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エベレストで血ガスやってきました~考察 [critical care]

Arterial Blood Gases and Oxygen Content in Climbers on Mount Everest

NEJM 2009年1月8日号より

考察
本研究では、エベレスト登頂者の動脈血ガスとヘモグロビン値を測定し、世界最高峰における低圧低酸素状態での血液ガス変化の様態と限界を明らかにした。天候不良のため当初計画の変更を余儀なくされ、エベレスト山頂での動脈血検体採取は叶わなかった。したがって、採血を実施した最高地点は、頂上から下山してくる途中にあるバルコニーと呼ばれる場所であった。バルコニーは標高8400mに位置し、エベレスト頂上からの下山路で最初の安全な場所である。ここには小さなシェルターが設置されている。採血はこのシェルター内で行った。本論文で報告したPaO2およびSaO2の値は、我々の管見の及ぶ範囲内では、史上最低の値である。潜水時の肺胞気を分析した研究では、潜水中に呼吸を止めているとPaO2が30mmHgを下回る可能性が示唆されている。ただし、動脈血を直接分析した結果は報告されていない。高地における動脈血分析を行った別の研究でも、同程度のPaO2が報告されている。しかしこの研究では、高地肺水腫の被験者から採血が行われていた。

PaO2は、標高が上がり気圧が低下するにつれ低下した。その関係は概ね正比例であった。一方、SaO2は気圧が低下しても比較的よく保たれた。これは、酸素解離曲線の特性と呼吸の高度順応(PaCO2の低下)のおかげである。SaO2の低下はヘモグロビン濃度の上昇によって代償され、標高7100mまではCaO2は平地と同程度に維持された。これほどの標高では運動耐容能が著しく低下する(標高5300mでは酸素消費量は最大30-35%低下する)。その原因はCaO2が低下するためだと従来言われてきたが、本研究の結果からはこの推論は妥当ではないと考えられる。標高8400mにおけるCaO2は、海抜ゼロメートル地点のCaO2よりも有意に低かった。また、個人差が非常に大きく、その原因はSaO2の差であると考えられた。SaO2の個人差は、呼吸の高度順応、低酸素に対する換気応答、低酸素による換気抑制および肺胞気-動脈血酸素分圧較差といった反応の総合的な個人差を反映していると思われる。

今回の採血最高地点(標高8400m)では、高度の低酸素環境に長期間曝露された被験者たちは素晴らしい適応反応(つまり、高度順応)を呈した。高度順応していない人間が標高8534mと同等の低酸素環境に突然さらされると、2~3分以内に意識を消失する。本研究の被験者は、全員が無線通信を行い、被験者のうち採血を担当した二名は合併症なくすべての動脈血採血を実施したことから、意識状態は常に清明であったことが分かる。神経認知機能の異常が認められなかったことから、機能障害を招来するほどの脳低酸素症はなかったものと考えられる。超高地環境に曝露されると長期的な認知機能低下や神経系の構造的障害が発生する危険性があることが分かっている。この点からも、今回の結果は興味深い。慢性的な低酸素血症にも関わらず、本研究の被験者のなかには、高乳酸血症に陥った者はいなかった(標高8400地点の平均乳酸濃度2.2mmol/L)。これと同様の結果は、低圧低酸素下で安静時に乳酸を測定した研究でも示されている。したがって、超高地でも安静時のエネルギー産生には、嫌気性代謝はほとんど寄与していないと考えられる。もしくは、または付け加えると、超高地ではエネルギー源として乳酸を多く利用するのかもしれない。

第3キャンプ(標高7100m)より上では酸素吸入を行った。高度順応の過程や、PaO2およびPaCO2の値に、酸素吸入が影響を与えた可能性は拭いきれない。高山登山者に酸素吸入を行うと、自覚的に楽になり、安静時および運動時のSaO2が上昇する。本研究では、エベレスト登山中には酸素吸入は必須であり、研究計画に関わらず最優先すべきと考えた。標高8400m地点での採血に先立ち、被験者を酸素吸入なしで20分間休息させた。吸入した酸素の完全な洗い出しには、20分は長すぎるぐらいである。しかし、超高地で酸素吸入を突然中止した場合の、呼吸に対する影響はよく分かっていない。エベレスト無酸素登頂者は、酸素吸入をして登頂した者よりも、呼吸の高度順応がうまくいっている可能性がある。そうだとすると、無酸素登頂者の方が今回の被験者より高いPaO2を示すかもしれない。低酸素環境下で酸素投与を中止すると、二つの現象が連続的に発生することが知られている。まず、数分以内に低酸素に対する換気応答により過換気が起こり、約10~30分後には低酸素性低換気を呈するようになる。この相反する反応が、本研究で得られたPaO2およびPaCO2測定値に及ぼした影響を定量的に評価するのは困難である。低酸素換気応答および低酸素換気抑制の程度には個人差がある。低圧室で採血前の酸素吸入を行わず動脈血ガス分析を行った実験では、結果に個人差は認められなかった。本研究の結果で血ガス結果に個人差が認められたのは、換気応答や換気抑制の個人差に起因している可能性がある。

本研究で採用した血液検体の保存および運搬法は、我々の研究グループが超高地で行った先行する2回の遠征で実施した方法であり、その有効性も確認されている。採血から分析器にかけるまでの時間は、全検体で2時間未満であった。今回の血液保存法の有効性を認める論文は数年前に発表され、この保存法では2時間後に検体中の酸素分圧が約0.75mmHg上昇することが明らかにされている。我々が海抜ゼロメートル地点で実施した実験でも、静脈血を同じ方法で保存すると、2時間後に検体中の酸素分圧が平均1.1mmHg上昇した。したがって、保存および運搬に要した時間が今回得られた測定値に与えた影響はわずかであったと考えられる。

本研究の結果は、超低圧環境におけるPaO2を測定した先行する3編の研究で得られた結果と矛盾しない。今回の研究では、標高8400m地点での平均PaO2は24.6mmHgであった。標高8848mを模した環境で行われた二実験の平均PaO2は30.3mmHg、30.6mmHgであった。Westらによる標高8848m地点で得た肺胞気検体を用いた研究では、平均PaO2は28mmHgと推定されている。我々の研究では以上の先行研究よりもわずかに高い気圧下(低い標高)で採血を実施したにも関わらず、今回の被験者が示した平均PaO2は先行研究よりも低かった。Westらの報告では、標高8848m地点におけるPaCO2は7.5mmHgで、今回得られたPaCO2平均値(13.3mmhg)の半分をわずかに上回る程度の超低値であった。Westらは検体として血液ではなく肺胞気を用いていたのだが、彼らの研究の被験者は著しい低酸素換気応答を示していたことが知られている。それが、本研究とWestらの研究でPaCO2の値に差が認められた原因ではないかと推察される。低圧室で行った研究のデータと、本研究のデータとに差があった原因は、標高上昇(気圧低下)の経過や活動度の違い、酸素吸入の有無などであろう。低圧室実験では、被験者は低圧環境に37-40日間曝露されたが、本研究では標高2500m以上の高地に60日間滞在した。低圧室実験の被験者には定期的に運動試験が実施されたが、エベレスト登攀よりはずっと低い強度の運動しか行われていない。本研究の被験者には酸素が投与された。同様にOperation Everest Ⅱの被験者にも、夜間(睡眠不足にならないようにするため)および肺動脈カテーテル研究実施中には酸素が投与された。

標高8400mでは、平均PAO2計算値は30.0mmHgで、肺胞気-動脈血酸素分圧較差の平均値は5.4mmHgであった。PIO2が低下するにつれ、肺胞気-動脈血酸素分圧較差が増大することが知られている。理論的にも経験的にも、超高地では肺胞気-動脈血酸素分圧較差が2mmHg未満でなければ登山は無理である。Suttonらは、標高8848mを模した環境における健康被験者の安静時肺胞気-動脈血酸素分圧較差は平均1.5mmHgであると報告している。

シャント、換気-血流不均衡または拡散能低下があると、肺胞気-動脈血酸素分圧較差増大によって低酸素症に陥る可能性がある。本研究で、肺胞気-動脈血酸素分圧較差が比較的大きかったのは、臨床的には明らかにはならなかったものの被験者に高地肺水腫が潜在していて、換気-血流不均衡と拡散能低下に陥っていたのかもしれない。また、低圧低酸素環境では肺胞-終末毛細血管間の拡散が平衡に達しない場合があることが報告されているが、この現象が関与していた可能性もある。低圧低酸素下で運動負荷を与えると、肺胞気-動脈血酸素分圧較差が増大することが複数の先行研究で明らかにされている。これが、低圧室研究と本研究との結果に違いを生んだ主因であろう。

本研究では、被験者を仰臥位にして動脈血を採取した。仰臥位にすることによって、無気肺になったり水分が移動したりして肺のガス交換能が低下し、測定値に影響が及んだ可能性がある。PaO2と肺胞気-動脈血酸素分圧較差は逆相関する。本研究では被験者2の肺胞気-動脈血酸素分圧較差がもっとも大きく、PaO2はもっとも低かった(19.1mmHg)。エベレスト登頂直後の被験者の呼吸商は、前日にサウスコル(標高7950m)で安静時に得た値よりも高かった。呼吸商が上昇すると、肺胞気-動脈血酸素分圧較差は増大する。標高8400m地点において4名全員の呼吸商が1.0であったと仮定すれば、平均肺胞気-動脈血酸素分圧較差は9.1mmHgへと増大することになる(実際は5.4mmHg)。

重症患者では組織低酸素症はありふれた現象であり、その原因は動脈血低酸素血症であることが多い。低酸素血症の原因や基礎疾患の影響を受けつつ、低酸素症は様々な合目的的または好ましくない全身性の反応を惹起する。このような全身反応の詳細はまだよく分かっていない。重症患者管理においては、細胞の酸素需給バランスを回復または維持するためにさまざまな手段が講じられているが、その多くが無効または有害であることが明らかにされてきている。例えば、PIO2が高いと肺には有害である。また、重症患者のヘモグロビン濃度を上昇させて、酸素運搬能を増加させても臨床的な効果は認められない。したがって、ヒトが耐えうる低酸素の限界が明らかにされれば、重症患者管理に携わる医師は非常に意義深い示唆を得ることになる。低酸素環境に曝露された健康被験者の生体反応を調べることによって、さまざまなヒントが得られる可能性がある。

まとめ
超高地(エベレスト)の現場でヒトの動脈血検体を採取し、酸素分圧、二酸化炭素分圧、pH、ヘモグロビン、乳酸を測定した。被験者のPaO2は予測より低かったが、これは肺胞気-動脈血酸素分圧較差の増大によるものであり、拡散能の限界または臨床的には明らかにならない程度の肺水腫を反映しているものと考えられた。

教訓 高度順応していない人間がエベレスト山頂ぐらいの低酸素環境に突然さらされると、2~3分以内に意識を消失するそうです。昨年、三浦雄一郎さんが75歳でエベレスト登頂に成功したときのSpO2は、山頂付近ではおおむね80%から90%ぐらいでした。素晴らしい気力と体力です。

コメント(2) 

コメント 2

ぶりぶり

PaO2 24 mmHgというと、我々平地の人間の静脈血酸素分圧よりひくいわけですね。そんな状況下でも、人間は生きられるんだ。たしかに、エベレスト越えをする渡り鳥がいますし、かつて、地球が著しい低酸素状況であったときも気嚢システムで恐竜は生き延びたらしいですから、人のミトコンドリアもその酸素分圧でもやっていけるのかもしれませんね。
そうすると日頃、P/Fが200切ったからARDSとかいっているような我々intensivistは、患者さんをずいぶんとあまやかしていることになるのかもしれませんね。ただPaO2が20台では、このブログに書いてあったように頭がやられしまうそうですから、まあなんともいえませんが、、、

by ぶりぶり (2009-02-04 14:13) 

vril

エベレスト越えをする鳥の話、私のボスも言ってました。恐竜は、スーパープルーム後の低酸素環境に適応し、繁栄を謳歌したらしいですね。NHKの「地球大進化」でそんな内容の放映があったと聞きました。

ARDSに関連する論文では、酸素化が改善したからといって転帰は改善しないと指摘されています。ぶりぶり先生のおっしゃる通り、頭がやられない程度のほどほどのPaO2を目標に管理してもいいのかもしれませんね。「ほどほど」の頃合いを見つけるのは難しそうですが。
by vril (2009-02-04 17:04) 

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