の実行には関わらず、割り当て群について関知していない研究統括センタ所属看護師が、無作為化割り当てから約30日後および約60日後に患者またはその代理人に電話し、退院後の転帰について確認した。電話に出られる患者については看護師が患者と直接話し、認知機能に異常があるか電話で話せない患者については代理人と話した。

教訓 成人ICU患者で非制限輸血(Hgb<10g/dLで輸血)と制限輸血(Hgb<7g/dLで輸血)を比較したところ(TRICC研究)、30日後死亡率は同等で、有意ではないものの制限輸血の方が死亡率が低いという結果が得られています (18.75% vs. 23.3%, P= 0.11)。このFOCUS研究では心血管系疾患の既往または危険因子がある患者における大腿骨骨折術後の制限輸血(Hgb<8g/dLかつ輸血が必要だと判断された場合もしくはヘモグロビン濃度に関わらず貧血による症状が見られる場合に輸血)と非制限輸血(Hgb<10g/dLで輸血)の比較検討が行われました。
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TAAAの麻酔~今後の展望 [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

これからの展開が期待される分野

胸腹部大動脈瘤の治療において、従来の開胸開腹術のような侵襲がない非常に有望な方法として新しく登場してきたのが血管内治療である。重篤な基礎疾患がある高リスクの胸部大動脈瘤患者は従来の開胸術であれば適応とならない場合が多く、血管内治療が極めて有用である。現在までに胸部大動脈瘤の血管内治療についての研究がいくつか行われ、短期的および中期的転帰が良好で、合併症発生率および死亡率も低いことが示されている。胸部大動脈瘤の血管内治療は手技的には比較的単純であるが、血管内治療を開始しても途中で行き詰まったときや、動脈瘤が破裂して血行動態が不安定になってしまったときに備えてただちに開胸手術による動脈瘤切除術に切り替えられるように常に態勢を整えておかなければならない。

胸腹部大動脈瘤の血管内治療にも欠点がないわけではない。胸部大動脈瘤に対し血管内治療を行う場合は、個々の大動脈瘤の部位や形状に合わせて穴を作成したり分枝をつけたりして特製グラフトを作成し、内臓へ分岐する動脈の血流を確保できるようにしなければならない。こういった特製グラフトを作成する代わりに、ハイブリッド治療の有用性を模索している施設がいくつか存在する。ハイブリッド治療とは、胸腹部大動脈瘤の全体を覆うステントグラフトを留置し、同時に開胸開腹術を行ってステントグラフト留置部位から分岐する動脈の非解剖学的バイパスを建てる方法である。このハイブリッド胸腹部大動脈瘤治療を行った症例の転帰は従来の手術療法と遜色ないとされているが、データが少ないためまだはっきりしたことは言えない。胸部大動脈瘤の血管内治療を行った症例については、長期にわたりグラフトの異常がないかどうかを観察しなければならず、また、多くの症例がグラフトのずれやエンドリーク(動脈瘤内かつステントグラフト外への血液漏出)により再留置を余儀なくされる。胸腹部大動脈瘤の血管内治療にまつわる現行の問題点を克服すべく熱心に研究が進められている。こういった研究の成果が蓄積されれば、従来は動脈瘤手術の適応ではないと考えられていた症例における治療の選択肢が増えることになるであろう。

過去数十年間に遂げられた大幅な進歩のおかげで、胸腹部大動脈瘤の手術合併症は減ってきたが、対麻痺や腎不全などの悲惨な後遺症を一層減らしたり回避したりするための努力は今後も重ねなければならない。脊髄の虚血性傷害を予防するための取り組みによって術直後の対麻痺のリスクは格段に低下したが、晩発性の脊髄障害は未だに頭痛の種である。Etzらがつい先頃発表した研究では、胸腹部大動脈瘤手術中に分節動脈結紮後の脊髄血流維持を請け負うしっかりした側副血行路についての知見が示されている。また、虚血性脳血管障害患者では高血糖が悪影響をもたらすことが明らかになり、高血糖が脊髄損傷におよぼす影響についても注目が集まっている。高血糖によって脳傷害が発生するのと同じ機序によって、胸腹部大動脈瘤手術後も高血糖が神経学的転帰を悪化させるものと考えて差し支えないであろう。また、高二酸化炭素血症と低二酸化炭素血症のいずれもが脳血管、脳血流および頭蓋内圧に多大な作用を及ぼすことも明らかにされている。二酸化炭素と脊髄血流についての研究が進み、胸腹部大動脈瘤手術の神経学的転帰との関係が明らかになれば、胸腹部大動脈瘤手術中の動脈血二酸化炭素分圧の最適目標値がはっきりし、虚血性傷害を減らすことにつながるであろう。

胸腹部大動脈瘤手術中の脊髄保護に関しては数多くの研究が行われてきたのとは対照的に、腎保護についての研究は数少ない。胸腹部大動脈瘤術後の腎不全を予防する方法に関しては、まだまだ大きく発展を遂げる余地がある。胸腹部大動脈瘤の術中に腎臓を保護するには、虚血期に腎を低温に保つ、灌流圧を適切な範囲内に維持する、腎毒性のある薬剤の投与を避ける、といった点に留意する。腎保護を目的としたこのような基本的な方法の他には、腎不全を防ぐ効果が明らかとされている方法は無きに等しい。大動脈手術を受ける患者では、スタチンの長期投与によって術後心筋梗塞、脳血管障害および腎機能障害の発生頻度が低下するという興味深い結果が示されている。

まとめ

本稿では、術中に低体温とし、左心バイパス、髄液ドレナージおよび冷却晶質液の腎灌流を行ったⅡ型胸腹部大動脈瘤手術の症例を呈示した。胸腹部大動脈瘤手術において、この方法や、これと類似の方法は転帰を改善するというデータが報告されているが、これ以外の方法についても有効であることを示唆するデータが示されている。例えば、Kouchoukosらは低体温完全人工心肺と循環停止によって良好な結果を得ている。この方法であれば、左心バイパス、髄液ドレナージ、腎動脈および腹部臓器へ分岐する動脈への選択的灌流、脊髄局所冷却、段階的大動脈遮断などを行わなくても、脳、心臓、腎、その他腹部臓器および脊髄の機能を保護できる可能性がある。以上のように、胸腹部大動脈瘤の術中管理は開胸開腹手術であれ血管内治療であれ、難しくてやりがいがある。あらゆる合併症を防ぐことのできる単一の方法はないものの、大幅な進歩が達成され合併症発生率や死亡率は確実に低下している。

教訓 今後の展開を期待できる方法として、EVAR(ステントグラフト)やハイブリッド法(EVAR+非解剖学的バイパス術)があります。
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TAAAの麻酔~術中管理④ [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

神経保護

対麻痺は、胸腹部大動脈瘤手術の悲惨な合併症の一つである。発生頻度は2.7-20%とされている。対麻痺は他の重症合併症を招くだけでなく死亡率も上昇させる。髄液ドレナージ、平均動脈圧の維持、左心バイパス、低体温および肋間動脈や脊髄根動脈の再建などで対麻痺の発生頻度が減ることが示されている。しかし、こういった予防策のどれをとっても絶対的な有効性が裏付けられているわけではない。

脊髄は一本の前脊髄動脈と二本の後脊髄動脈によって血液が供給されている。前脊髄動脈は脊髄の腹側三分の二(運動路)、後脊髄動脈は背側三分の一(感覚路)にそれぞれ血液を供給する(fig. 5)。頸髄の前脊髄動脈へは主に椎骨動脈から血液が供給される。胸髄では脊髄根動脈が血液を供給している。大根動脈(Adamkiewicz動脈)は、前脊髄動脈に血液を供給する根動脈のうち最大かつ最重要の動脈で、たいていはTh9からTh12のあいだで起始している。しかし、人によっては上位胸椎や腰椎の高さで起始する。Svenssonらは大根動脈(Adamkiewicz動脈)から前脊髄動脈が分岐する部位の尾側より頭側の方が前脊髄動脈の径が細いことを明らかにした。そのため、大根動脈(Adamkiewicz動脈)から前脊髄動脈が分岐し頭側へ血流が向かうときの方が尾側へ向かうときよりも抵抗が52倍も大きい。したがって、大動脈遮断中に遮断部位より遠位を灌流するのは大根動脈(Adamkiewicz動脈)より尾側の脊髄血流の維持には有用であるが、それより頭側の脊髄にとっては効果は乏しい。術前に画像検査を行い大根動脈(Adamkiewicz動脈)を同定しておけば、再建を成功させるのに役立ち、また脊髄機能の改善にもつながる。

SEP(体性感覚誘発電位)やMEP(運動誘発電位)などの神経モニタリングを行い脊髄の虚血を監視することがある。SEPは一般に脊髄背側(感覚路)の機能的統合性を評価するために用いられる。MEPは脊髄腹側(運動路)の機能を評価するのに役立つ。胸腹部大動脈瘤手術中にMEPを利用すると、脊髄虚血を早期に検知するのに役立ち、神経学的転帰が改善することが示されている。特に、左心バイパスおよび髄液ドレナージと併用すると効果が高いことが分かっている。Shineらは大動脈遮断中のMEP信号消失時間が対麻痺リスクと直接的に相関することを明らかにした。しかし、SEPおよびMEPには問題点や欠点もあり、必ずしも全ての施設で標準的モニタとして用いられているわけではない。

胸腹部大動脈瘤の手術では髄液ドレナージを行うと対麻痺のリスクが格段に低下することが示されている。特にⅠ型、Ⅱ型でリスク低減効果が高く、Ⅲ型でも有用である可能性があるとされている。脊髄灌流圧は平均動脈圧から髄液圧を引いた圧に等しい。大動脈を遮断すると代償性に静脈圧が上昇し脊髄内で静脈鬱血が生じるため、髄液圧は高くなる。そこで、平均動脈圧を上げるもしくは髄液圧を下げることによって、脊髄灌流圧を上昇させることができる。髄液をドレナージすれば髄腔内圧が低下し、脊髄灌流圧が上昇する。下部腰椎からクモ膜下腔に留置したカテーテルを用いて髄液をドレナージする。髄液圧の目標値は約10-15mmHgである。Ⅱ型胸腹部大動脈瘤の手術症例326例を対象としたCoseliらの研究では、左心バイパスを用いた場合の対麻痺発生頻度が4.8%であったのに対し、左心バイパスを用いなかった場合は13.1%に対麻痺が見られたことが明らかにされた。左心バイパスと髄液ドレナージのいずれか一方だけを用いるよりも、両者を併用する方が対麻痺の発生頻度は低下するものと考えられている。そして、術中には髄液ドレナージが行われず、術後に遅発性対麻痺が発生した症例では、その時点で髄液ドレナージを開始しても効果が得られるという報告もある。我々の施設では、全身麻酔導入後に全例で髄液ドレナージ用のカテーテルを留置している。このやり方には反対意見もあるが、全身麻酔導入後の患者における腰椎穿刺のリスクは非常に小さく(今までに合併症は経験していない)、覚醒している患者に腰椎穿刺を行って交感神経が緊張すると胸腹部大動脈瘤破裂/しみだしのリスクが懸念されるため、導入後に行うことによってこのリスクを避けることができると我々は考えている。

胸腹部大動脈瘤手術では髄液ドレナージが有効であることがはっきりしているが、リスクがないわけではない。Dardikらは髄液ドレナージが行われた患者の3.5%に硬膜下血腫が発生し、ドレナージされた髄液量が多いほど硬膜下血腫の発生頻度が高いという強い相関があることを明らかにした。この研究では、硬膜下血腫発生例の髄液ドレナージ量が平均690±79mLであったのに対し、硬膜下血腫非発生例の髄液ドレナージ量は平均359±24mLであった。髄液ドレナージによって起こりうるその他の合併症は、髄膜炎、脊髄血腫、硬膜外血腫、硬膜穿刺後頭痛などである。

人為的低体温も脊髄および中枢神経の保護に有用である。低体温になると、代謝が低下し酸素需要量も減るからである。Strauchらは動物実験を行い、32℃程度の軽度低体温によって脊髄の虚血耐容時間が常温の時の2倍に延長することを明らかにした。我々の施設では胸腹部大動脈瘤手術の際には、患者の核温が32℃前後になるようにしている。核温の測定部位は、肺動脈、食道遠位、鼓膜または鼻咽頭である。人工心肺および循環停止による全身低体温や硬膜外腔への冷生食注入による脊髄冷却も転帰の改善に役立つことが分かっている。

肋間動脈の再建も、胸腹部大動脈瘤手術を受ける患者の悲惨な神経学的後遺症を減らすのに有効である。Acherらは、肋間動脈の再建に加え他の神経保護対策も併せて行うことによって対麻痺の発生頻度を4.8%から0.9%に低下させることに成功した。小規模な研究ではあるが、Wooらは肋間動脈再建を行い、対麻痺発生頻度をゼロに抑えることができたと報告している。同様に、Etzらは胸腹部大動脈瘤の手術を二段階に分けて行うと神経学的転帰が改善することを先頃明らかにした。Ⅰ型胸腹部大動脈瘤の二段階手術を受けた35名のうち、対麻痺は一例も発生しなかったとのことである。いずれの神経保護対策を取り入れるにせよ、胸腹部大動脈瘤手術では術後なるべく早く患者を覚醒させて神経学的評価を行うことが重要である。

教訓 TAAA術後の対麻痺の発生頻度は2.7-20%です。髄液ドレナージ、平均動脈圧の維持、左心バイパス、低体温および肋間動脈や脊髄根動脈の再建などで対麻痺の発生頻度が減ることが示されていますが、決定的な予防策は確立していません。二期的手術が対麻痺予防によいという新しい報告があります。いずれにしても、術後はできる限り早期に覚醒させて神経学的評価を行わなければなりません。
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TAAAの麻酔~術中管理③ [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

腎保護

大動脈遮断中に遮断部位よりも遠位の血流を保つことと、虚血期に腎動脈へ冷たい灌流液を流すことが腎保護につながる。Koksoyらは、胸腹部大動脈瘤術後の急性腎機能障害を防ぐには、体温と等温の血液よりも、冷却した晶質液を腎に灌流させる方が優れていることを明らかにした。これを受けてLeMaireらはマンニトール、プレドニゾロンとともに4℃の晶質液を間欠的に腎動脈に灌流させ腎の温度を常に28℃以下に保ち、術後の腎機能低下を防ぐことに成功した。大動脈遮断部位より遠位の血圧と腎血流には強い相関があるため、左心バイパスを行い大動脈遮断中の灌流圧を維持するのはよい方法である。マンニトールやドパミンの腎保護効果については賛否両論があり、術後腎機能障害の発生頻度が低下することを裏付けるデータはない。腎の血流と尿管の開存を評価するため、腎血流再開時にインジゴカルミンおよびフロセミドを投与するとよいかもしれない。30分以内に着色尿が見られなければ、腎動脈や尿管の屈曲などの外科的に修復可能な原因がないかどうかを確かめなければならない。

教訓 大動脈遮断中は腎動脈に4℃の晶質液を間欠的に灌流させ局所的に冷却すると、術後の腎機能低下を防ぐことができます。マンニトールやドパミンには腎保護効果は期待できません。
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TAAAの麻酔~術中管理② [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

大動脈遮断による血行動態変化

大動脈遮断に伴って生ずる血行動態変化のうち最も際立つのは、後負荷増大による血圧上昇である。一般的には遮断部位が近位であるほど、血圧の上昇幅は大きくなる。腹腔動脈上での遮断によって、平均動脈圧、左室充満圧および左室収縮/拡張終末期容量が有意に増大する。ニカルジピン、ニトログリセリン、ニトロプルシッドand/or吸入麻酔薬の血管拡張作用が、大動脈遮断による後負荷増大を緩和するのに用いられる。腹腔動脈上での大動脈遮断を行うと、50%以上の症例で左室壁運動異常や左室拡張障害が出現する。また、静脈の受動的収縮(recoil)やカテコラミン放出も認められ、いずれも静脈容量の低下につながる。以上の結果、大動脈遮断部位以下の諸臓器およびその他の血管床から血液が駆出され前負荷が増加し、結果的に心拍出量が増える。大動脈遮断が長時間に及ぶと、体血管抵抗と心拍出量は低下する。

腹腔動脈上大動脈遮断によって前負荷および後負荷が増大すると、心筋収縮力と酸素需要が増える。心臓はこれに反応し、冠動脈血流を増やして心筋への酸素供給量を増やす。したがって、大動脈遮断による血圧上昇は慎重に管理すべきではあるが、血圧を低下させすぎると冠動脈、脳、脊髄、腎and/or腸管の血流が低下するため注意が必要である。左心バイパスを使用しない症例では、大動脈遮断部位以遠の血圧は遮断部位近位の血圧によって直接的に規定されるので、なおさら血圧を下げすぎないよう留意しなければならない。大動脈遮断中は、遮断部位以下の血流は側副血行路によってまかなわれ、心拍出量というより主に血圧に依存して血流量が決まる。したがって、左心バイパスを使用しない場合は、終末臓器の血流が維持されるように大動脈遮断部位近位および遠位の血圧を適切に管理しなければならない。Johnstonらは大動脈遮断時から15cmH2OのPEEPをかけると血圧上昇が抑えられ、前負荷の増大にもうまく対応できるため、遮断解除後の一回拍出量と血圧が良好に保たれることを明らかにした。

大動脈遮断解除による血行動態変化

遮断解除に伴って生ずる典型的な血行動態の異常は、体血管抵抗と動脈圧の低下である。遮断解除による血圧低下はいくつもの原因によって起こる。血液が下肢へ再分布すると、中枢の血管内容量は低下する。遮断部位遠位は遮断中に組織血流が低下して血管を拡張させたり心筋を抑制したりする代謝産物(乳酸など)が蓄積し、遮断解除に伴い全身に放出される。大動脈遮断解除後の低血圧は、輸液負荷、昇圧薬の投与、代謝異常の迅速な是正、遮断時間の短縮、および緩徐な遮断解除によって緩和することができる。代謝性アシドーシスを治療するため炭酸水素ナトリウムを投与することがあるが、呼吸性アシドーシスを伴っているときには慎重を期さなければならない。腎および脊髄の血流を確保するには、一般的には、遮断解除後は血圧を平常時よりも高く維持するべきである。しかし、胸腹部大動脈瘤の手術は縫合部位がたくさんあり、そこから出血するおそれがあるため、この点を考慮して最適な目標血圧を決定しなければならない。特に、マルファン症候群などで大動脈組織が非常に脆弱な患者では、このことが重要な注意点である。

教訓 大動脈を遮断するとはじめは前負荷と心拍出量が増えますが、次第に体血管抵抗が低下し心拍出量は減ります。遮断時にPEEPをかけておくとこの変化が緩和され、遮断解除時のSVと血圧が良好に保たれると報告されています。一般的には、遮断解除後は血圧を平常時よりも高く維持しなければなりません。しかし、血圧が高いと縫合部位から出血しやすくなるため、この点を考慮して最適な目標血圧を決定します。
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TAAAの麻酔~術中管理① [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

モニタと左心バイパス

胸腹部大動脈瘤手術を受ける患者の管理において成功を収めるための鍵は、血行動態の変化および血管内容量の変化に間髪を入れず対応する能力である。術前の不安感や、侵襲的モニタリングに使用する各種カテーテルを術前に留置することに伴う疼痛は、血圧や心拍数の上昇につながり動脈瘤破裂のリスクを増大させる可能性がある。したがって、麻酔導入前にカテーテルを留置する際には、患者の状態が許すのであれば適切な鎮静を行う。動脈圧ラインの挿入部位としては右橈骨動脈が主流である。左橈骨動脈だと、左鎖骨下動脈より近位で大動脈を遮断すると動脈圧のモニタリングができなくなってしまうからである。稀ではあるが、右鎖骨下動脈に異常があり修復されていない場合は、右橈骨動脈を用いた血圧のモニタリングは困難である。このような場合は、麻酔科医と外科医で話し合って動脈圧モニタリングに最も適した部位を決定しなければならない。左心バイパスを用いる場合は、右橈骨動脈に加え大腿動脈にもカテーテルを留置し下半身の灌流圧を監視する。

中心静脈ラインを確保するのに際し、「二本刺し」が行われることが多い。同じ中心静脈に二本のイントロデューサを留置し、一本は中心静脈カテーテル、一本はシースの挿入に用いて、シースからは肺動脈カテーテルを挿入する方法である。胸腹部大動脈瘤の術中には、血管内容量の変化に対応したり、急速輸血をしたりするため急速輸液装置が必要である。経食道心エコーは、前負荷の変化や心室機能の補助的モニタリングとして有用である。

Ⅰ型およびⅡ型胸腹部大動脈瘤の手術では、左心バイパスが有効である(fig.4)。Ⅲ型やⅣ型の胸腹部大動脈瘤の手術でも左心バイパスが行われることがあるが、その有用性は証明されていない。左心バイパスは、左房から脱血し、酸素化した血液を大動脈遠位または大腿動脈へ送り込む方法で、近位大動脈遮断中も脊髄、腎、腸間膜および下肢の血流が維持される。大動脈遮断前から左心バイパスは開始される。そうすれば左室の前負荷を減少させることができて、大動脈遮断による急激な血圧上昇が抑えられ、血管拡張薬の使用を最小限にとどめられるからである。

抗線溶療法

腹腔動脈より上で大動脈を遮断すると一次線溶が起こり凝固能低下につながる。したがって、胸腹部大動脈瘤手術の際は抗線溶療法が推奨される。しかし、抗線溶療法の有効性を裏付けるデータは乏しい(胸腹部大動脈瘤患者を対象とした無作為化比較対照試験の実施が困難であることがデータが少ないことの主な原因)。抗線溶療法を行うにあたっては、εアミノカプロン酸とトラネキサム酸のいずれを選択してもよいと考えられている。

教訓 Aラインは右橈骨動脈に留置するのが基本です。左心バイパスを行う場合は大腿動脈や足背動脈にもAラインを留置します。


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TAAAの麻酔~術前管理 [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

術前管理

胸腹部大動脈瘤切除術にはリスクや合併症がつきものであるため、術前評価を徹底的に行うことが不可欠である。心臓、呼吸器、腎および神経系に関連する合併症が起こるリスクが非常に高いため、これらの臓器については特に注意を払って評価しなければならない(table 1)。胸腹部大動脈瘤の拡大に伴って出現する症状は、背部痛、心窩部痛、左反回神経麻痺による嗄声、気管・気管支の直接的圧迫による息切れ、咳および血痰などである。

心臓
胸腹部大動脈瘤の周術期心臓死亡または重症合併症の発生率は約10-15%か、それ以上である。近位大動脈遮断が血行動態におよぼす大きな負担や、体内水分の移動や出血による生理学的変化は、心臓によくない影響を与える。Hafezらは、胸腹部大動脈瘤の手術を受ける患者の約30%が術後24時間以内に何らかの心機能異常を呈することを明らかにした。また、腹腔動脈より上で大動脈を遮断する胸腹部大動脈瘤手術が行われた症例では、遮断解除から8時間後および24時間後のトロポニンT(心筋傷害のマーカ)が有意に上昇していることも分かった。Fayadらは経食道心エコーを用い、胸腹部大動脈瘤手術の際には患者の三分の二に、大動脈遮断に伴う急性拡張障害が認められることを示した。以上から、冠動脈疾患、弁膜症、および心機能の全貌を術前に評価し、可能な限り心臓に関する問題を術前に是正しておくべきである。


胸腹部大動脈瘤術後の死亡および重症合併症の原因として最も多いのは呼吸不全である。胸腹部大動脈瘤のうちCrawfordⅠ、ⅡおよびⅢ型の手術では分離肺換気が不可欠であるため、術前に呼吸機能を注意深く評価しなければならない。動脈瘤が左主気管支を偏位させることがあり、胸部X線写真や胸部CTからダブルルーメン気管支内チューブの留置に関わる重要な情報が得られる。喫煙習慣を継続している患者に対しては、少なくとも術前4週間は禁煙するよう指示しなければならない。気管支拡張薬に対する反応が良好な患者では、術前に肺機能を改善するためそのまま手術まで使用する。拡散能不良または重症COPDの患者では、一側肺換気が不能であると考えられるため人工心肺下に胸部の操作を行わなければならないかもしれない。右反回神経の異常の有無は術前に評価しておかなければならない。胸腹部大動脈瘤の手術の際には左反回神経を傷つけてしまうことが間々あり、両側の反回神経に障害があると抜管後に呼吸トラブルが生ずるかもしれないからである(fig. 3)。


開胸開腹手術による胸腹部大動脈瘤根治術を受ける患者では、術前の腎機能低下は術後腎不全および死亡の独立予測因子である。したがって普段の腎機能を術前によく評価しなければならない。胸腹部大動脈瘤が予定されている患者のうち13-24%に、術前から腎機能低下(血清クレアチニン値1.5mg/dL以上)が認められる。その主な原因は、高血圧、糖尿病および動脈硬化である。胸腹部大動脈瘤は、大動脈のうち腸管や腎臓へ流入する動脈が分岐する部位を含んでいるため、腎血管の異常が伴うことが多い。胸腹部大動脈瘤の術後急性腎不全の発生頻度は7-40%で、独立予測因子は手術の緊急度、術前の腎機能異常、大動脈遮断時間の延長および高齢である。

画像診断
術式を決めるにあたり、大動脈についての詳細な画像診断は必須である。具体的にはCT、動脈造影、MRAなどを行う。ヨード造影剤を使用する検査が必要であれば、すべて術前に済ませておかなければならない。造影剤による腎機能障害が懸念されるからである。もともと腎機能が低下している患者では、造影剤腎症の発症や、腎機能のさらなる悪化を防ぐのにN-アセチルシステインの投与が有効である可能性がある。動脈瘤の解剖と主な分枝動脈についての評価を術前に行うことは極めて重要である。CT血管造影およびMR血管造影で、大根動脈(arteria radicularis magna;ARM)、別名Adamkiewicz動脈の走行が分かるのは、患者の50-80%に過ぎない。Adamkiewicz動脈の走行が術前に分かっていて術中に再建された場合の術後対麻痺のリスクは5%だが、術前に走行が分からなくて再建も行われなかった場合の術後対麻痺のリスクは50%にものぼるため、術前にAdamkiewicz動脈の走行を同定できるかできないかは重要なポイントである。

教訓 胸腹部大動脈瘤術後の死亡および重症合併症の原因として最も多いのは呼吸不全です。術中に左反回神経を傷つけてしまうことがあるため、もともと右反回神経麻痺がある場合は抜管困難になるおそれがあります。胸腹部大動脈瘤の術後急性腎不全の発生頻度は7-40%です。
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TAAAの麻酔~疫学 [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

胸腹部大動脈瘤はたいていCrawford分類に基づいて分類される(fig.2)。胸部大動脈瘤の平均直径拡大速度は0.1cm/年である。大きさは、破裂、解離もしくは死亡と直接的に相関する。上行大動脈瘤より下行大動脈瘤、非解離性大動脈瘤より解離性大動脈瘤、結合織疾患を伴わない動脈瘤よりマルファン症候群をはじめとする結合織疾患を伴う動脈瘤の方が、拡大速度が大きい。

Dapuntらは動脈瘤拡大の危険因子を検討し、高血圧、男性、70歳以上、喫煙歴および初診時の動脈瘤径5cm以上が急速な動脈瘤拡大の独立危険因子であることを明らかにした。胸腹部大動脈瘤患者500名以上を9年にわたって追跡調査した前向き研究では、直径6cm以上の動脈瘤は年7%の割合で破裂もしくは解離するという結果が得られている。この研究では、破裂する前に手術を行えば平均余命を達成できることも明らかにされている。CrawfordとDeNataleは、手術を受けていない胸腹部大動脈瘤患者94名について追跡調査を行った。対象患者の75%が2年以内に死亡し、そのうち50%の死因が動脈瘤破裂であることが分かった。したがって、胸腹部大動脈瘤は手術を行って治療することが一般論としては推奨される。特に直径6cm以上の動脈瘤の場合は手術を行うべきである。胸腹部大動脈瘤に対する手術実施の是非を決定する際には、利害得失を比較考量しなければならない。是正不能な基礎疾患がある患者では、周術期死亡のリスクの方が手術によって得られる便益よりも大きい可能性もあるので、慎重かつ賢明に手術の可否を決定すべきである。

昔から今までの様々な報告を概観すると、胸腹部大動脈瘤の予定手術の死亡率は5-25%である。胸腹部大動脈瘤の手術症例数が少ない施設で手術が行われたり、この術式の経験が少ない外科医が手術を行ったりすると死亡率が有意に高くなる。したがって、胸腹部大動脈瘤の手術症例は、症例数の多い施設に集約し、経験数が多い外科医が行うべきである。

教訓 直径6cm以上の胸腹部大動脈瘤は年7%の割合で破裂もしくは解離します。手術を受けていない胸腹部大動脈瘤患者の75%が2年以内に死亡します。胸腹部大動脈瘤予定手術の死亡率は5-25%です。
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TAAAの麻酔~症例呈示 [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

胸腹部大動脈瘤(TAAA)切除術は外科医にも麻酔科医にも困難で複雑な任務を強いる。昔から胸腹部大動脈瘤切除術の死亡率および重症合併症発生率は高く、執刀医および施設によって成績が左右される。しかし、この十年のあいだに、基礎研究、手術手技および周術期管理の向上によって合併症発生率は大幅に低下した。本稿では、胸腹部大動脈瘤切除術を受ける患者の周術期管理についての最新の知見を紹介する。


症例報告

69歳白人男性。直径7.6cmのCrawfordⅡ型胸腹部大動脈瘤に対する手術が予定されている(fig.1)。既往歴は以下の通りである。1998年Ⅰ型大動脈解離破裂のため手術、1999年上行大動脈グラフトの仮性動脈瘤のため弓部大動脈置換術を行いエレファントトランク留置(エレファントトランクとは、弓部置換のときにグラフト遠位部を下行大動脈内に吹き流しのように挿入し、下行大動脈瘤の手術を将来行うときにやりやすいようにする方法)、2001年腹部大動脈瘤切除術、その他、高血圧、洞不全症候群(ペースメーカを留置されている)、巨細胞性動脈炎および右腎萎縮による慢性腎不全がある。今までに行われた手術はすべて別の病院で行われた。術前検査の結果はいずれも正常範囲内であった。

ASAの標準モニタに加え、右橈骨動脈に動脈圧ライン、頭部にNIRS(近赤外線分光法による脳酸素飽和度のモニタ)およびBISを設置した。当初の酸素飽和度は、右半球が70%、左半球が72%であった。ペースメーカは非同期モードとし、心拍数は80bpmに設定した。全身麻酔はエトミデート、フェンタニルおよびロクロニウムで導入し、麻酔維持にはイソフルランを用いた。導入後に左用35Frダブルルーメンチューブを左気管支内に挿入した。右内頸静脈に9Frのマルチルーメンカテーテルと肺動脈カテーテルを留置した。経食道エコーのプローブを挿入した後、患者を右側臥位とし、脳脊髄液ドレナージのカテーテルを腰椎椎間から留置した。抗線溶作用を得るためアミノカプロン酸を投与した。Surgical Care Improvement Projectのガイドラインに従い、執刀に先立ちバンコマイシンを投与した。

左後側方胸腹連続切開が加えられた。執刀から大動脈遮断までの平均動脈圧は65-80mmHgであった。体温を維持するための方策を講ずることなく下がるにまかせた。大動脈遮断直前の体温(鼻咽頭プローブで測定)は約32.2℃であった。腎血流を保つためマンニトール25gを投与した。左心バイパスを開始するまえにヘパリン1mg/kgを投与した。左心バイパスを行うにあたり、左下肺静脈および胸部下行大動脈にカニュレーションした。平均動脈圧が約80mmHgとなるように人工心肺の流量を1.5-2L/minのあいだで調節した。左総頸動脈と左鎖骨下動脈のあいだで大動脈遮断を行った。左鎖骨下動脈はそれのみで別途遮断した。大動脈遮断による後負荷増大を緩和するためニカルジピンを投与した。大動脈遮断中は、脊髄血流を低下させないようにするため平均動脈圧を85-90mmHgに維持した。髄液を間欠的にドレナージして、髄液圧を15mmHg未満に保った。中枢側の吻合が終了したので、左鎖骨下動脈の遮断を解除した。近位側の大動脈遮断部位はグラフトに移動した。これによって左鎖骨下動脈の血流が再開した。左心バイパスを停止し、動脈瘤を切開した。肋間動脈(T7-T9)、腹腔動脈起始部および上腸間膜動脈の分枝はそれぞれ島状吻合によって再建した。左腎動脈は10mmのダクロングラフトを用いて再建した。右腎は高度に萎縮しているため、右腎動脈は再建しなかった。大動脈遮断中は、乳酸リンゲル液、マンニトールおよびメチルプレドニゾロンを成分とする冷たい灌流液を左腎へ間欠的に灌流させ腎を冷却した。大動脈遮断部位は徐々に遠位へと移動させ、肋間動脈、腸管、下肢、左腎の血流をその度に再開させた。「非保護」虚血時間(左心バイパス終了後の虚血時間)はそれぞれ、20分、38分、38分、54分であった。大動脈遮断解除および肋間動脈血流再開の約10分前から、ノルアドレナリンの投与を開始し平均動脈圧が80-90mmHgとなるように投与量を調節した。同時に、ヘモグロビン濃度が10g/dLを上回るように濃厚赤血球製剤を2単位投与し、血管内容量を維持するため5%アルブミンを使用した。また、遮断解除による代謝異常を是正するため、塩化カルシウムおよび炭酸水素ナトリウムを投与した。

左腎の血流が再開するのと同時に、フロセミドとインジゴカルミンを投与した。その12分後に青く着色した尿の流出を確認した。大動脈遮断から左腎血流再開までのあいだに、患者の体温は30.5℃まで低下した。ヘパリンをプロタミンで拮抗した後に、復温を開始した。その方法は、室温上昇、加温した輸液製剤の使用、加温した生食による術野洗浄および温風式加温装置の使用である。ノルアドレナリンを用いて平均動脈圧を80-90mmHgとし、血漿中のイオン化カルシウム濃度が正常範囲内に保たれるように塩化カルシウムを間欠的に投与した。術中輸血量は、濃厚赤血球5単位、新鮮凍結血漿6単位、血小板20単位およびセルセーバー血1250mLである。輸液量は5%アルブミン1500mLと晶質液2000mLである。尿量は2500mL、出血量は3000mLであった。術後は集中治療部に収容し、プロポフォールで鎮静を行った。

集中治療部入室後の患者の血行動態は安定しており、神経学的所見に異常はなく、強心薬は不要であった。平均動脈圧は80-90mmHg、髄液圧は15mmHg未満であった。術後第一日に抜管し、髄液ドレナージを中止した。神経学的後遺症は認められなかった。

教訓 TAAAの麻酔についての記事です。この症例では、腎保護のためにマンニトールを投与し、腎臓を局所的に冷却する方法を行っています。ルンバールドレナージ用のカテーテルは麻酔導入後に留置しています。
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