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術後の視力障害 [anesthesiology]

Anesthesiology2008年5月号より

Effects of Anemia and Hypotension on Porcine Optic Nerve Blood Flow and Oxygen Delivery. は、術後視力障害の発生機序について示唆を与える研究である。本研究ではブタを使って貧血および低血圧による視神経の血流と酸素運搬量の変化が調査された。

血管内容量が維持された低血圧下では脳、視神経とも血流量および酸素運搬量は変化しなかった。血管内容量が減少した状態での低血圧下では脳血流および脳酸素運搬量は変化しなかったが、視神経の酸素運搬量は低下した。貧血に陥ると脳血流は増加し、脳酸素運搬量は変化しなかったが、視神経は貧血下では低血圧であってもなくても血流は増加せず、したがって酸素運搬量は低下した。

以上の結果から脳血流量および酸素運搬量に変化が及ばない程度の貧血や低血圧であっても、視神経の血流や酸素運搬量は低下すると言える。

以下editorialから

長時間の腹臥位脊椎手術1000例あたり1例に何らかの視力障害が認められると言われている。虚血性視神経症(ION; ischemic optic neuropathy)がその病因であるとされている。術後IONの発生機序は十分解明されているとは言えないが、貧血、低血圧、静脈鬱血による眼窩浮腫が関与していると考えられている。ASAの調査では1L以上の出血と6時間以上の腹臥位が術後IONの危険因子であるという結論が得られている。

しかし、出血量の少ない比較的短時間(3-4時間)の腹臥位手術後の術後ION症例も報告されている。したがって術後IONには患者要因も関わっていると考えられている。IONには特発性のものもある。普通の睡眠から覚醒したときに睡眠前にはなかった視力障害が発生しているのが典型的な特発性IONである。高血圧、糖尿病、血管疾患、眼底写真で陥凹乳頭径比が小さい場合、睡眠時無呼吸などが特発性IONの危険因子であるとされている。特発性IONの発生頻度は成人10000-16000人あたり1人ほどと推定されており、頻度は上昇傾向にあるという意見もある。

教訓 ①腹臥位手術中は低血圧、貧血を避ける
    ②6時間以上の腹臥位を避ける
    ③特発性IONの危険因子がある場合は手術実施の可否を再検討する





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重症妊娠高血圧症の帝王切開に脊髄クモ膜下麻酔 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年5月号より

Hemodynamic Changes Associated with Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery in Severe Preeclampsia.

 重症子癇前症患者の帝王切開の麻酔法につき全身麻酔と区域麻酔のどちらが適しているかを調査した無作為化対照試験がはじめて行われたのは1995年のことである。この試験の結果、重症子癇前症患者において区域麻酔も選択肢の一つとなり、区域麻酔が禁忌でない場合は脊椎麻酔を安全に実施できるという報告が相次いだ。中には、健康な妊婦と比較し子癇前症患者の方が脊椎麻酔中に低血圧に陥る頻度が低く昇圧薬の使用量が少ないという報告もある。とはいうものの、脊椎麻酔を行えば低血圧および胎盤血流の低下というリスクは避けられず、全身麻酔より脊椎麻酔の方が新生児のアシドーシスが起こりやすい可能性も指摘されている。

 大多数の研究では母体心拍出量の代替指標として心拍数と血圧を用いてきた。しかし帝王切開における脊椎麻酔に求められるのは、母体の心拍出量と子宮胎盤血流を維持することである。健康な妊婦では上肢の血圧よりも心拍出量の方が子宮胎盤血流とよく相関することが知られている。子癇前症患者では体血管抵抗(SVR)が高いため血圧を心拍出量の指標とするのは適当ではない可能性がある。

 この研究では子癇前症患者に対し脊椎麻酔を行っても心拍出量は臨床的に有意な変化を示さないという仮説を検証した。本研究を通じ、子癇前症患者に脊椎麻酔を行った場合の血行動態変化を理解することによって周術期の肺水腫、腎機能障害、子癇発作、新生児への悪影響を防ぐ一助となると考える。

 心拍出量測定には、動脈圧波形から自動相関アルゴリズムを用いて一回拍出量を算出する心拍出量モニターを用いた(LiDCOplus; LiDCO, London, UK)。このモニターではまず「名目」一回拍出量を算出し、リチウム希釈法によって測定した心拍出量を用いた校正を行い名目一回拍出量を実際の一回拍出量に変換する。「名目」心拍出量の算出には、動脈圧波形の形態ではなく、波形まるごとを用いた圧-容量変換を用いる。この方法による心拍出量測定は一度校正を行うと少なくとも8時間は再校正を行わなくても正確な値が得られる。

 心拍出量が基準時点より20%以上低下する場合を有意な変化とした。

 平均動脈圧が基準時点より20%以上低下した場合、フェニレフリンを50mcgずつ1分間隔で基準時点より20%低下した平均動脈圧に復するまで投与した。30%以上低下した場合は、フェニレフリンを100mcgずつ1分間隔で基準時点より20%低下した平均動脈圧に復するまで投与した。

 平均動脈圧が目標値に達しても心拍出量がフェニレフリン投与前より5%以上増加しない場合は、エフェドリンを5または10mgずつ動脈圧と同様の方法で投与した。エフェドリンを50mg投与しても心拍出量が増加しない場合は急性耐性と判断しフェニレフリン投与に切り替えた。低血圧(基準時点より30%低下)に伴い心拍数が55bpm未満になった場合はアトロピン0.5mgとエフェドリン10mgを投与した。児娩出後は血圧が基準時点より30%以上低下した場合にフェニレフリンまたはエフェドリンを投与した。

 児娩出から30分経過後、オキシトシン2.5Uを30秒かけて投与した。オキシトシン投与後3分間は昇圧薬を投与しなかった。

 オキシトシン投与後を除いて、心拍出量は帝王切開中一貫して維持された。

 フェニレフリンが投与されたのは、合計10名で、児娩出前が8名、児娩出後が6名であった。エフェドリンが投与されたのは7名であった。フェニレフリン投与前のSVRは基準時点より有意に低かったが、心拍出量と心拍数は基準時点と同等であった。フェニレフリン投与により平均動脈圧とSVRは有意に上昇し、心拍数は有意に低下した。一回拍出量と心拍出量はフェニレフリン投与前と比べ有意な変化は認められなかったが、心拍出量は減少する傾向が認められた。

 今回の研究では健康な患者の帝王切開で脊椎麻酔を実施する場合と同様に、昇圧薬の第一選択としてフェニレフリンを用いた。術前の降圧薬投与にも関わらず、基準時点におけるSVRは正常より高く、心拍出量は正常範囲内であった。脊椎麻酔によって平均動脈圧とSVRは有意に低下した。多くの患者で心拍出量は20%以上増加した。以上より子癇前症患者における脊椎麻酔の影響は後負荷の軽度低下であると言える。フェニレフリン投与によって心拍出量は低下する傾向が認められた。

 昇圧薬の投与頻度は、正常妊婦の場合よりも少なかった。

 今回の研究では平均動脈圧の目標値下限を基準時点の20%低下としたが、この範囲だと心拍出量は有意な変化を見せず、むしろ多くの場合心拍出量が増加した。また、血圧が目標下限以下となってフェニレフリンを投与しても心拍出量は増えず、それどころか減少する症例もあった。したがって、子癇前症患者の脊椎麻酔では動脈圧を基準時点レベルに維持する必要はないと考えられる。

 オキシトシン投与によって有意な血圧低下、心拍数、一回拍出量、心拍出量上昇が認められた。オキシトシンによる血行動態変化は脊椎麻酔による変化よりも程度が甚だしかった。子癇前症患者ではオキシトシンはゆっくり投与すべきである。

 今回はリチウム希釈法による心拍出量測定を行った。この方法は動脈圧ラインに設置されたリチウム感受性電極が描く希釈曲線から心拍出量を測定するもので、侵襲が小さい上に、熱希釈法よりも電磁血流計の心拍出量に近い値が得られることが分かっている。

 まとめ:重症子癇前症患者に脊椎麻酔を行うと、後負荷が軽度低下し、心拍出量はほとんど変化しない。フェニレフリンを投与しても心拍出量は上昇しない。本研究では子宮胎盤血流については観測していないため、母体および胎児双方の観点から、α+β作動薬の方がα作動薬より適している可能性があり、今後の研究が待たれる。オキシトシンを投与すると一時的とはいえ相当の低血圧、頻脈、心拍出量増加が起こる。オキシトシンはゆっくり静注すべきである。脊椎麻酔の効果が消失した時点では、一回拍出量はよく保たれており、心拍出量は有意ではないが低下していた。重症子癇前症患者の帝王切開を硬脊麻(CSE)で行い良好な管理が可能であったとする報告があり、確かに術後鎮痛にはCSEは有利かもしれないのだが、この研究で得られた結果を踏まえると血行動態(心拍出量)を適切に維持するには、単回投与の脊椎麻酔の方が望ましいと考えられる。


教訓 ①重症PIHの脊麻では血圧が下がっても心拍出量は維持される
    ②血圧より心拍出量の方が胎盤血流とよく相関する
    ③PIHでは血圧から心拍出量を推定するのは適当ではないかもしれない
    ④オキシトシンは点滴静注する
    ⑤LiDCOplusはフロートラックよりすぐれものかもしれない
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硬膜外麻酔は良好な術後鎮痛や術後肺合併症減少に役立つ [anesthesiology]

The Lancet 2008年8月16日号

Epidural anaesthesia and survival after intermediate-to-high risk non-cardiac surgery: a population-based cohort study.

硬膜外麻酔/鎮痛には数多の利点があるが、それが生存率改善に役立っているかどうかは不明である。術中、術後の硬膜外麻酔/鎮痛の利用による術後30日生存率改善の有無を遡及的に調査した。

1994年4月1日から2004年3月31日にオンタリオにおいて中等度から高度リスクの予定非心臓手術を受けた40歳以上の患者259,037名を調査した。硬膜外麻酔/鎮痛を受けた群と受けなかった群について基準時点における有意差を減少させるために傾向スコア法を用いてマッチングを行った。マッチさせたペアについて硬膜外麻酔/鎮痛の有無と30日生存率の関係について調査した。

259,037名のうち56,556名(22%)が硬膜外麻酔を受けた。マッチさせたペアのコホート(n=88,188)においては、硬膜外麻酔によって30日死亡率がわずかに低下した(1.7% vs 2.0%; RR0.89, 95%CI 0.81-0.98, P=0.02)。

硬膜外麻酔/鎮痛は30日生存率をわずかに上昇させるが、この効果の解釈には注意が必要である。というのも、サンプルサイズが大きいにも関わらずP値がボーダーライン上にある。硬膜外麻酔による生存率上昇効果が小さいことは、NNT(治療必要数)が477とかなり大きいことからも分かる。したがって、今回の調査からは硬膜外麻酔が生存率を上昇させるとは言い切れない。とはいうものの、生存率改善以外の目的(例;良好な術後鎮痛、術後肺合併症の予防)で行うのであれば周術期の硬膜外麻酔/鎮痛は安全に実施することができることを本研究は示している。

教訓 この論文はabstractしか手に入らなかったので本文を読んでいません。abstractを読む限りでは、周術期の硬膜外は生存率にはあまり影響を与えず(ごくわずかに生存率を上昇させる)、概ね良い効果を安全に実現する手法であるようです。末梢神経ブロックやオピオイドによる術後鎮痛法の安全性と効果(鎮痛法/薬そのものによる合併症、生存率、鎮痛の質、呼吸器合併症など)はどうなのでしょうか?
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心臓手術にドブタミンはよくない [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年6月号より

Perioperative Use of Dobutamine in Cardiac Surgery and Adverse Cardiac Outcome: Propensity-adjusted Analyses.

心臓外科手術中のカテコラミン投与は麻酔科医の判断によって行われている場合が多く、ガイドラインやアルゴリズムに基づいて投与されることはほとんどない。麻酔科医の臨床的判断が必ずしも正しい判断であるとは言えない。本研究では人工心肺後に担当麻酔科医の臨床的判断に基づく人工心肺後カテコラミン投与が術後の転帰を悪化させるという仮説を検証した。

この研究は前向きオープンラベル非無作為化観測研究で、CABGあるいはAVR/MVR症例を対象とした。緊急手術、再手術、最近4週間以内の心筋梗塞、術前TropI>0.6ng/mLの症例を除外した。術中管理については特に取り決めを設定せず、担当麻酔科医の判断によった。CPB後48時間以内に少なくとも1種類のカテコラミンが使用された場合をカテコラミン使用群、それ以外の場合をカテコラミン非使用群とした。重大な心臓合併症(心室性不整脈、IABP使用、術後心筋梗塞)を主要エンドポイントとし、全死因院内死亡を二次エンドポイントとした。

657名の登録患者中84名(13%)にカテコラミンが投与された。2種類以上のカテコラミンが使用されたのは11名であった。製剤のうち最も頻用されていたのはドブタミンであった(84名中76名, 90%に投与)。ドパミンは6名、ノルエピネフリンは4名に使用された。カテコラミンの平均投与時間は31時間であった。

カテコラミン非使用群と比較し、カテコラミン使用群ではIABP使用率(30% vs 9%; P<0.001; OR4.2[2.5-7.3])、全死因院内死亡率(8% vs 1%; P<0.001; OR12.9[3.7-45.2])が高かった。バイアスおよび交絡因子の調整を行った後にさらに解析を行った。交絡因子は以下のものを用いた。
心臓合併症発生に影響を与える交絡因子:使用したカテコラミンの数、EuroSCORE、CABG+弁の手術、術前の利尿薬投与、SAPSIIスコア、CPB時間、大動脈遮断時間、術前の左室駆出率、術後TropI値、術後クレアチニン値、腎機能障害
院内死亡率に影響を与える交絡因子:CABG+弁の手術、術後TropI値

propensity scoreによる層別解析(OR, 2.1 [1.0-4.4]; P < 0.05)
propensity scoreによる共変量解析(OR, 2.3 [1.0-5.0]; P < 0.05)
周辺構造モデル(OR, 1.8 [1.3-2.5]; P < 0.001)
propensity scoreによるマッチング(OR, 3.0 [1.2-7.3]; P < 0.02)

すべてにおいて重大な心臓合併症がカテコラミン投与例に有意に多いという結果が得られた。
全死因院内死亡については有意差は認められなかった。

マッチング後の大動脈遮断時間: カテコラミン使用群 72分  カテコラミン非使用群 69分
マッチング後の人工心肺時間:   カテコラミン使用群 112分  カテコラミン非使用群 111分
マッチング後の抜管までの時間:  カテコラミン使用群 11時間  カテコラミン非使用群 9時間

以上の結果からドブタミンは有益性がリスクを上回ると判断されなければ投与すべきではないと考えられる。

今回の対象症例中89%で低量ドブタミン(平均4.8mcg/kg/min)が、アルゴリズムや心拍出量モニタリングなしに投与されていた。ドブタミンが第1選択にされているのは、CPB後の低血圧が心室収縮力低下や心筋stunningによるものと考えられているせいであろう。しかし、CPB後の低血圧の原因はhypovolemiaおよび単一冠動脈の異常に負う場合の方が多い。本研究におけるカテコラミン使用群では、術前に利尿薬を投与されている患者が多く、術後縦隔出血量も多かった。したがって、不顕性のhypovolemiaがドブタミン投与につながった可能性があり、そうだとすればカテコラミン投与は心機能の厳重なモニタリングに基づいて判断されるべきである。propensity analysisは既知の交絡因子については威力を発揮するが、未知の交絡因子の影響を除外するものではないため、今回得られた結果が今後新たな交絡因子の発見によって書き換えられる可能性がある。

結論:人工心肺を使用する心臓手術を受ける低リスク患者に対して、担当麻酔科医の臨床的判断のみでドブタミンを投与すると術後心臓合併症が増加する。ドブタミンは有益性がリスクを上回ると判断されなければ投与すべきではないと考えられる。

以下editorialより

予定CABG患者に対する強心薬の投与率は施設あるいは麻酔科医によって大きな差があり、5%未満から100%であるとされている。

使用する場合の薬剤の選択も様々で、ドブタミンを第一選択にする場合がある一方で、エピネフリン、ドパミン、ドペキサミン、ミルリノン、エノキシモン、オルプリノン、ノルエピネフリン、レボシメンダンなどを第一選択薬として使用する者もいる。同じ術者、同じ施設内であっても麻酔科医によって強心薬使用開始時期の判断および第一選択薬は大きく異なる。心臓外科手術における強心薬使用がこのように無秩序とも言えるような状況であるのは、強心薬を使っても、使わない場合と比べ転帰が悪くなることはなかろう、となんとなくみんなが信じているからなのかもしれない。

強心薬を使用しなくても循環動態を適切に管理することが可能な患者に強心薬を投与すると転帰が悪くなる、という仮説をpropensity score(傾向スコア)を用いて検証したのがこの研究である。CABG後の転帰について強心薬(ほとんどの場合ドブタミン)を使用した場合と使用しなかった場合について同じような状態の患者間で比較し、強心薬使用の有無以外の条件が同じであれば、強心薬を投与された患者の方が転帰が悪いということが分かった。

この結果の臨床的な意味はなにか?

① 本研究の結果はドブタミンの影響を調べたものであり、他の強心薬についても当てはまるわけではない。ドブタミンは他のβ刺激薬とは異なる血行動態変化をもたらす。たとえば、エピネフリン、イナムリノン、ミルリノンよりも頻脈を起こしやすい。ドブタミンは部分的アゴニストであり他のβ刺激薬の作用を阻害する可能性がある。
② この研究ではほとんどすべての臨床医がためらいなく強心薬を投与するような患者を除外していない。この場合、強心薬以外の適切な治療法の選択肢は現状では存在しない。したがってこのような患者群には今まで通り強心薬を投与してもよい。
③ 最近ではβ受容体の遺伝子多型の解明が進んでいる。β刺激薬の多量投与が必要な患者(β刺激薬によって利益を得られる患者)と、β刺激薬投与が害になる患者との判別も近い将来は可能になるかもしれない。
④ 人工心肺離脱時に、心機能が低下していない患者に対してもルーチーンでドブタミン5mcg/kg/minを投与している施設もあるが、医学的に適応があると判断されない限りは心臓手術後にドブタミンを投与するのは控えるべきである。

慢性心不全患者に対するドブタミン投与の是非についての研究でも、今回の研究と同様に、血行動態の上では特にドブタミンを必要としない場合に、生存率を改善する目的でドブタミンを投与することは非常に好ましくないという結果が得られている。ドブタミンは適応がある場合にのみ投与すべきで、ルーチーンや思いつきで投与するようなことは戒めるべきであろう。

教訓 ドブタミン投与は慎重に。
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高濃度酸素投与は有害か? [anesthesiology]

Anesthesiology 2007年5月号より

Hyperoxia-induced Tissue Hypoxia: A Danger?

酸素を投与すると血液および組織の酸素化が改善するとかねてより考えられている。しかし、高酸素症は徐脈を招き、心拍出量は低下する。そのため酸素運搬量は期待したほどには増加しない。酸素投与によってかえって組織への酸素運搬量が減少する機序について、心拍出量低下とは別の現象が関与している可能性があることが最近喧伝されている。動物および健常者を対象とした実験の結果から、吸気酸素濃度が十分に高いと換気量が増加する可能性があることが示唆されている。この現象の原因として、活性酸素産生量増加によって脳幹の二酸化炭素化学受容体が直接刺激されるとか、正常酸素量の場合に作動する抑制系入力が酸素投与によって減少するとか、Haldane効果によって脳幹の二酸化炭素分圧が上昇するといったような機序が考えられている。酸素投与が換気量増加につながることが実験から明らかになったことを受け、高酸素症に起因する過換気によって低二酸化炭素症が起こり、その結果「低酸素症」を惹起するほどの臓器血流低下が発生する可能性があるのではないかという推測が広まった。現在では、この推測を基に実際の治療場面において意思決定を行っている臨床医も出てきており、この概念について検討した臨床系論文も発表されている。

高酸素症下では二酸化炭素の血中含有量が減少する。これは「Haldane効果」として知られ、酸素とヘモグロビンの親和力が高まるため二酸化炭素がヘモグロビンから遊離することによって起こる現象である。このことから、二酸化炭素のヘモグロビン結合度低下の結果、静脈血および組織の二酸化炭素分圧が上昇するという主張が存在するのである。脳幹の二酸化炭素分圧が上昇し水素イオンが蓄積すると、中枢性化学受容体が刺激され過換気が発生し、過換気は動脈血低二酸化炭素症につながり脳を含む臓器の血管床における血管収縮が起こると考えられている。この仮説から、酸素を投与すると組織血流量が低下し、組織低酸素症を招来するという考えが導かれるのである。

この考えの理路には以下のような瑕疵がある。第一に、高酸素症になっても酸素含有量の増加分を打ち消すほどには血流量は減少せず、したがって実際には酸素投与によって酸素運搬量は増えるのである。第二に、組織中に二酸化炭素が蓄積すればアシドーシスが起こり、血管収縮を打ち消すような作用が発揮される。第三に、低酸素状態ではHaldane効果によって臨床的に看過し得ない程度の二酸化炭素分圧変化が起こることもあろうが、正常~高酸素モデルにおいてはHaldane効果による二酸化炭素分圧の変化はごくわずかなものに過ぎない。第四に、実験結果に基づき高酸素症が過換気につながる可能性を指摘する研究者たちがいて、ある論文ではこのようにして発生した過換気によって臨床的に有意な低二酸化炭素血症に陥るという説が紹介されたが、その根拠は薄弱である。この仮説を展開した論文中で引用された研究のうち、実際に動脈血二酸化炭素分圧を測定していたのは一編のみであったのである。この一編の研究によれば、酸素呼吸をさせた健常被験者6名のうち5名において動脈血二酸化炭素分圧低下が観察されたとはいうものの、低下の度合いはわずかであった(平均2.5mmHg低下)ということである。一方、たとえ3ATAまでの高気圧環境下で100%酸素を投与しても動脈血低二酸化炭素症にはならないことがその他複数の研究で明らかにされている。健常者を対象とした研究では、1ATA空気呼吸と3ATA100%酸素呼吸を比較したところ、動脈血二酸化炭素分圧はそれぞれ37±2.9、36±2.6mmHg(mean±SD)であった。3.5ATAの高気圧酸素下における研究では中等度低二酸化炭素症が発生すること(平均5mmHg低下)が分かっているが、このような研究で見られるような異常に高い酸素分圧(約2100mmHg)では、酸素そのものによる毒性によって過換気が惹起されているものと考えられる。

酸素投与による低二酸化炭素症という現象は、酸素投与下における換気量の増加または呼気終末二酸化炭素分圧の低下のいずれかのみを観察し推測されたに過ぎない。このような観察結果は呼吸生理学的機序からもっともらしく説明することもできる。一例として、高濃度酸素に曝露されると無気肺が生じ肺コンプライアンスが低下し、それに呼応して換気量が増えるという機序を演繹して説明することができる。また、無気肺になると換気血流比の低い肺胞やシャントが増えたりするため、動脈血二酸化炭素分圧を正常に保つため正常範囲の換気が行われている肺胞の換気量が増えるという機序を根拠とすることもできる。確かに健常被験者に100%酸素を呼吸させるとガス交換に変化が認められる。この変化の実体は生理学的死腔の増加であり、換気量が増加するのに動脈血二酸化炭素分圧が変化しないことから説明がつく。だが、Rederらは100%酸素呼吸下でも換気血流比分布は変化せず、過換気も低二酸化炭素症も認められなかったとしている。

結論:健常者、非健常者を問わず酸素を投与すれば血液および組織酸素化が改善することを示す根拠は数限りなく存在する。大気圧下で臨床的にあり得る範囲内の高酸素症でも過換気を引き起こすことがあるが、その原因としてもっとも考えられるのは、無気肺とそれによる換気血流比ミスマッチから生理学的死腔が増加することである。さらに、無気肺により肺コンプライアンスが変化すると反射的に換気が促進される。その結果呼気終末二酸化炭素分圧は低下するが、有意な動脈血低二酸化炭素血症は伴わず、虚血や低酸素症も引き起こさない。酸素呼吸によって動脈血二酸化炭素分圧はわずかに変化することはあるが、動脈血二酸化炭素分圧を直接測定した数多くの研究からは、酸素投与によって動脈血二酸化炭素分圧が有意な変化を示すと言えるような一貫した根拠は見出せない。動脈血二酸化炭素分圧が低下するという観察結果を発表している論文も少数存在するが、学術論文としての重要性は低く、臨床的にもあまり参考にはならない。短期間の高濃度酸素投与は組織酸素化に不利に作用することはなく、安心して実施してよい。

教訓 100%酸素はいけない、という意見もありますが、導入中や抜管前の100%酸素投与は問題なさそうです。
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硬膜外併用全麻は前立腺癌再発率を低下させる [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年8月号より

Anesthetic Technique for Radical Prostatectomy Surgery Affects Cancer Recurrence: A Retrospective Analysis.

米国で年間27000人が前立腺がんで死亡する。手術を行っても局所再発または転移などが起こることがある。再発や転移には宿主の免疫能、特にNK細胞機能が関与している。周術期の要素のうち少なくとも以下の三つが再発や転移を促す。
①手術  腫瘍細胞が血中に放出される。細胞性免疫を抑制し細胞毒性T細胞やNK細胞の機能が低下する。腫瘍関連血管新生抑制因子(アンギオスタチンやエンドスタチンなど)の血中濃度が低下する。血管内成長因子などの血管新生促進因子の血中濃度が上昇する。腫瘍組織の局所および遠隔増殖を促進する成長因子が放出される。
②麻酔  好中球、マクロファージ、樹状細胞、T細胞、NK細胞などの機能を障害する。
③鎮痛に用いられるオピオイド  ヒトの細胞性免疫および液性免疫を障害する。モルヒネには血管新生促進作用があり齧歯類の乳腺腫瘍の成長を促進する。したがって非オピオイド鎮痛薬の使用によってヒトおよび動物でNK細胞機能の作用が維持され、齧歯類においてガンの転移が抑制されることが明らかにされている。

区域麻酔/鎮痛によって以上のような悪影響を抑制することができる。手術に対する神経内分泌のストレス反応が緩和される。NK細胞機能が良好に維持されガンの肺転移が抑制されることがラットの実験から示されている。全身麻酔に区域麻酔を組み合わせることによって全身麻酔薬の必要量が減少するため、免疫能低下作用が軽減される可能性がある。区域鎮痛によって術後のオピオイド必要量が減るため、オピオイドによる免疫能低下および腫瘍増大作用が緩和されると考えられる。さらに内因性オピオイドの放出量も低下する。

本研究では開腹前立腺全摘を受ける患者において全身麻酔+硬膜外麻酔と全身麻酔+術後オピオイド鎮痛を受けた群を比較すると、硬膜外麻酔併用群の方がガン再発率が低いという仮説を検証した。

1994年1月から2003年12月の間にMater Misericordiae University HospitalおよびMater Private Hospital(Dublin, Ireland)において開腹前立腺全摘を受けた患者を対象とし遡及的に調査した。硬膜外麻酔を併用する場合は、術前に下部胸椎椎間からカテーテルを挿入し執刀前に局所麻酔薬を投与した。術後48-72時間、局所麻酔薬の持続硬膜外注入を行った。硬膜外麻酔を併用しない場合はモルヒネPCAによる術後鎮痛が行われた。PCAの設定はモルヒネ1mgボーラス、ロックアウト時間は6分とした。

主要転帰は「生化学的転移」(PSAが主治医が何らかのアジュバント治療を検討する程度に術直後より上昇すること)とした。全身麻酔のみの群(123名)と比べ、硬膜外麻酔併用全身麻酔群(102名)の方がASA PSが悪く(P=0.11)、合併症(術後出血、肺炎、尿路感染)が多く(P=0.05)、わずかに手術時間が短かった(2.0時間vs 1.8時間;P=0.06)。また、硬膜外併用群の方が切除縁陰性の患者の割合が少なかった(P=0.06)。腫瘍サイズ、グリーソン分類、術前PSA値、切除縁陽性/陰性の別についての調整後の全身麻酔+硬膜外麻酔群の再発危険率は、全身麻酔+オピオイド群より57%低く (95%CI, 17-78%)、ハザード比は0.43 (95%CI, 0.22-0.83; P=0.012)であった。グリーソン分類と術前PSA値は再発率と独立した強い相関を示した。傾向スコアを用いたマッチングを行い、71ペア(患者142名)について解析したところ全身麻酔+硬膜外麻酔群は全身麻酔群と比較し再発率が52%低く、ハザード比は0.48 (95% CI, 0.23-1.00; P=0.049)であった。Kaplan-Meier曲線による5年後再発なし予測生存率は、全身麻酔群68%、硬膜外併用群87%、10年後はそれぞれ43%、76%であった。

区域麻酔の併用によってガン手術後の再発リスクを低減できる可能性がある。NK細胞は腫瘍の増殖、特に転移を抑制する重要な細胞である。NK細胞活性は手術開始後数時間以内に低下し、その効果は数日間にわたって遷延する。NK細胞活性の低下の程度は手術の侵襲度に比例する。組織傷害、炎症、疼痛、麻酔薬、鎮痛薬、精神的ストレスはすべてNK細胞を抑制し、手術による腫瘍増殖作用を助長する。しかし、区域麻酔の併用によってこの悪影響が緩和される。ケタミン、チオペンタール、ハロセンはNK細胞活性を抑制し転移を促進することが知られている。他の吸入麻酔薬も同様である。ハロセンとイソフルランは好中球の運動能を低下させ、セボフルランはT細胞の機能を低下させる。今回の研究では吸入麻酔薬の使用量については調査しなかったが、硬膜外併用群では全身麻酔のみの群と比較し吸入麻酔薬使用量は相当少なかったものと考えられる。

オピオイドを投与すると細胞性免疫および液性免疫が障害され、抗体産生、NK細胞活性、サイトカイン分泌、リンパ球増加、貪食能が阻害される。オピオイドの免疫抑制作用については、モルヒネがもっともよく研究されているが、フェンタニルやその他のオピオイドについてもモルヒネと同様の免疫抑制作用があることが報告されている。内因性および外因性オピオイドはμ、δ、κ受容体に結合する。これらの受容体は末梢ニューロンおよび中枢神経だけでなく、免疫系の細胞(多形核白血球、マクロファージ、T細胞、脾細胞、マクロファージ様細胞)にも存在する。今回の研究ではオピオイド使用量については調査しなかったが、全身麻酔のみの群ではオピオイド使用量は硬膜外併用群と比較し相当多かったものと推測される。

本研究の問題点は遡及的観測研究であるため、無作為化されておらず治療法が標準化されていないため、選択バイアスと明るみに出なかった交絡因子の影響が除外されていないこと、CIの範囲が大きいこと、傾向スコア法を用いても完全には両群の交絡因子のマッチングが十分にはできなかったことの三点である。

乳ガン手術における胸部硬膜外または傍脊椎ブロック+深い鎮静または全身麻酔(プロポフォール使用)群と全身麻酔(セボフルラン使用)+術後オピオイド鎮痛群についての乳ガン再発/転移率の無作為化比較対照試験(NCT00418457)が現在進行中であり、また近々前立腺全摘術の転帰に麻酔法が及ぼす影響についての無作為化比較対照試験が始まる。

教訓 吸入麻酔薬やオピオイドはガンの手術には良くなさそうです。NCT00418457は2007年1月からはじまり、登録予定患者数は1100名です。終了するのは2013年3月とまだ先のことですが、結果が楽しみです。
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麻酔科医はベクター [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年9月号より

Transmission of Pathogenic Bacterial Organisms in the Anesthesia Work Area.

院内感染は入院患者の10%に認められる。麻酔関連物品や麻酔に伴う手技の院内感染への関与についてはほとんど知られていない。術中に麻酔関連で感染に関わる要素は、エアロゾルと医療機器である。これらは院内感染を発生させる可能性があるものの、これまで麻酔中に細菌が患者に直接伝播するという客観的なデータが示されたことはない。また、耐性菌が麻酔に関連して伝播する可能性もあるが、この点についての報告もない。このように麻酔に関わる細菌伝播についてのエビデンスがはっきりしないため、麻酔関連物品や麻酔手技は院内感染の発生や細菌耐性化の増長には関わりがないという信憑が広まっている。そのためか、麻酔領域で感染予防策が十分行われていないことがいくつかの論文で示されている。本研究の目的は全身麻酔中の細菌伝播リスクの様態を明らかにし、感染予防策の適切な実施と院内感染発生数の減少を促すことである。麻酔領域においては、末梢静脈ラインの三方活栓の汚染が術中細菌汚染の元であり、全身麻酔を原因とする院内感染の一因であるという仮説を検証した。

調査はダートマス-ヒッチコックメディカルセンターで行われた。本施設はニューハンプシャー州に所在する病床数400、手術室数28のレベル1外傷センターを有する三次医療施設である。6日間にわたって無作為に抽出された手術室61室における症例について調査した。

パイロット研究で、麻酔中に麻酔担当者によって汚染される箇所を明らかにした。麻酔器(Datex-Ohmeda)の吸入麻酔薬ダイヤルとAPLバルブは常に検出細菌数が多かった。ほとんどの症例において手術終了時に行われている麻酔領域の消毒法が不十分であることも明らかにされた。当施設における手術終了時の消毒法は、麻酔器とモニタの表面に4級アンモニウム塩(DimensionⅢ)をスプレー噴霧し、しばらくしてから拭き取るという方法を採っている。しかし、消毒薬製造会社は10分後に拭き取ることを推奨しているが、当施設では10分未満で拭き取っていることが多かった。

APLバルブと麻酔薬ダイヤルを定められた通りに消毒し、培養検体を採取した。
手術終了時、消毒前にも麻酔器表面の培養検体を採取した。
開封時(手術室入室時)と手術終了時に三方活栓内部の培養検体を採取した。

主要転帰は手術終了時における麻酔器表面のコロニー増加数と培養陽性三方活栓数とした。二次転帰は麻酔器の細菌コロニー数、細菌の種類と耐性パターン、三方活栓汚染による合併症発生率と死亡率とした。三方活栓開封時の培養はすべて陰性であった。

全身麻酔を受けた61名が対象となった。内訳は、一般外科30%、小児外科15%、整形外科13%、婦人科11%、胸部外科10%、耳鼻科10%、脳神経外科5%、泌尿器科3%、血管外科3%であった。

手術終了時に麻酔器は術前と比べ汚染されており、平均115コロニー(中央値24コロニー)の増加が認められた(P<0.001)。4分ほどの短時間の症例でも細菌コロニー数が増加していた。回帰分析ではコロニー増加数と手術時間の間には相関はなかった。対象症例の32%(95%CI, 20.6%-44.9%)において病原性があると考えられる細菌による三方活栓汚染が認められた。麻酔器の細菌コロニー数が増えるほど、三方活栓汚染率が高かった。麻酔器の細菌コロニー数が約10のとき三方活栓汚染確率は約20%であるが、細菌コロニー数が100以上のときは三方活栓汚染確率は50%以上である。症例の30%で細菌コロニー数が100以上であった。

患者の背景因子について、三方活栓汚染の有無によって比較したところ有意差が認められたのは年齢のみであった。性別、ASA PS、術式、予定/緊急の別、術前の収容場所、麻酔方法、手術時間については有意差は認められなかった。麻酔担当者の資格(レジデント、指導医、医師ではない者)による三方活栓汚染率について有意差は認められなかった。基準時点の麻酔器表面細菌コロニー数について調整を行ってもなお、術中の細菌コロニー増加数と三方活栓汚染には相関が認められた(OR1.67; 95%CI, 1.10-2.53; P=0.02)。

術中に麻酔器へのMRSAの伝播が2例で認められた。麻酔器および三方活栓へのVREの伝播が1例で認められた。DNA解析とパルスフィールドゲル電気泳動でも伝播が確認された。

術後30日目までのカルテ調査で、三方活栓に汚染のなかった症例と比較し三方活栓汚染のあった症例では有意ではない院内感染率上昇(9.8% vs 25%; OR3.08; 95%CI, 0.56-17.5; P=0.18)と、有意な死亡率上昇(41名中0名 vs 20名中2名; 95%CI, 1.11-∞; P=0.0395)が認められた。三方活栓汚染のあった20例中5名に院内感染が認められた(VAP2例、SSI2例、血流感染1例)。このうち2名が長期ICU滞在の後死亡した。三方活栓汚染のなかった41名のうち5名に院内感染が認められたが、死亡例はなかった。多剤耐性菌の麻酔器and/or三方活栓への伝播が起こった3例のうち2例はICUで死亡した。術中体温、血糖値、予防的抗菌薬投与を院内感染の有無によって比較したところ有意差は認められなかった。

入院患者の10%に細菌の水平伝播による院内感染が発生する。医療従事者から患者への細菌伝播を予防する方法は、正しい無菌操作、正しい手指消毒、正しいバリアの使用である。今回の研究で、わずか4分間の手術でも病原菌によって麻酔器が汚染されることが分かった。麻酔器の汚染は麻酔担当者の汚染された手によって媒介されるものと考えられる。当施設では2006年のICU症例数は4381patient daysであった。このうちMRSA29例(感染22例、定着7例)およびVRE13例(感染10例、定着3例)が発生した。今回、61症例中MRSA2例、VRE1例の術中伝播例が認められた。術中の耐性菌伝播が非常に高い確率で起こっていることを示している。当施設はNNISSのデータによればMRSA発生数は25パーセンタイル未満、VRE発生数は50パーセンタイルに位置する。つまり、我々は感染予防策については大方の施設より良好か同等程度には実施されていると考えられる。複数の症例で麻酔器と三方活栓が同じ細菌に汚染されていた。VRE伝播例では、患者から麻酔器、麻酔器から三方活栓への伝播がDNA解析とパルスフィールドゲル電気泳動で確認された。この症例は術前からVRE定着があることが判明しており、麻酔器と三方活栓への伝播は麻酔担当者の手を媒介としたものであると考えられる。本研究で、通常の麻酔のやり方では、多剤耐性菌の水平伝播を起こすことが分かった。術後30日目までの追跡調査で、三方活栓汚染群において非汚染群と比べ有意な死亡率上昇が認められた。この原因は麻酔担当者の不適切な無菌操作によるものであると考えられる。

本研究の問題点:三方活栓汚染と有意に相関するのは麻酔器表面の細菌コロニー数のみであった。その他の要因について有意な相関を見いだせなかったのは、サンプルサイズが小さかったからである。性別、ASA PS、術式、予定/緊急の別、術前の収容場所、麻酔方法、手術時間、麻酔担当者の資格が重要な要因ではないという意味ではない。ただし、麻酔器表面の細菌コロニー数の影響がこれらの要因によって変動するかどうかを多変量解析によって調べたところ、コロニー数の三方活栓汚染確率に与える影響はそれ以外の要因によって左右されないことが分かった。三方活栓汚染と死亡率上昇の関係については、死亡率は今回の研究の主要転帰として設定したものではないため解釈に注意が必要である。この相関については別途大規模調査が必要である。

教訓 麻酔器は汚いと思っていましたが、やっぱりの結果です。麻酔器や患者を触るときは手袋で、一回一手袋でお願いします。
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笑気の作用機序 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

Biologic Effects of Nitrous Oxide: A Mechanistic and Toxicologic Review

笑気は現在ある麻酔薬の中でもっとも歴史が古く150年間以上使用されている。しかし、50年前には笑気の毒性が指摘され、その10年後には職業性曝露の危険性も憂慮されるようになった。以後、笑気は血液、神経、心筋、免疫系に対する悪影響や術後悪心・嘔吐、閉鎖腔膨張などの副作用などの観点から常に是非が問われてきた。Evaluation of Nitrous oxide In a Gas Mixture for Anesthesia(ENIGMA)試験では高濃度酸素群(80%酸素+20%窒素)と笑気群(70%笑気+30%酸素)が比較され、高濃度酸素群の方が術後感染および肺合併症が少ないという結果が得られた。さらに、動物実験の結果から若年者や高齢者において認知機能障害が発生する可能性が示唆されている。本レビューでは笑気によるメチオニン合成酵素およびNMDA型グルタミン酸受容体の阻害作用に関わる毒性について詳述する。

笑気の絶対禁忌  
メチオニン合成経路に関与する酵素や基質の欠乏症、閉鎖腔がある場合(肺気腫、気胸、中耳手術、気脳症、空気塞栓など)、頭蓋内圧亢進

笑気の相対禁忌
肺高血圧症、長時間手術(6時間以上)、妊娠14週まで、術後悪心・嘔吐高危険群

笑気の相対禁忌の可能性
心筋虚血の危険がある場合


麻酔作用の機序
笑気のMACは104%であり、現在使用されている吸入麻酔薬の中でもっとも作用が弱い。笑気の作用は興奮性アミノ酸の受容体であるNMDA型グルタミン酸受容体の阻害によって発揮される。他の吸入麻酔薬(ハロセン、エンフルラン)や静脈麻酔薬(プロポフォール、エトミデート、ペントバルビタール)の作用機序にはGABAA受容体が関与しているが、笑気の麻酔作用にはGABAA受容体のような抑制性アミノ酸受容体はほとんど関わりがない。

鎮痛作用の機序
笑気の鎮痛作用は上脊髄性GABAA受容体阻害と脊髄GABAA受容体活性化によるものである。中脳水道周囲灰白質のオピオイドニューロンおよび青斑核のノルアドレナリンニューロンの活性化によって笑気の鎮痛作用が発揮される。青斑核の活性化は視床下部からのコルチコトロピン放出因子の分泌を介する作用である。コルチコトロピン放出因子の分泌は、NMDA受容体の拮抗作用によって引き起こされる。脳内にコルチコトロピン放出因子およびオピオイド受容体のそれぞれのアンタゴニストを投与すると笑気の鎮痛作用が減弱する。脳幹からのオピオイド放出によってGABA作動性ニューロンが抑制されると、ノルアドレナリンを伝達物質とする下行性疼痛抑制系に対する抑制が消失する。下行性疼痛抑制系が活性化されると、笑気の鎮痛作用が脊髄後角のα1およびα2アドレナリン受容体を介して発揮される。脊髄中のノルエピネフリンが減少すると笑気の鎮痛作用も減弱する。

笑気と外因性オピオイドの相互作用
笑気はコルチコトロピン放出因子を介して上脊髄性オピオイド受容体を活性化する。したがって笑気と外因性オピオイドには相互作用があると考えられる。笑気はイソフルラン麻酔時のモルヒネによるMAC低下作用を減弱させることがラットの実験で明らかにされている。これは、モルヒネと笑気の作用が一部重複しているからであると考えられている。Ghouriらの研究では、100%酸素下でフェンタニル3mcg/kgを投与した場合のデスフルランのMACは2.6%であり、60%笑気40%酸素投与下でフェンタニル3mcg/kgを投与した場合のデスフルランのMACは3.0%であった。つまり、十分量のオピオイドが投与されていると、その上さらに笑気を投与してもMACはそれ以上低下しないということである。一方、Sebelらの研究ではレミフェンタニル血中濃度を1ng/mLに維持した場合のセボフルランのMACは、純酸素下で3.96%であったのが60%笑気下では1.2%に低下した。レミフェンタニルによるMAC低下効果は血中濃度3ng/mLとしても観察された。両研究の結果が相反するのは、フェンタニルとレミフェンタニルのNMDA受容体に対する作用が異なっているためである。レミフェンタニルはNMDA受容体を刺激する。笑気はNMDA受容体のアンタゴニストであるため、レミフェンタニルと併用するとNMDA受容体に対する活性化作用が抑制されMAC低下作用が発揮されると考えられる。同様の機序によって、オピオイドに起因する術後痛覚過敏を笑気によって抑制できる可能性がある。笑気とハロゲン化麻酔薬には相加作用があるが、この場合には笑気は鎮痛作用を期待して投与されるべきではなく、鎮静の目的で使用すべきである。(つづく)

教訓 笑気はフェンタニルよりもレミフェンタニルと相性がいいのかもしれません。

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笑気の毒性~免疫、血液 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

Biologic Effects of Nitrous Oxide: A Mechanistic and Toxicologic Review

免疫毒性
最近行われた多施設研究では、大腸手術を受けた患者418名を対象とし笑気の創感染および創治癒に対する影響を調査したところ(65%笑気 vs 65%窒素)、感染率、創治癒、入院期間および死亡率について有意差は認められなかった。ENIGMA試験では高濃度酸素(80%酸素+20%窒素)と70%笑気(+30%酸素)を比較し、創感染、発熱、肺炎および無気肺が笑気使用群の方が有意に多いという結果が得られている。ENIGMA試験は大手術を受ける2050名の患者を対象とした大規模多施設無作為化比較対照試験であり、入院期間の短縮 (4日間 から3.5日間へ)と創感染の減少(14% から10%へ)を十分な統計学的検出力をもって示すことができるよう計画された。しかし、ENIGMA試験には以下に記す複数の問題点があった。第一に、術後合併症については術後1日の電話調査と術後30日のカルテ閲覧で調査しているに過ぎず、合併症の診断は標準化された方法で行われたのではなく主治医の判断のみで下されたため、診断されていない合併症もあった可能性がある。外科医がどのような基準によって無気肺を診断するための画像検査を行ったのかが不明である。第二に、主治医はカルテにはさまれた麻酔記録をいつでも閲覧できる状態であったため、笑気と高濃度酸素の各群の割当を知った上で合併症を診断した。第三に、吸入麻酔薬の投与法が標準化されておらず、高濃度酸素群は笑気群と比較しプロポフォール使用量が有意に多かった。結果的にENIGMA試験では一次エンドポイントである入院期間に有意差は認められなかった(7.0 vs 7.1日; P=0.06)。しかし、高濃度酸素群では悪心・嘔吐 (OR 0.72)、創感染(OR0.72)、肺炎(OR0.51)、無気肺(0.55)が有意に少なかった。しかし、これらはすべてタイプ1エラーが起こりやすい二次エンドポイントであることに留意が必要である。ENIGMA試験にはその方法にも解析手法にも問題があるため、有意差が認められた原因は高濃度酸素によるものとも、笑気の毒性によるものとも同等に考えられる。したがって、術後合併症を減らすのに、笑気を使用せずかつ高濃度酸素を投与しなければならないのか、どちらか一方だけを採用すればよいのかは不明である。現時点では笑気が他の麻酔薬よりも免疫能を抑制するという明白な根拠は示されていない。

血液毒性
メチオニン合成酵素が阻害されると巨赤芽球性貧血が起こる。2-6時間程度の短時間の笑気曝露であっても重症患者では骨髄に巨赤芽球が増加する。だが、これまでの研究ではコバラミンまたは葉酸欠乏でない限り6時間未満の笑気曝露では血液合併症は起こり難いことが分かっている。高齢者はメチオニン合成酵素阻害作用による影響を受けやすいと言われているが、確たる証拠はない。しかし、高齢者の20%程度にみられるコバラミン欠乏や葉酸欠乏などがあり、明らかにメチオニン合成酵素阻害作用によって副作用を受けやすいことが分かっている患者については注意が必要である。6時間以上の笑気曝露によって血液毒性が発現するが、周術期に葉酸を補給するとこの毒性は予防できるという報告がある。一方、コバラミン欠乏患者では短時間の笑気曝露でも血液毒性が認められる。(つづく)

教訓 ENIGMA試験は高濃度酸素の効果を示した研究だと言われています。

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笑気の毒性~神経 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

Biologic Effects of Nitrous Oxide: A Mechanistic and Toxicologic Review


神経系に対する作用
メチオニン合成酵素の作用が低下すると、ミエリンが損傷され亜急性連合性脊髄変性症などが発生する。サルやブタに笑気を長期投与するとミエリン変性が起こり、メチオニン補充によってこの作用が防がれることが明らかにされている。ヒトでもコバラミン欠乏患者たとえば悪性貧血などの患者では、笑気を投与すると神経合併症が起こるが、投与後数週間後にようやく症状が顕性化すると報告されている。授乳期間中に乳製品および肉類を摂取しなかった母親の月齢6ヶ月の乳児が笑気投与後に筋緊張低下、代謝性アシドーシス、コバラミン低下、瀰漫性脳萎縮を呈した症例が報告されている。コバラミン低下の原因は不明だが、母親の食生活が関与している可能性がある。一方、コバラミン欠乏のないヒトでは、薬物依存のように大量に長期連用しない限りは上述のような神経合併症は起こらない。笑気中毒患者では、意識レベル低下、異常感覚、下肢筋力低下および痙攣などが認められる。栄養不良患者に笑気を使用する場合は、コバラミンと葉酸を補給し笑気による神経障害を予防すべきである。ただし、葉酸のみの投与は避けなければならない。コバラミンが欠乏している状態で葉酸のみを投与すると、笑気による神経障害がかえって促進されるからである。NMDA受容体阻害作用のある他の薬剤と同様に、笑気には神経毒性がある一方で神経保護作用もあると言われている。しかし、笑気の神経保護作用については十分な根拠がない。臨床で使用される量の笑気を投与したところ、形態学的な神経損傷が認められなくても脳損傷を示唆するマーカーが検出されると報告されている。イソフルランやプロポフォールなどのGABA作動性薬剤と笑気を併用すると、笑気によるこの種の毒性は軽減される。雌ラットではNMDA拮抗薬による脳損傷が発生しやすいためヒトの女性も男性よりもNMDA拮抗薬による神経障害が起こりやすいと考えられている。ゼノンはNMDA拮抗薬であるにも拘わらず、笑気のような神経毒性はない。これはゼノンと笑気ではドパミン放出作用が異なるせいであろうと推測されている。笑気の神経毒性はドパミン拮抗薬であるハロペリドールによって阻害されることから、笑気によるドパミン放出が神経毒性発現と関与している可能性が指摘されている。ケタミンやMK-801などのNMDA拮抗薬は新生ラット脳においてアポトーシスによる広範な神経細胞死を引き起こすことが明らかにされている。しかし、ゼノンではこのような現象は認められない。ゼノンと同様に笑気を75%までの濃度で新生ラットに投与しても脳のアポトーシスは起こらない。しかし、ゼノンと異なり笑気はイソフルラン(0.75%)による脳損傷を悪化させる。若年者はNMDA拮抗薬による神経毒性の影響を受けやすいという報告もあるが、現時点では臨床的にはあまり問題にはならないとされており、小児麻酔においてNMDA拮抗薬の使用を差し控える必要はない。麻酔による神経合併症の一つに術後認知障害(POCD)がある。しかし、全身麻酔でも区域麻酔でも同程度の頻度でPOCDが発生することが近年明らかになり、POCDの原因が全身麻酔にあるとする考えに疑問が呈されている。動物実験では手術による神経炎症反応がPOCDの原因であるという報告もある。全身麻酔がPOCDの危険因子である可能性はあるが、年齢や術式などのほうがより重大な影響を及ぼしているようである。今のところ笑気がPOCD発生の有意な危険因子であるとする臨床データは存在しない。(つづく)

教訓 笑気の神経毒性をハロペリドールが抑制します。


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